多部市子の推理。1
「ふふっ、やっぱりバレてしまったみたいね。流石に、数十年前から同好会に伝わるカビの生えたやり方じゃ、今は通用しないわよね」
白装束姿の白糸は、倉水の部屋にやって来て、ここに揃った面々――椅子に座ってテーブルを囲んでいる市子、佳奈、倉水、新田、そして扉脇に悄然と佇んでいる芋館を見回すと、清々しく笑ってそう言った。
「でも、多部さん。あなたは一体どこまで知っているの? 例えば……そう、この部屋の地下に何が隠されているのかも、もう知っているの?」
「ええ、たぶんですけど……お酒、じゃないですか?」
「はぁっ? お酒っ?」
思いもよらない市子の言葉に、佳奈は声がひっくり返るほど驚くが、白糸は悪びれもせず、腕組みしながら悠然と頷く。
「そう、正解。私たち同好会がここに隠しているのは、私たちが自分で造ったリンゴ酒よ」
「お酒……? あ、あれ? でも、確か、勝手にお酒を造るのって違法だってことを聞いたことがあるような気が……」
恐る恐ると佳奈が口を挟むと、白糸はやはり微笑を崩さずにこちらへ視線を流し、
「そうよ。人が勝手にお酒を造るのは、紛れもなく違法行為。だから、私たちは怪談の噂を広めたりして、ここに人が寄りつくのを防いでいたというわけ。白百合同好会伝統の、秘密の酒盛り場を守るためにもね」
と、白糸は白装束の懐からスマートフォンを取り出して皆に見せる。それには、なんの変哲もない一つの鍵がストラップのようにぶら下がっている。
「それはなんですか?」
なんとなく解りはしたが、佳奈が尋ねると、
「同好会伝統の、この部屋の合い鍵よ」
白糸はどこか誇らしげに微笑し、それから市子を見下ろす。
「でも、多部さん。どうしてここの地下にあるのがお酒だって気づいたの?」
「うーん……それは、やっぱり倉水さんのリンゴ酢ですかねぇ」
リンゴ酢? と、白糸はキョトンとしたような顔で倉水を見る。俯いて何も言わない倉水を一瞥してから、市子は続ける。
「はい。倉水さんがつい最近、市販のリンゴ酢を飲んだことがあったからなのかどうかは解りませんけど……たぶん、焦って咄嗟の嘘が出てしまったんだと思います。
まあ、ええと、その……部屋の様子を見て少し疑問を抱いていた私に、倉水さんは『自分はリンゴ酢を造っている』と言ったんです」
「へぇ。それで? そう言われても、私にはよく解らないのだけれど……それでどうしてお酒に気づいたの? お酢とお酒に何か関係が……?」
「いえ、まあ、お酢はどうでもいいとして、問題は『倉水さんが嘘をついた』ということと、『リンゴはちゃんと部屋にあった』ということなんです」
と、市子は俯いている倉水へと柔らかく視線を向ける。
「倉水さん、あなたがこのことを知っていたかどうかは知らないけど、リンゴ酢ってね、二日や三日でできるものじゃないの。だから……解るわよね? あなたが『まだリンゴ酢を作ってない』って言ったその二日後に、あなたが私たちにそれを出せたはずはないのよ。
じゃあ、あれは一体なんだったの? それに、どうしてリンゴ酢なんて造るつもりはなかったのに、リンゴはちゃんと部屋にあったの? しかも、リンゴの季節でもないこの季節に、一人じゃ食べられないような、あんな量で……。
その疑問に、この『101号室』にまつわる怪談騒ぎだとか、倉水さんが地下室に出入りしてることだとか、その他もろもろの疑問を掛け合わせていくと、リンゴと水さえあればできてしまう『リンゴ酒』という答えに行き着くんです。
この部屋の地下にあるのは、白百合同好会が組織ぐるみで管理し、隠している酒蔵なんじゃないか、っていう結論に」
え? と、驚きの声を上げたのは佳奈である。
「ちょ、ちょっと待てよ。じゃあ、あたしもお酒、飲んじゃったってこと……?」
「うん、そうなるわね」
「そうなるわねって……!」
「まあ、佳奈が近いうちに退学になっちゃうことは今はどうでもいいとして……どうなんでしょう、白糸さん?
