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女子ノ聖域  作者: 茅原
多部市子の冒険
62/81

心優しい先輩。

「ねぇ、ミサキ。カラスを見た時のことを詳しく教えてほしいんだけど」


挨拶も適当に、市子はそう切り出した。


え? とミサキは驚いた顔をしつつも、どうやらだいぶ気分もよくなりつつあるらしい。その半袖のピンク色のパジャマは一日中ベッドに横たわっている病人のそれのようにシワだらけだったが、その目はパチリとして明るかった。


 しかし、それでもあの時のことを思い返すのは辛いらしく、ベッドに腰かけている自分の膝を見下ろしながら、声をか細く言う。


「詳しくって言われても……」

「まあ、なんでもいいの。ただ憶えてることを、そのまま教えてくれるだけでもいいし」

「あたしたち、今この騒ぎについて、ちょっと調べてるんだよ」


 どうして市子がこんなことを訊いてくるのだろうと、それ自体を不思議に思っているような顔をしていたミサキに、佳奈は言う。


「生徒会のメンバーとしても、それにミサキの友達としても、なんかできないかと思ってさ。だから、ミサキにも協力してほしいんだよ。そうだよな、市子」

「あ、うん、そうそう。ごめんね、ミサキ。それを先に言わなきゃいけなかったのよね」


 ううん、とミサキは少し寝癖のついた頭を振り、


「でも、大丈夫なの? 二人だけでこんなこと調べて……アオイちゃんとか、希司さんにも手伝ってもらってるの?」

「いや、あたしたちだけだけよ。確かにあの二人が手伝ってくれたら心強いんだけどな、実は希司さんってそうとう怖がりみたいでさ、それで仕方なく二人でやってるんだよ」

「そうなんだ、希司さんも……」


 ミサキは呟き、それから薄い唇を引き絞りながら、その女の子よりも女の子らしく繊細に整った顔を上げた。ぐっと腹を据えたように強い眼差しで市子とこちらを交互に見つめ、


「あの時のことで、わたしが憶えてること……その最初は、たぶんね、遠くで鳴いてるカラスの声だったと思う」


 そう切り出した。市子は、相槌も打たずに黙ってミサキを見つめている。ミサキは太ももの上で重ねている手を握り締めながら続ける。


「その声で、なんとなく目が覚めてね……。それで、ぼんやり目を開けたら――あ、そうだ。いま思い出したんだけど、その時、なんだか天井がピカピカ光ってたような……」

「天井がピカピカ?」


 と、佳奈は眉を顰める。ミサキはどこか戸惑うように目を伏せて、


「いや、でも……もしかしたら、憶え間違いっていうか、そういうのかもしれないけど……」

「でも、ミサキはそんな気がしたんでしょ? なら、詳しく教えて。自信なくてもいいから」


 と、市子はやけに目を光らせながら、そう水を向ける。ミサキは自信なさげに頷き、机のすぐ左横に立っている本棚と、その上、ほとんど天井あたりを曖昧に指さし、


「確か、あの辺が光ってた……ような気がするんだけど……」

「それ、どういう感じで光ってたの? 点滅とか、してた?」

「え? ああ、うん。ピカ、ピカって……下から照らされるような感じで……」

「点滅?」


そうハッとしながら窓を見て、佳奈はその窓枠に吊されている、『ウィンドチャイム』を見た。


 掌よりもやや小さい、ハート型の銀板から数本のピアノ糸のような細い糸が垂れ下がり、そこにまちまちに金や銀の小さな粒が通されている、煌びやかなウィンドチャイムである。


 もしこれに光を当てたなら、外から見れば、これ自体が光っているように見えなくもないのでは? 佳奈はそう気づいたのだったが、


「いや、でも……」


 と、佳奈は思わず困惑の声を漏らしてしまう。市子も当然、この『おかしな点』に気がついたらしい。ミサキの傍らに腰かけて、すぐ傍からミサキの目を見つめて問う。


「本当に? 本当にあの辺り……北側から南側に照らされるような感じで光ってたの? こっち側に――南側から照らされた感じで光っていはいなかったの?」

「う、うん、たぶん……。カーテンの隙間から光が入るような感じで、本棚の本にも少し光が当たってたような気がするし……」


『そんなはずはない。だって、倉水さんの部屋はここから南側にあるんだから』


 佳奈は思わずそう言いたくなったが、弱っているミサキに無用な心労を与えないため、どうにかその衝動を堪える。


 懐中電灯を点滅させて、それでカラスを呼ぶというのは、まさに市子が目にした倉水のやり方だ。何も知らないミサキまで、カラスがやって来る直前にその点滅する光を見たと言っているのだから、間違いない。


 どれだけ下準備をしたのかは解らないが、おそらく倉水はそうやってカラスを餌づけ、森に向かって光を発している場所へ彼らを呼び寄せているのだ。


 だが、それはあくまで『倉水のやり方』なのである。


 なのだから、その光は倉水の部屋の方角から来ていなければおかしいはずだ。それも、かなり離れた一階の部屋――寮の最南端からの光なのだから、光の入射角も強さも、もはや何もかもが不自然である。


 部屋の外へと出て、前庭からミサキの部屋を照らしたなら倉水にも可能だろうが、近頃の怪談騒ぎで余計に深夜まで起きている人が多い中、それを行うのは、あまりにも危険なはずだ。


 ――なら、いったい誰が……?


