出会い。3
「えええぇっ!?」
ド変態!? 鬼畜!? ケダモノ!? こんな清楚な人が!? と、アオイは雷に打たれたようにショックを受け、だが同時に思わずヨダレを垂らした。
バラ色の高校生活、いや夫婦生活の到来か? 早くもそう期待を膨らませたアオイのほうを、希司は真っ赤な顔をしてバッと振り返る。
「ち、違います、百合園さん! 誤解しないでください! わたし、変態なんかじゃないですから!」
「さあ、そんな変態は放っておいて、行きましょう、百合園さん。もしよろしければ、洋菓子クラブの部室や生徒会室も案内してさしあげるわ」
希司の言いわけなど聞く価値もなしというように、宮首はそう言いながらこちらへと歩いてきて、希司をキッと睨みつけつつアオイの手を取る。
宮首の手は子供の手のように小さく華奢で、桃色をした爪も細く綺麗な形をしていて、
――美人は手まで美人なんだなぁ。
と、思わずその花のような優美さに見惚れてしまった。がしかし、
「いや、でも……」
やはり希司を置いていく気にはなれず、足を踏みとどまる。すると、
「椿様がそう仰っているのだ。ありがたいと思って、ついてきなさい」
銀髪の少女が、その深い色をした碧眼でアオイを見据えながら冷淡な口調で言う。
「いや、まあ、確かにありがたいんですけど……」
「ん?」
それでもアオイが躊躇うと、銀髪の少女はふと怪訝そうに細い眉を顰める。アオイの手を握り続けている宮首もまた顔を曇らせた。
「ひょっとして、あなた、わたくしとユキでなくて希司を信じると仰るの?」
宮首の表情にわずかな怒りの色を読み取って、アオイは慌てた。思わず宮首についていこうと思ってしまいかけたが、それでもやはり思い留まる。何か言いたげで、それでも口を噤んで我慢するように、しょんぼりと寂しげに視線を落とす希司の横顔が目に入って、それでハッとしたのだった。
女の格好をしているからこそ、せめて心意気だけは男らしくあらねば。アオイは義務感に背中を押されるようにして、宮首の手から自らの手を丁寧に引き抜いた。
「やっぱり、私は希司さんと行くでございますわ。最初に私に声をかけてくれたのは希司さんなのですから。それに単純に、傍に人もいる中で人のことを『ド変態』だとか『鬼畜』だとか、そんなふうに言うような人を、私は信用できませんでございますわ。でございますから、私はあなたとは行きたくありませんでございまするわ」
「百合園さん……」
嬉しいというよりも、希司はただ驚いているという表情でアオイを見上げる。アオイは希司に微笑んで見せ、それから宮首を真っ直ぐに見つめて言った。
「そもそも私は、別に希司さんが例えどれだけヘン――じゃなくて、アレでも構いませんですわ。どうせ人間なんて、みんなアレでございますもの。なのに、自分を棚に上げて人を見下すなんて、そんなの卑怯ではございませんか?」
「な……?」
卑怯と言われたことがよほど堪えたのか、宮首は二歩、三歩と後ずさって言葉を失った。
「で、ですから、違うんです! わたしは変態なんかじゃありませんから!」
と、希司は乙女らしく顔を朱くして否定するが、アオイは何も言わず、ただ全てを許して微笑み、
「行きましょう、希司さん」
希司の背中に手を当てて教室棟のほうへ足を踏み出す。が、ただならぬ殺気を放つ声が背後から聞こえてきて、すぐに立ち止まる。
「『卑怯』ですって? よくも、このわたくしを侮辱してくれましたわね……。このわたくしが、わざわざこうして出向いて注意をしてあげているというのに……」
振り返ると、宮首が口元を笑みの形にヒクつかせながら青筋を立てるという、尋常ならざる表情をしながらこちらを睨んでいた。
「しょうがありませんわねぇ。あなたには少し痛い目に遭ってもらおうかしら。だってそれが、百合園さん、あなたの純潔を守ってあげることにもなるのだから……」
「承知致しました」
静かに佇み続けていた銀髪の少女――ユキが恭しく宮首に一礼し、頭を上げるや否や、
「どわっ!?」
突如、こちらへ向かって一足飛びに突っ込んできて、アオイの顔面に向かってその右の拳を振るったのだった。
アオイはまさに間一髪、頬を掠める程寸前でそれを躱すが、掠っただけにも拘わらず左の頬には痺れが走った。その驚きのせいもあって、思わず体勢が崩れた。戦い慣れでもしているかのように、ユキは既に二発目の拳をこちらへ打とうとしている。
ダメだ。躱せない。アオイは瞬時にそう悟り、腕で顔を覆った。しかし、
「……ん?」
いくら待てど、ユキの拳は襲ってこない。恐る恐る、そっと腕の合間から前を見ると、そこには理解しがたい光景が広がっていた。
「百合園さん、大丈夫ですか?」
希司がアオイを背に立ち、その左手を緩やかに掲げてユキの拳を防いでいた。
それだけでも驚くのに、どういうわけか、ユキの拳はシノの手に触れてさえいない。そのわずか手前で、まるで防弾ガラスにでも遮られているように、ユキの拳はピタリと静止している。
わなわなと震えながら盛り上がった腕の筋肉と、希司を睨みつけるユキの表情からして、どうやらユキが自分から拳を止めているというふうには見えない。だが、その拳はシノがすっと上げただけの手の前で確かに停止しているのだった。
だが何より不思議なのは、その拳の周囲に薄く起きている、淡く白い光の水紋である。
「その壁に、今日という日こそは穴を空けてやるわっ!」
そう叫ぶと、宮首が重心を落とすように身構えた。すると、その頭の左右に垂れ下がっている二束の巻き髪が、これもまたどういうわけか、甲高い音を発しながらドリルのように回転をし始める。
その起こす風で通路の砂塵が舞い上がり、鼓膜が痛む程の高音が屋根に反響する。その高速回転による浮力で離陸をするように二本の巻き髪はふわりと静かに浮き上がり、鋭い先端がこちらを向く。
「喰らいなさいっ!『金剛穿貫』!」
瞬間、そのもはや目にも見えない程の高速回転をしている二本のドリルが、鞭のようにしなりながらこちらへ向かって飛び出した。