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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
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迷宮(ル・ミエル)。3

「な……? きゅ、急に何をしているの、あなたは?」


 愕然とした様子の宮首には構わず、アオイはシノの足首をわずかに持ち上げて抜き取ったその下着をどこに身につけようか迷って――やむなく帽子のように頭に被った。


 今は余計なことに気を回している余裕はない。恥ずかしさになど構っていられない。とにかく、自分がシノを守らねばらないのだ。


 ユキがその表情に嫌悪めいたものを表しながら言った。


「なんのつもりだ、百合園さん? 恐怖で頭がおかしくなってしまったのかい?」

「なんとでも言ってください! でも、私は絶対にここをどかない! どうしてもシノさんを倒したいなら、その前に私を殺せっ!」


 歯を食いしばって睨みつけると、宮首は気圧されたようにビクリとその身を一瞬、竦ませた。すぐにその顔に笑みを作り直すが、それは笑みというよりもただ頬が引きつっているという状態に近かった。


「ふ、ふふっ。どうやら、あなたは本当にこのわたくしを見くびっているようね……。このわたくしが、本当にそれしきのことをできないと思っているの?」


 束の間、垂れ下がっていた巻き髪が、再び機械的な駆動音を鳴らしながら浮き上がる。こちらを睨む宮首の目は獰猛に血走りながら、それでいて妙に揺れていた。それは宮首らしい優雅さとはかけ離れた、怯えて虚勢を張る者の目であった。


 しかし、追い込まれた人間ほど、かえって加減も何もない常識外の行動に出てくるものである。自分で挑発しておきながら、アオイはその眼光にゾッと恐怖した。


 もしいよいよ本当に『ヤバイ』状態になったら、せめてシノだけでも逃がさなければ。そう思って、シノの手を握る右手に力を込めた、その時だった。


「いいわ。じゃあ、ヤってあげる。ヤってほしいのでしょう? ヤってほしいと言うのだから、ヤってあげなきゃ可哀想だわ。ねぇ……そうよねぇ!」


 狂気的な笑みを表出させながら、宮首はその巻き髪の先をこちらへ向けて飛びかかってきた。


 どうする? などと悠長に考えている暇はない。今さら背中を見せて逃げても意味はなく、シノがいるから躱すわけにもいかない。アオイの取るべき行動は、既に決まっていた。


 ――私が『絶対聖域(サンクチユアリィ)』の女子力でシノさんを守る。それしかない!


 目を瞑り、再び意識を研ぎ澄ませる。その閉ざされた暗闇の中に、自らの前に立つシノの背中を思い浮かべるのはそう難しいことではなかった。


風に揺れる長い黒髪、小さく、少しだけ丸い、白いセーラー服の背中。


 いつも自分を守ってくれたその後ろ姿は、ただ思い浮かべただけでアオイの心を安らがせる。だが、今はそこで満足してはいけない。自分がその背中となり、背後にいる大切な人を守らねばならないのだ。


 アオイは一歩先へと踏みだし、その美しい幻を抱き締めるようにしてシノと自らの姿を重ねた。


 ――シノさん、私に力を……。


「なっ!?」


 シノに祈りを捧げた直後、驚きに満ちた宮首の声がすぐ傍から聞こえてきた。ゆっくりと瞼を上げ、前を見る。そこには、空中に波紋を映す小さな白波と、『金剛穿貫(エンジェル・ブレイク)』をこちらへ突き出しながら雷に打たれたような顔で凝然と佇んでいる宮首の姿があった。


「そんな……これは希司の……?」

「バ、バカなっ! まさか、君の女子力は……!」


 と、ユキが目を剥いて叫ぶ。


『そのとおりだ。だから、あなた達は決して私には勝てない』


 そう見栄の一つでも切ってやりたいところだったが、それはどうやら不可能であった。

 

 初めから解っていたが、自分の未熟な女子力ではコピーの元となっている女子力の半分も威力を発揮できていない。しかも、コピー元の女子力が強力であればあるほど、自分の貧しい女子力では長時間、維持し続けるのが難しいのだった。


 壁に命が吸われていく。


 そんな感覚さえ抱くような脱力感を覚え始めながらしかし、アオイはキッと宮首とユキを睨み続けた。


「っ……そんな偽物の『絶対聖域(サンクチユアリィ)』で、わたくしに勝てると思っているのっ!?」


 下着姿で、しかも頭にパンツを被った人間に自慢の女子力を止められたことが気に障ったのか、宮首は目を吊り上げいきり立ってその二本のドリルを再度『絶対聖域(サンクチユアリィ)』へ突き立てる。


 と、すぐにそこへヒビが生まれ、一度入ったそのヒビは止めどなく広がっていく。


「ふふっ、やっぱり……。所詮は偽物、あなたの負けよ!」

「『あなたの負け』? それはこっちのセリフですよ、宮首さん」


 巨大な蜘蛛の巣のように『絶対聖域(サンクチユアリィ)』を覆い始めていた数多のヒビが、時を戻していくように消えていく。ヒビが消えて、その顔がよく見えるようになった宮首とユキに向かって、アオイはニヤリと口角を吊り上げる。