 佳奈はそう戸惑いながら窓へと目をやって、そこに、他の部屋にはない物――ウィンドチャイムがぶら下がっていることに気がついた。


『このウィンドチャイム、すごく可愛いわね。これ、いつの間に買ったの?』


 ミサキの部屋をカラスが襲い、自分たちがここへと駆けつけたあの夜、市子は既にその違和感を微かながら察知していたのだ。


 そのことにも驚いて市子を見ると、市子は何もかも心得ているらしき顔でこちらに頷いてから、


「ねぇ、ミサキ。あそこに――窓の所にぶら下げてるウィンドチャイム、あれはミサキが自分で買ってつけたの?」

「え? ううん。あれはね、新田さんがくれたの。新田さんのお母さんが、趣味で作ってるんだって」

「新田さんが……?」

「そっか。うん、ありがと、ミサキ」


 佳奈が頭をこんがらがらせていると、市子がすっとベッドから立ち上がった。


「じゃあ、私たちはお昼ご飯だから行くよ。後でミサキの分、わたしたちが持ってくるから」

「あ、ごめんね……。たぶん、明日からはちゃんと食堂にも行くと思うから……」

「大丈夫。ミサキはすぐに昔みたいに過ごせるようになるよ。全部このイチコック・ホームズに任せて、ゆっくり休んでいたまえ」


 いちこっく? と、不思議そうに目を丸くするミサキに別れを告げ、佳奈は市子と共にミサキの部屋を後にした。


食堂へと向かって廊下を歩く生徒の数は、峠を過ぎたようにややまばらになっている。それらに混じりつつ急ぎ自室へと戻り、とりあえず鞄だけは置いて、制服姿のまますぐにそこを出て食堂へと向かう。


向かいつつ、佳奈はほとんど愚痴を呟くように言った。


「何がどうなってんだ? あれが新田さんに貰った物ってことは、新田さんが……? いや、でも……んん? もう、あたしにはワケが解んないよ」

「そうかな? 私は色々と解ってきたような気がするけど」

「え? 解ってきた?」

「いや、でも正確には『解らされた』のかな?」


 解らされた? 何が? 佳奈はいっそう困惑するが、市子はむしろ頭が冴えてきたような様子で、地中深くを見つめるような目つきをしながら独り言のように喋る。


「でもねぇ、うーん……まだよく解らない部分もあるのよね。だから、ちょっと直接、確かめにいってみようかな……」

「次はなんだ? また倉水さんの部屋に行くのか? それとも新田さんの部屋か?」

「ううん、どっちでもないわよ。あの……なんて言ったっけ? ああ、そうそう。白糸さんの部屋よ」

「白糸さん? ああ、白百合同好会の……」


 うん、と市子は頷いて、ほどなく食堂へと着くと、白糸の姿を探しているのだろう、しきりにキョロキョロとし始めた。


 しかし、中々その姿を見つけられない様子で、市子が以前、『日曜日の次くらいに好き』と言っていた、大根おろし添えの和風牛丼を前にしてもまだキョロキョロとし続けていたが、やがて唐突に席を立ったと思うと、広い食堂の中央あたりへズンズンと歩いて行った。


 首を伸ばしてそのほうを見てみると、確かにそこには並んで座っている白糸と芋館の姿があった。市子はその食事中である白糸に何やら話しかけ、それからすぐにこちらへと戻ってきた。


「別に部屋に来てもいいってさ。いやー、この学校は本当に心優しい先輩ばかりで素晴らしいね」

「図々しい後輩ばかりで申し訳ないとも言えるけどな。でも、どうして白糸さんの部屋に行くんだ? ま、まさか……白糸さんが、この騒ぎの、あの……アレなのか?」


『犯人』などという物々しい言葉を、周囲に人がいるこの場で容易に使えるはずもない。佳奈が市子に耳打ちして尋ねると、


「さあねぇ」


 と、気のない返事をしながら、市子は食べかけの丼を手に持つが、ふと、その丼をトレーの上へと下ろし、


「はぁ……」


 どこか沈んだような表情で嘆息した。


「どうした? 具合でも悪いのか?」

「んー……具合が悪いっていうか……体力のない私には、そろそろ限界かなっていう感じ。もう、色んな意味で疲れて来ちゃった。あーあ、アオイちゃんのおっぱい揉みたいなぁ」


 お前は変態男か。佳奈は内心そうツッコミつつも、その言葉は胸に呑み込んだ。市子が本当に疲れてきていることは、その横顔を見れば解る。


 そんな、柄にもなく精力的に動き回って、体力的にも精神的にもくたびれつつあるのであろう市子に佳奈ができることは、黙ってそのコップに水を注いでやることくらいなのだった。

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