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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
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出会い。4

 が、それもまた希司の目前にあるらしい『見えない壁』に衝突し停止する。それでもなお高速で回転をし続けるが、白い光の水紋を意味もなく希司の前に起こすのみである。


「――――」


 わけが解らない。希司に何かを問うことどころか、驚くことさえもできずにアオイはボンヤリと立ち尽くす。だがふと、これじゃダメだと気を持ち直す。目の前で女の子が襲われているというのに、ただ郵便ポストみたいに突っ立ているとは何事か。


 それに、寮から出て来た生徒達が迷惑そうに十字路の前で立ち往生している。ここにこれ以上留まるのは危険な上に迷惑だ。そう気づいて、アオイは前に立っている希司の腕を掴んで走り出す。


「希司さん、ここは逃げましょう! 逃げるが勝ちです!」


 えっ、と希司が驚いたような声を出すが、アオイは構わずに走る。十字路を西へと向かい、やがて通路の屋根から青空の下へ出ると、体育館らしき大きな建物の裏手のほうへと走る。


 しかし、


「希司さん、もっと速く!」

「そ、そう言われてもっ……!」


 のろのろよろよろと、運動不足の牛のように希司は足が遅く、その上、


「あぅっ!?」


またしても特に何もない所で躓き、前庭を覆う芝生の上に盛大に転んでしまった。アオイは慌ててそれを引き起こそうとするが、


「ひっ!」


 追いついてきた宮首の、その変幻自在に伸び縮みする高速ドリル、もとい黄金色の巻き髪がアオイの腰あたりを襲い、やむをえずシノの傍を離れる。


 すると、宮首とユキの目は明らかにアオイを追いかけた。どうやら、標的としての優先度は自分のほうが高いようだ。アオイはそう悟ると、


「さ、さあ、お二人とも! 鬼ごっこですわよ! 追いつけるものなら追いついてみなさい!」


 と、囮になるべく希司を置いて駆け出した。体育館の裏手へと向かって、綺麗に舗装された通路の上ではなく、経路のショートカットとなる芝生の上を駆け抜ける。


 中学の三年間と高校の約二ヶ月間、連日連夜サッカー部で鍛え上げた健脚である。女子に追いつかれることなどありえない。そう舐めきっていたからかもしれない。


「くくっ、捕まえたよ!」


 不意に後ろから制服の背中を掴まれた時、アオイは心臓が止まりそうな程驚いた。アオイの制服を掴んだユキは、その細腕からは信じられないような力でアオイを芝生の上へねじ伏せる。と、


「いいわよ、ユキ! そのまま押さえなさい! 今度こそ、『金剛穿貫(エンジェル・ブレイク)』!」


追いついてきた宮首が、再びその黄金ドリルをアオイの腰――否、尻めがけて放った。


「あぶっ!?」


 ユキに乗りかかられて四つん這いになっていたアオイは、膝を伸ばし、さらに片足を上げながら身を捻ってそれを躱し、


「な、なんで尻を狙うんだ――じゃなくて、狙うんでございますの!? 私の純潔を守ってくださるんではなかったんでございますの!?」

「ええ、そうよ。希司に奪われる前に、わたくしが貰って差し上げるの。そうすれば、あなたの純潔はシノの手から無事に守られるでしょう?」

「ちょ、ちょっと待てですわ! それはなんかおかしいだろですわ!」

「百合園さん、逃げてください!」


 と、希司がこちらへと走ってきながら叫ぶ。が、その足は相変わらずロバのように遅く、まだまだここまで辿り着きそうにない。


「ふふっ。安心して、百合園さん。あなたの初めては、このわたくしに貰われる。それはとても光栄なことなのよ!」


 宮首はニヤリと微笑みながら、そのドリルの回転速度を一段階、引き上げる。その風圧で斬り裂かれたように細かい芝生の切れ端が宙を舞い、いっそう高くなった高音が周囲に響き渡る。


「ままま、待ってください! そ、そんなので突き刺されたら、私、壊れてしまいますわ! し、死んでしまうでございますわ!」

「大丈夫。きっと、とても気持ちいいわよ。もう、クセになるくらい……」

「椿様、希司が近づいています! お逃げください!」


アオイの背中に馬乗りになりながら、ユキが叫んだ。すると椿は背後を振り返り、シノへとその巻き髪を鞭のように打ち放ち、打ち放ちつつユキの指示どおりにシノから距離を取る。


シノはのたのたとでも走り続けながら、襲い来るドリルの刺突を『見えない壁』で受け流すように撥ねつけ、シノに進路を譲った椿の前を通り過ぎて、

「はっ!」


と、こちらへ右手を突き出しながら気合いの声を上げた。すると、


「くっ!?」


 アオイを押さえつけていたユキが、あたかも突風に当てられたように吹き飛ぶ。


「百合園さん、絶対にここを動かないでください!」


芝生に四つん這いになったまま唖然とするアオイへと駆け寄り、シノは再びアオイを背に宮首、ユキと対峙する。


「ユキ! そのド変態鬼畜女から百合園さんを取り返しなさい!」

「はっ!」


 宮首の命令を受けたユキは素早く起き上がると、一瞬でこちらとの間合いを詰め、空手家顔負けの上段回し蹴りを希司へと放つ。


 だが、薄緑色の可愛らしいパンツを全開にしながら打たれたその渾身の一撃も、やはり希司には届かない。希司の差し出した掌の前で、淡い光をささやかに起こすのみである。


「希司っ! あなたはどれだけその下卑た欲望で人を傷つければ気が済むの!?

