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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
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出会い。2

 十字路のややこちら側で、鞄を両手で持ちながら、どこか憂いげにも見える表情でボンヤリ立っていたその女子生徒は、アオイの視線を感じたようにこちらを向くと、『あっ』という顔をしてから、つかつかと一直線に歩み寄ってきた。


背中の中程まである長い黒髪と、膝のあたりまで丈のあるスカートを清楚になびかせながら歩いてくるその少女は、明らかに自分へ向かって歩いてきている。


 だが、アオイは全くその顔に見覚えがなかった。自分にこんな美人の知り合いはいないはず、自分を見ているのではないのかもしれないと思って後ろを見たが、そこには無人のバス降り場があるだけだ。


アオイが再び少女のほうを見ると、やはり用があるのはアオイで間違いないらしく、少女はアオイのすぐ目の前で立ち止まった。円らな、黒目がちなその目を上げたり下げたり泳がせながら、戸惑ったような口調で尋ねてきた。


「え、ええと、あなたが百合園アオイさん……ですよね?」

「はい、そうです。じゃなくて、そうでございますわよ」


 え? と、少女は元から大きな目をさらに大きくするように見開いて、パチパチと瞬きをする。そのマシュマロのように白くて柔らかそうな頬が、まるで凍りついて固まったようにも見えて、アオイは狼狽えた。


 少女の可愛らしさにも圧倒されて、緊張のあまり思わず妙な言葉遣いをしてしまった。しかし、もう戻れない。やむを得ずにこの路線を貫く。


「ど、どうかいたしましたんでございますの?」

「い、いえ、すみません」


少女は朝陽に輝く黒髪をさらさらと揺らしながら慌てたように首を振り、それから菫色のスカートの前で手を重ねて姿勢を正し、折り目正しく頭を下げた。


「わたしは寮であなたと同室になる、二年の希司シノと申します。これから、よろしくお願い致します」

「えっ? き、希司さんですか?」

「はい、ルームメイトの希司です。この学校では、一年生と二年生が同室となるようになっているのですが、それはもうご存じですよね?」

「え、ええ、いちおうご存じでございます。じゃ、じゃあ……こちらこそ、よろしくお願いしますでございますの。わざわざお迎えしていただいて、ありがとうございますでございます」


『希司シノ』。母から自分の許嫁だと聞かされていたその人物と、なんの心構えもなく出会ってしまって、アオイは狼狽えに狼狽えた。


――こんな美人が俺の許嫁!? っていうか、こんな人と部屋が同じなんてマズいだろ!


一目見た時から解っていたが、見れば見る程希司は美少女なのである。


 その真っ黒な髪は艶やかで滑らかで、アオイが最も好きなくらいにふくよかな体つきは、その肌の雪のような白さと相まって、ふわふわとした柔らかな女性美そのものである。


希司は自分が許嫁相手であることを知っているのだろうか。いや、そんなまさか。女子高に男が来るなんてこと自体、思ってみたこともないに違いない。


 そう何から何まで戸惑ってアタフタするアオイを、


「…………」


頭を上げた希司が、まるで骨董品の鑑定でもするかのような真剣な眼差しで見つめてきた。


「あの……な、なんでございましょう?」


その、くりくりとした小動物のような目に一心に見つめられてアオイが戸惑うと、希司はハッとしたように眉間から力を抜いて、


「いえ、すみません。なんでもありません。ええと……では、一緒に行きましょうか。あ、変な意味じゃないですよ」


 と、人もまばらになって来た通路を正面のほうへと向かって歩き始めた。


 変な意味ってなんだ? そう訝りながらも、アオイは下級生らしくハッキリと返事を返しつつそれに続く。すると、その矢先、


「きゃっ!」


 前を行く希司が、不意にガクンと前へつんのめった。何事かと驚きながらも、アオイは咄嗟に手を伸ばして希司の腕を掴み、その身体を支える。


「ど、どうしたんですの? 大丈夫でございますの?」

「あ、すみません……」


あはは……。と、希司は恥ずかしそうに笑いながら地面を見るが、そこには石ころ一つ転がっていない。何もない所に躓いて転びそうになってしまったことが恥ずかしかったのか、希司はすぐに笑みを消して再び前へと歩き出す。


 ――なんだろう? 緊張してるのかな……? 