あなたは、押しに弱い倉水さんに無理やり飲酒をさせて、それをネタに脅してカラスの餌づけをさせることで、『101号室』にまつわる怪談に真実味を帯びさせ、同時に倉水さんを周囲から孤立させようとしていたんでしょうか。
事実、もしそうなんだとしたら、こうして私たちに何もかも知られてしまったわけですし、そろそろお終いにするべきなんじゃないでしょうか。
倉水さんにはちゃんと謝って、『カラスが来るから夜、眠れなくて困ってる』とか、もっともらしい理由でも言って、倉水さんが部屋を移動できるように努力してあげるべきじゃないでしょうかね」
「それは……その通りね」
白糸は苦笑し、倉水へと身体を真っ直ぐに向け、
「ごめんなさい、倉水さん」
と、軽く頭を下げた。がしかし、すぐにその顔にさらりとした微笑を浮かべ、
「でも、どうか許して?『101号室に人が寄りつかないよう、絶えず怪談の噂を流し続けること。もしも101号室に人が入ってしまった時は、その人を白百合同好会に引き込むこと。そして、もし可能であるなら、その人を追い詰めて学校から追い出すか――あるいは自殺をさせて、怪談の生贄とすること』……。
これは、白百合同好会の伝統を守る義務を持つ会長として、どうしてもやらなければいけないことだったのよ」
「じ、自殺をさせる……?」
佳奈は思わず耳を疑い、それから嫌悪感を伴う怒りを胸に覚えた。が、白糸はあくまで清らかな、切実な輝きを目に宿しながら続ける。
「そう、自殺……。けれど、私は心に誓えるわ。私はただ仕事として、自分もこんな格好までして色々とやっていただけで、決して倉水さんのことを嫌っていたわけなんかじゃない。
だから、生徒会の人たちに私たちのやっていることが知られてしまった以上、私はもう倉水さんにこんなことはやらせないし、私から先生方や寮母さんに進言して、倉水さんを他の部屋に移動させてあげる。もしも倉水さんが望むなら、私と同じ部屋にだって――」
「いえ」
と、倉水は白糸の言葉を強く遮って、そして微かに声を震わせて続けた。
「いえ、それは……結構、です……」
「……そう。まあ、それはそうよね。でも、解ったわ。私はもう、あなたを束縛したりはしない。同好会もやめたいなら、遠慮せずにそう言って? ――というか、多部さん。私はこれからも、この学校にいさせてもらえるのかしら?」
「え? ああ、まあ、いいんじゃないでしょうかね」
酒を造るなどという違法行為をしていたのに? 佳奈は驚くが、白糸も驚いたらしい。
「いいの? 私は色々とマズいことをしていたのよ。校則違反とか、そんな生易しいものじゃないくらいのことを」
「そうかもしれませんけど、私は別にあなたの罪を曝きたくて、こんなことをしてるわけじゃないです。だから、どうだっていいんですよ、そんなことは」
「オマエ、本当に生徒会なのかよ……」
芋館まで目を丸くして訊いてくるが、市子は平淡として、
「まあ、生徒会なんて、ただ佳奈につき合ってやってるだけですから。私は別に学校のことにはあんまり興味ないんです。でも今回は、私の身近にいる臆病な子のために、仕方なく動かなくちゃいけなかったというところでして」
「なるほどね……」
と、白糸は微苦笑する。キザっぽくその額を指で押さえて、
「つまり、敗因は私の調査不足ということね。まさか、倉水さんにあなたのような友人がいたなんて……もしちゃんと知っていれば、もっと上手く……いえ、今更こんなことを言うものではないわね」
そう言って小さく嘆息し、別れの言葉も言わず、芋館を引き連れて部屋から去っていった。そしてほどなく、玄関の扉が閉められた音が聞こえてから、
「おい、市子」
佳奈はずっと堪えていたことを口にする。
「これくらい、あたしにだって解るぞ。あんたの推理はまだ終わってないよな? 酢のこととか、ミサキの部屋にカラスが来たこととか、解らないことがまだまだあるぞ」
「ええ。でも、それについては白糸さんたちは無関係だから、さっさと帰ってもらったのよ。そうよね、倉水さん、新田さん」
どこか寂しい笑顔で市子に笑みかけられて、二人は先程からずっと陰鬱にさせている表情に、サッと緊張感を漂わせた。