 他人はあなたのオモチャではないのよ!?」


 宮首の巻き髪が、ユキの蹴りに続いてこちらを襲う。


 しかし、その連撃をも希司は容易に防ぐ。息切れはしているが姿勢には一切の力みがなく、ただ立っているだけに過ぎない。まるで自らの魔術に絶対の自信を持っている魔術師のように、軽く右腕を上げているだけだ。それだけで確かに二人の攻撃を防いでいるのだ。


 だが、その後ろ姿はどこか悲しげだった。雨の中で一人傘を差して立ち尽くしている迷子のような孤独さが、その背中には漂っているようにアオイの目には映った。


「あらあら……朝から何を騒いでいるの、椿さん?」


と、ドリルの起こす騒音の中でもすっと耳に入るような澄んだ声が、周囲に響いた。


「え? あ、久々(くくはら)生徒会長……」


こちらを睨みつけていた宮首がハッとその声のほうを向いて、その表情から険しさを抜いた。


 教室棟の玄関のほうから歩いてきたらしいその人物は、ツーサイドアップにした、長い亜麻色の髪を優雅に手で払いながら立ち止まり、大人びた微笑をアオイへと向ける。


「あなた、転入生の方ね?」

「はい、そうですが……」


 この人も襲ってくるのか? とアオイは警戒するが、久々原はほっそりとスタイルのいい腰に手をつきながら、その意志の強そうな目をやや細めて苦笑した。


「全く、ごめんなさいね、騒がしくて。ねえ、椿さん? あなたが、この子のことを思ってそうしているのはちゃんと理解しているわ。だけど、あまり乱暴にしては可哀想よ?」

「え、ええ、ですけれど……」

「ええと、確か……百合園さん、だったかしら? わたくしが生徒会長の久々原奈津(なつ)よ、よろしくね」


 まだこちらへの執着を捨て切れぬ様子でぶつぶつと言う宮首から視線を逸らして、久々原はアオイへと歩み寄りながらその手を差し出す。


「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 会長は普通の人そうでよかった……。と思いながら、アオイもまた会長のほうへ歩み寄りながらその手を取ろうとする。と、


「いけません、百合園さん!」


 突然、希司が背後で怒鳴るように声を上げた。アオイはギョッと希司を振り返りながら、そのまま久々原と握手を交わす。


「な、なんですか?」


 怯えるような目をしている希司を見ながらアオイは訝り、前へ向き直って久々原を見る。すると、久々原はなぜか片方の口の端を悪人のようにニヤリと吊り上げながら、その目をアオイの背後の希司へと向けていた。


 なぜ久々原は握手をしている自分ではなく、希司を見ているのだろう。というか、


「あの……手、放してもらってもよろしいでございますか?」


握手にしては、手を握り合っている時間がやけに長くはなかろうか。おずおずとアオイが言うと、


「えっ?」


 何に驚いたのか、予想だにしなかった言葉をかけられたかのような驚きの表情を久々原は浮かべる。


「では、失礼しますでございますわ。行きましょう、希司さん」


久々原との握手を切り上げて、一刻も早くこの危険な場所を離れようと、希司の手を取ってもと来た道を引き返していく。先程ユキに捕まった時、アオイはそこに鞄を落としてしまっていたのだった。


「待ってくれ、君」


 と、ユキがアオイを引き止めた。制服についた芝生を払いながら、冷たい程落ち着いた瞳で訊いてくる。


「名前はなんと言ったかな。もう一度、訊かせてもらってもいいだろうか」

「私ですか? 百合園アオイでございます。今日から、どうぞよろしくお願いします」


 アオイは立ち止まり、軽く一礼すると、また早足に歩き出す。


 自分の貞操を守るためにも、早くあの連中から離れたい。アオイは戸惑った様子の希司を引きずるようにして歩いて、しかし不意に、なんとなく足のふらつきを感じた。


 だが、どうにか落とした鞄まで辿り着き、それを掴み上げるべく軽く膝を曲げると、地面が一気にひっくり返ったように頭がクラリとし、思わずその場に膝を突いた。


「ゆ、百合園さん? どうしました? 大丈夫ですか?」

「ええ、だ、大丈夫です……。でも、なんだかちょっと気分が……」


 頭だけではない、全身が鉛のように重く、立ち上がれない。どうにか立とうとしたものの、やがて意識が遠くなり始め、それからのことをアオイは憶えていない。

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