希司の様子がどこかおかしいように感じられたが、転入生の案内役など滅多にするものでもないから無理もないかと、アオイは少し同情するような気分でその後についていく。


 と、希司がはたと足を止めた。それとほぼ同時、


「待ちなさい」


 という、険のある声が通路の屋根に反響した。


 希司の頭の上から先を見ると、かなり通行人も減ってきた十字路を少し進んだ辺りに、こちらの行く手を阻むようにして二人の少女が立っていた。


椿(つばき)さん……」


 と希司は、二人のうちどうやら手前に立っているほうの少女を見て呟いた。


 妖精。


 二人の少女を見た瞬間、アオイの頭にその言葉が思い浮かんだ。『ここはお嬢様の通うお洒落な学校』というイメージもあるせいでそう見えるのか、二人は明らかに普通ではない美しさ、芸術的とも言える繊細な美しさを備えているのだった。


 希司がおそらく『椿さん』と呼んだ手前の少女は、背は希司よりも少し低いが、ほとんど平らながらもビシッと張られたその胸と、頭の左右でグルグルと巻かれながら胸へと流れるその金髪の威光のためか、女王のような風格がある。


その後ろには、銀色の髪をショートカットにした、身長百七十センチメートルちょうどのアオイと同じ程の背丈の少女が控えている。その瞳は西洋人形のように青く美しく、けれど氷のように冷たい。女王の影で、汚れ仕事を一手に引き受ける懐刀という雰囲気である。


「あなたが希司と同室になる転入生ね?」


 貴族のように優雅な微笑を湛えながら、金髪の少女がアオイへと視線を向ける。高みから全て見透かしたようなその目に射られ、アオイはギクリとしながら答えた。


「はい、そ、そうでございますわ。一年の、百合園アオイと申しますですわ。よろしくお願いしますですわ」

「ふふっ、なんだか可愛らしい子ね。いいのよ、そんなに緊張しなくたって」


 と、少女は意外にもふわりと優しく表情を崩して、しかし、


「でも、あなた、気をつけなさい」


その微笑を冷笑へと変えながら希司を一瞥する。


「その女のことは絶対に信じてはダメよ。信じたら、痛い目に遭ってしまうから」


 痛い目に? アオイには全くなんのことやら理解できなかったが、少女は冗談を言っているわけではないらしい。それは、希司がくすりとも笑わずにいることからも明らかだった。


「さあ、こちらへお出でなさい。二年A組所属、洋菓子クラブ部長兼生徒会副会長のわたくし宮首(みやくび)椿、そしてわたくしのクラスメイトであり洋菓子クラブ副部長のユキ・ラモリエールが、責任を持ってあなたを教室へ案内してあげるわ」


 宮首はそう言って、あたかも何かに勝利したかのように晴れ晴れと微笑みながら、アオイへとその手を伸ばす。


「いや、でも……」


 初めに声をかけてくれて、案内をしてくれると言ったのは希司である。これからルームメイトになる人間の好意を無下にする気にはどうしてもなれず、アオイは戸惑う。


「椿さん、わたしは――」

「っ! 何度も何度も、わたくしの名を気安く呼ばないで!」


何か訴えようとするように希司が口を開いたが、宮首がすぐに激しい剣幕でそれを遮る。わなわなと怒りに震えながら鬼のように顔を赤くして、ビシッと希司を指差す。


「またあなたのことだから、これからどうやってその子に、みみ、淫らなことをしてやろうかって、そう考えているのでしょう! このド変態! 鬼畜! ケダモノっ! また妙な変態アイテムを使って、人をオモチャにしようとしているのね! このわたくしにもやったように!」

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