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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
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迷宮(ル・ミエル)。4

「ユキさん……! もうやめましょう、こんなことは!」


椿を胸の中に抱きながら、シノが悲痛に叫ぶ。


「あなたが本当に椿さんを大切に思っているということは解りました。しかし、そうであるなら、もうここでやめにすべきです! このままでは、あまりにも椿さんが可哀想です!」

「フッ。まるで私が椿様を悲しませたかのような口ぶりだな、希司」

「何が違うんですか。あなたが私利私欲で宮首さんの記憶を改ざんし、騙していた。だから、今こんなにも宮首さんが混乱しているんじゃないですか」


 シノに責任転嫁するようなユキの言葉に、アオイは強く言い返す。すると、ユキは冷ややかな笑みを浮かべたままアオイを一瞥し、


「それは違うよ。私は確かに椿様を騙してはいたかもしれない。しかし、それで椿様がこれまで悲しんでいたことがあったかい? なかっただろう。椿様がいま悲しまれているのは、希司が余計な手を出したからなんじゃないのかい? そうだろう? 


 だから、私は戦わなければならない。罪ならば、いくらでも負うさ。例え椿様を騙し続けることになろうとも……それでも私は、椿様には夢の中で暮らしていただき続ける。決して傷つくことのない、わたしと二人きりの夢の中で」

「ユキさん……。それは……それは違います。あなたが守ろうとしているのは、椿さんではありません。あなた自身です。あなたは自分の願望のために、椿さんを利用しているのです。違いますか、ユキさん!」

「シノさん、椿さんをお願いします」


と、アオイはシノの肩に手を置く。


「あの人にはもう、言葉なんて通じません。自分で、自分を騙しきっている。あれこそ、まさに『力に呑まれている』という状況でしょう。こうなったら、もう……」

「アオイさん……? い、いけません、危険です! わたしの『絶対聖域(サンクチユアリィ)』から出てはいけません!」


 大丈夫。とアオイは自らの頭を指しながら微笑む。


「ほんのわずかな力ですが、今の私にはシノさんの力が使えます。パンツに穴が空いたせいか、母の力は使えないようですが……シノさんの力さえあれば、勝てる見込みはあります」

「ほう。ならば、そこから出て来たらどうだ? 檻の中でいくら吠えても、惨めなだけだよ」


冷笑を浮かべながら、さあ出て来いとでも言いたげにユキは数歩退く。


「ええ、もちろん」


 と、アオイはシノの制止も無視して『絶対聖域(サンクチユアリィ)』の外へと踏み出る。目は上げず、ユキのスカートだけをじっと見つめ続ける。


「百合園さん。一つ、訊かせてもらえないかな」


 と、ユキがこの状況下でさえ飄然と言う。


「君は、なぜ戦うんだい? そのような末代まで恥が残るような姿になってまで、どうして希司を守る?」

「そんなこと、あなたには関係ありません」

「希司が好きだからかい?」


 押し込めるように、ユキは尋ねてくる。顔を見なくても表情が解るほど、その声には嘲笑の色がありありと浮かんでいる。


「好きな人のために、全てを犠牲にして戦う。そんな君を、私は心から尊敬するよ。でも、同時に憐れとも思わざるを得ない。利用されるだけ利用されて、最後には捨てられる。どれだけ君が希司のために戦おうと、結局、君は幸せにはなれないんだ」


 ――どれだけ保つかな、私の『絶対聖域(サンクチユアリィ)』……。


 体力、気力、女子力、自分に残っている力は、そう多くはない。『絶対聖域(サンクチユアリィ)』のような大きなエネルギーが必要となる女子力を、自分は一体あと何秒発動できるだろうか? アオイはそんなことを考えていた。


しかし、迷っていても仕方がない。こういう状況でこそ、自分は男らしく、勇ましくあらねばならない。戦え。戦え。愛する女性を守るために。


「憐れなのは、ユキさん。あなたのほうだ」


自らの『絶対聖域(サンクチユアリィ)』を展開させながら、アオイはユキを見据える。


「あなたは、好きな人さえ信じることができずにいるんだ。あなたはこの世界にいる誰をも信じていないし、誰にも信じられていない。憐れな人だ」


 な……。と、ユキはその顔に動揺を浮かべ、それからギッとこちらを睨むが、これ以上、無駄話をしている暇はない。


 先手必勝。


何か言おうとしたユキへと向かって、アオイは一直線に飛び込んだ。飛び込みながら、


「ユキさん! 天井に椿さんのブラジャーが!」

「何!?」


 とユキは目を天井へと向けて、だがすぐに騙されたと気づいたらしくこちらへ視線を向け直したが、遅い。既にユキの懐へと入り込んだアオイは、


「っ!」


 ユキのスカートの中へ手を突っ込みながら、その腹へ肩から突っ込む。流石に意表を突かれたらしく、ユキはアオイに押し倒されるままに背後へ倒れる。その瞬間、アオイはしっかりと畳に足をついて踏みとどまり、一気にユキの足からパンツを抜き取る。


 そして、そのパンツを頭に――頭頂部には既にシノのパンツを被っているから、顔面に引っ被る。


「アオイさん! ですから、なぜわざわざ頭に!?」


 背後でシノが怒鳴るが、振り向いている暇はない。こちらの矢継ぎ早の攻撃に混乱しているユキの顔を掴み、アオイはパンツの中からユキの目を直視する。


「アンタはもう椿さんを騙せない! もう二度と、誰に対してもその女子力を使うことはできない!」

「――――」


 しん、と静けさが広い部屋に満ちた。


 凝然と見開かれたユキの碧眼を間近から見つめ続けながら、アオイは固唾を呑む。


 視線を合わせただけで相手を意のままに操ることができる『甘き迷宮(ル・ミエル)』。その驚異を、そっくりそのまま利用してやる。


 この一か八かの賭けに自分は勝ったのか、負けたのか。いつ自分が自分でなくなるかも解らない、その訪れるやもしれぬ瞬間に恐怖しながら、アオイはユキのパンツの下で歯を食いしばり、息を呑んだ。

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