心の友。1
――シノさん、椿さんと同じ部屋になりたいと思ってるのかな……。
部屋へと帰り、熱いシャワーを頭から浴びながら、アオイは考えた。
シノが言っていた『用』とはつまり、まだ椿と二人だけで遊びたいということだろう。女の子同士だから、自分と話す時とは違って色々な遠慮もいらず、一緒にいてリラックスできて、かつ楽しいに違いない。
それは当然だ。当然なのだが、やはりアオイとしては寂しいのだった。自分にはどうしようもないことだけに、そのどうしようもなさが堪らなく疎外感を覚えさせる。
『自分はここにいてはいけないんじゃないか?』
そんなことを、否応なしに考えさせる。
――俺、このままシノさんと同じ部屋でいいのかな……。
自分はどうすべきなのか? シノがそう望んでいるのだったら、やはり男らしくこちらから、別室になろうと提案すべきなのだろうか? バスタオルで身体を拭き、赤いボクサーパンツを穿きながらアオイは悩む。
高校生の男女が同じ部屋で寝起きをするのは当然おかしいのだから、悩まずとも既に答えは出ているようなものだ。しかし別室になれば、自分は今よりもいっそう孤独になってしまう気がして、それが怖いのだった。
アオイは女々しいのが嫌いな男である。しかし、情けないと思いながらも、ボロボロと足元の地面が崩れていくようなその恐怖感に、思わず携帯電話に手が伸びた。
この学校における、自分にとって唯一の同族であり心の友、ミサキの考えを聞きたかった。
いや、いつでも自分を励まし味方になってくれる、優しいミサキの声が聞きたいだけなのだ。そう解っていたが、ミサキという男の意見を聞きたかったのもまた事実だった。
『もしもし?』
発信をすると、すぐにミサキの声が聞こえてくる。その細くて柔らかな声を聞いただけでホッとしてしまいながら、アオイは言葉を返す。
「もしもし、ミサキちゃん? いま電話、大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。どうしたの?』
「うん。あのさ、ちょっと相談っていうか……ミサキちゃんに訊いてみたいことがあるんだけど、いいかな?」
『え? う、うん。何?』
と、少し身構えたようなミサキの声が返ってくる。
「ええと、なんていうか、その……」
さっそく尋ねようとしてみるが、何から説明していいか上手く思い浮かばない。しばし考えあぐねて、はたと思いつく。
「そうだ。ところで、ミサキちゃん、いま部屋に一人なの?」
『う、うん、そうだよ。これから少し宿題をしようかなって……』
「そっか。じゃあ、今からミサキちゃんの部屋に行ってもいいかな。少し話がしたいだけで、たぶん十分くらいしか、かからないから」
『わたしの部屋に……? うん、もちろんいいけど……』
「じゃあ、今すぐ行くよ。たぶん四十秒くらいで」
『よ、四十秒!? ちょっと待っ――』
そうと決まれば、急いでミサキの部屋へ行こう。
時刻はまだ午後七時少し前。用のない外出が禁じられる午後九時まではだいぶ時間があるから、おそらくシノが帰ってくるまでもまだ時間がある。しかし万が一があるかもしれないから、なるべく早く部屋に帰ってこなければならない。
シノから任されている鍵でしっかりと施錠をして部屋を後にし、夕方よりはいくらか人の気配かが戻っている廊下を早歩きして、同じく三階にあるミサキの部屋の扉の前に着く。
小さくノックをすると、待ち構えていたようにすぐに扉が開けられ、
「いらっしゃい……」
どこか恥ずかしそうな顔をしたミサキが、アオイを出迎えた。
上は白いキャミソール、下は明るいピンクのショートパンツという姿をしたミサキの頬は、まるで熱に浮かされてでもいるかのように上気している。
「う、うん、おじゃまします」
ミサキのショートカットの髪が濡れているのを見て、今シャワーを浴びたばかりなのだと気づきながら、その色っぽい肌の艶や甘いシャンプーの匂いにドギマギしてしまいながら、アオイはミサキの部屋へと足を踏み入れる。
ミサキはアオイをテーブルの椅子に座らせると、既にキッチンに二つ並べて用意してあった、お茶を入れたコップをそこから持って来て、それをアオイの前に置く。
「それで、アオイちゃん、訊きたいことって……?」
キャミソールから露出された細い肩と、すっと指を這わせたくなるような鎖骨のラインに目を奪われる。ほとんどつけ根まで露わにされている、女の子のようにきめ細やかな肌をした足へも思わず視線を惹きつけられてしまうが、自分は別にミサキの肢体を鑑賞するためにここへ来たのではない。
「うん。その……シノさんのことというか、自分自身のことでもあるんだけど……ねえ、ミサキちゃん」
「え? な、何?」
単刀直入に訊くことに決め、向かいに座ったミサキの目を真っ直ぐに見据えると、ミサキはその白い肩をビクリと縮こまらせた。
どこからどう見ても女の子にしか見えないが、それでもやはり男であるミサキに問う。
「私――いや、俺、シノさんと別の部屋になったほうがいいのかな?」
「別の部屋……? 希司さんと?」
「なんていうかさ……もう自分はシノさんと同じ部屋にいる必要はないんじゃないかって、そう思えてきたんだ。前までは、シノさんって色んな人に目の仇にされてたし、信用できる人もいなかったし、俺が傍でシノさんを守る必要があったでしょ? でも、今は……」
宮首さんがいる。軍曹がいる。シノさんに感謝している、少なからぬ人がいる。
自分はもう、シノにとってたった一人の仲間ではない。自分が気を張ってシノを見守る必要はないのだ。
「そう……かもしれないね」
ミサキはアオイの寂しさまでも理解したように、憂いを含んだ声で言った。




