気怠さと怒り。
放課後、下校時間が少し過ぎた頃に保健室を後にして下校した。
教室へ鞄を取りに行くと、まだ残っていたクラスメイトの男女四人が、息を呑んだ様子で会話を止めてこちらを見つめた。しかし、その嫌悪を込めた視線に晒されても、シノは不思議と平然としていられた。不安や恐怖を感じることにももう疲れ果て、ただ気怠さだけが胸を占めていた。
どこをどう歩いて家へ着いたか、ほとんど憶えていない。まるで夢の中を歩くようにただ足を動かしているうちに、いつの間にか家の前に立っていて、けれど玄関を押し開けてシノはふと驚きに打たれた。
玄関には、父のくたびれた茶色い革靴があった。父は平日では大抵、早くても午後六時頃に帰ってくるのが習慣だから、まだ五時にもならないこの時間から帰ってきているのは珍しいことである。
驚きつつ、また思わず焦りながらシノは靴を脱いで自室のある二階へと向かう。母にも会いたくないが、今はそれよりも父に会いたくない。あの感情のない目で自分を見られたくない。
シノは自室へと駆け込もうとしたが、その直前、シノの部屋のすぐ正面にある父の書斎の扉が開き、そこからどこか慌てたような様子で父が姿を見せた。
単純な驚きもあってシノがハッとそのほうを振り向くと、父は妙にギラギラと光ったような目でこちらを見下ろして言った。
「シノ、大事な話があるから、ちょっと来なさい」
「……悪いけど、明日にして」
「明日じゃダメなんだ。いいからちょっと来い」
「明日にしてって言ってるでしょ!」
不意に自分でも意外なほどの怒りが衝き上げてきて、シノは父を睨みつけながら強く怒鳴った。振り返って自室へと入ろうとしたが、父に左手を掴まれた。
「何を子供みたいに不機嫌になっているんだ! いいから来い!」
「痛い、痛い! 放してっ!」
シノが叫ぶと、父は驚いたようにシノの腕から手を放し、狼狽したように目を見張りながら後ずさりする。
嘘や冗談ではなく、確かに爪が食い込んで痛かった腕を押さえながらシノは父を再び睨みつけ、部屋へと入って扉を勢いよく閉めた。
普段は人のことになど全く興味を持たず、また持とうともしない人間のクセに、自分が用のある時には、怒鳴りつけてでも人に話を聞かせようとするのか。
そう怒りながら、その実、この怒りは単なる八つ当たりでしかなかった。しかし、この時のシノはそれに気づかず、憎しみにも似たような怒りの全てを父にぶつけたのだった。