「一瞬でよかったんだ。一瞬でも『絶対聖域(サンクチユアリィ)』を作ることができたなら、その瞬間に私の勝ちは決まっていたんだ。――そうですよね、シノさん?」

「そ、それはそうかもしれませんが……あ、あの、アオイさん?」

「はい?」 


せっかくカッコつけてキメたのに。と、アオイはノリの悪いシノを責めるような気分で後ろを振り向く。シノは顔を赤らめながら、やけに瞬きの多い目でこちらを見上げる。


「た、助けてくださったのはありがたいのですが、その、頭に被ってる物はひょっとして……」

「はい、シノさんのパンツです。これのおかげで『絶対聖域(サンクチユアリィ)』を出せました。ありがとうございます、シノさん!」

「……ま、まあ、しょうがないです。なぜ頭に被る必要があったのかは解りませんが、それよりも、ともかく今は」


 と、シノは顔を赤くしながらアオイの前へ進み出る。そのシノを見て、


「き、希司……バカな……」


 と、思わずと言った様子で後ずさったのはユキである。だが、宮首の前で狼狽えるわけにもいかず、それきり言葉を呑んで立ち尽くす。


 シノはそんなユキに一瞥も与えず、宮首だけを見つめていた。その手を『絶対聖域』(サンクチユアリィ)の外へと突き出して、まだ『絶対聖域(サンクチユアリィ)』を打ち破ろうと躍起になっていた宮首の腕を掴み、


「やっと……やっとです。やっと捕まえました」


そのまま、壁の中へと宮首を引き入れた。


 その瞬間から、宮首の『金剛穿貫』(エンジェル・ブレイク)は力を失い、まるで優しい光の波のように、その金色の髪はふわりと空中で解ける。

 

 が、『絶対聖域』(サンクチユアリィ)を打ち破るべくイノシシのような突進を続けていたその勢いは死なず、宮首は飛び込むようにシノに衝突する。そのまま玉突き事故のようにシノはアオイにぶつかって、アオイはよろめきながらどうにか二人を受け止める。


「だ、大丈夫ですか、シノさん?」

「あはは……はい」


 と、シノはその胸に宮首を抱き留めながら、痛みよりも嬉しさが勝ったような顔で柔らかく目を細める。


「希司……いえ、シノ……?」


シノの腕に抱かれながら、宮首はぼんやりとその顔を見上げる。目は虚ろで危うげだが、憑き物が落ちたように表情はさっぱりとしていていた。


「き、希司! 貴様、謀ったな!」


一人壁の外で、ユキが怒声を上げる。すると、半覚半睡のようなとろんとした目をしていた宮首が、


「ユキ……?」


と、声に導かれたようにユキのほうを向く。その眼差しを受けて、ユキは狼狽えたというよりも慄然としたような面持ちで口を噤んだ。宮首はまるで赤子のような瞳で、再びシノを見上げる。


「シノ? わたくしは、どうしたの? わたくしは……」

「大丈夫です。何も心配はいりません、椿さん」


 囁いて、シノは宮首の身体を包むように抱き支える。しかし、


「っ……」


 宮首は顔を苦痛に歪めながら頭を抱え、シノの胸の中から崩れ落ちた。


「わたくしは、何を……? 解らない……! どうして? どうしてわたくしはあなたが、ユキが……! 解らない、どうして……?」


胸を震わすような細い声で宮首は呟き、畳の上にへたり込みながら両手で頭を抱える。


 シノはその宮首の肩を掴みながら必死に「大丈夫」と語りかけ、アオイはその二人をただオロオロと見下ろす。そしてユキは、そんなこちらを遙か彼方からぽつんと眺めていた。


「シノ、ユキ……わたくしは、わたくしが怖いわ。わたくしの中に、わたくしの知らないわたくしがいて……そのわたくしが、わたくしを……」 


記憶操作の根があまりにも深すぎたのか、宮首は錯乱して怯えるように身を竦ませる。


 取り乱す宮首に、シノはどうしたらよいのかと戸惑うようにかける言葉も失っていた。だが、ふと決意したようにアオイを見上げた。


「アオイさん、今は退きましょう」

「え? 退く? でも、まだユキさんを……」

「そうですが、今はそれより椿さんのことが先です。この状態は、どう見ても普通ではありません。早く落ち着かせてあげなければ……」

「そうですけど、ユキさんを倒さなくちゃ何も変わらないんじゃないですか!? 今止めたら、いつかまたこれの繰り返しですよ!」


 ここまで来て引き返すというのか。錯乱する宮首を見ていられないという気持ちは解るが、宮首のためにも、今は他に優先すべきことがあるはずだ。そう思ってアオイが反論すると、


「退く、だと? 私がここからお前を逃がすと思うか、希司?」


 と、ユキが平淡な声で言ったのだった。まるで亡霊のような、不気味なほどに据わった瞳でシノを見つめながら、その口だけは歪ませる。


「私は命を懸けてでも、貴様をここから逃がしはしない。例え逃げることに成功しようが、私はどこまでもお前を追い続ける。お前が椿様を私のもとに返すまではな」

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