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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
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迷宮(ル・ミエル)。2

「ユキさん、あなたはシノさんに力を……!」

「外から崩せないなら、内から崩れるように仕向ければいい。自然の摂理のように、ただそれだけのことなんだ。ずいぶん粘り強い女で手間取らされたがね、君のおかげでやっと崩せたよ。


 希司が今動揺したのは、おそらく君が傍にいたからだ。希司は本当に君のことが好きなんだね。君に嫌われるのが怖くてしょうがないんだ」


 そう笑うユキの言葉を聞きつつ、アオイは微かに目を上げてシノの様子を伺う。


やはり間違いない。明らかにシノはユキの女子力、『甘き迷宮(ル・ミエル)』の支配下に置かれてしまっている。表情の消えたその顔、ガラスのように無機質なその瞳を見て、アオイは何もできなかった自分の無力さを歯噛みして再び顔を俯ける。


「もう終わりにしようじゃないか、百合園さん。君の負けだよ。まあ、まだやるというのなら、つき合うにやぶさかではないよ。でもそうしたら、君も希司と同じように私の人形になってしまう。それでもいいのかい?」

「ええ、構いませんよ。逃げて生き恥を晒すなら、人形になったほうがずっとマシです」


 迷うことはない。アオイは早くも勝ち誇った様子のユキに苦笑を向けてやりながら言った。


『じゃあ、もしも逆にわたしが記憶を操作されてしまったその時は……どうか一人で逃げてください』


そんなシノの言葉を思い出しもするが、従うつもりなど初めからない。


 ――戦う。私が戦うんだ。私の女子力で、シノさんを助けるんだ。


 目を閉じて、アオイは深く腹から深呼吸をする。


「ふむ、そうか。私と対峙するにあたって、目を瞑るというのは素晴らしい作戦だね。でも、それでは私が見えないよ。それに言っておくがね、私の記憶操作は視線の交差のみが手段じゃないよ。その肌に直接触れることでも可能なんだ」


 そう言いながら、ユキはどうやらこちらへと歩み寄ってきた。


 その畳を踏みしめる一歩一歩の音に耳を澄まして集中を深めつつ、同時に自らの掌に意識を集中させる。


「ほう……。ようやく見せたね、それが君の女子力か」


 ユキが含み笑いをするように言う。目を開くと、手には一本の竹刀が現れている。だが、これだけでは勝てない。アオイは再び目を閉じ、自らの鼓動にのみ意識を傾けるように深呼吸を繰り返す。


 そして思い出す――母の姿を。


 母はどのように立っていたか、どのように歩いていたか、どのように手を伸ばしていたか、どのように声を出していたか、どのように呼吸をしていたか、どのように微笑んでいたか。


 幼い頃から毎日、目にしてきた母の所作、表情へと思いを馳せ、アオイはそれに自分自身を重ねていく。


『美しい女性』


 と考えて、まず始めに浮かぶのが母の姿であることを憎らしくも思ったが、やはりアオイは母を愛していたのだった。死なれては困る、この世における美しさと優しさの象徴なのだった。


『力の強い者が強いのではない。美しい者が強いのだ』


という軍曹の言葉を信じて、アオイは自らの裡に眠る感覚を研ぎ澄ましていく。するとふと、南国のそよ風のごとく温かく優しい感覚がアオイの身体を吹き抜けた。


 それはどこか見覚えのある温かさと匂いを伴ってアオイの全身を包み、その刹那、アオイは新たな世界を目前に見たのだった。


 ――これは……?


 瞼はまだ開いていない。しかし周囲の景色が全て、その気配によって『見える』のだった。


極度に研ぎ澄まされた感覚が、目で見ずとも鮮明に世界を捉えている。ただ憶えていただけではなく、空気の流れ、音の返り方によって、周囲にある物の配置やその形が見える。呼吸や、足音、衣擦れの音で、人間の位置や動きが見える。その感情が見える。


 深い失望の中にいるシノ、孤独に怯えているユキの姿が、まるで清澄な湖を覗き込むようにその内奥まで覗き込めるのだった。


 アオイはその気配を見ながら、やがて楚々と足を踏み出しつつ軽く身を捻る。すると、


「な、なん……!」


 こちらへ向かって拳を放っていたユキが、前へとよろめく。愕然とこちらを向くその脇腹を、


「ぐっ!?」


 必要最低限の動きで、アオイは竹刀の柄で突き上げた。小さく呻き声を上げながらユキは後ずさり、笑みのような表情を顔に作る。


「ふ、ふふっ。流石は希司のアントだね。気配だけで攻撃を見切るとは、君を少しナメていたよ。でも、遊びはここまでだ! はぁぁっ!」

 そう裂帛の声を上げ、ユキは先程よりも格段に速い速度でこちらへ突進してくる。が、アオイは強風をいなす風鈴のようにそれを躱しつつ、右のビンタをユキの頬に張った。


「遊びはここまで、それはこちらの台詞ですよ、ユキさん。こんなみっともないことは、もうやめるべきです」

「っ……未来を、先の行動を読んでいるのか? それもまた君の女子力なのか? 君は二つも女子力を持っているのか? いや、そんなまさか……!」

「女子力? いえ、これはそのようなものではありません。これは……そう、母の力です」

「は、母の力、だと?」


 ええ、と和服をさらりと着流す母の立ち姿を思い浮かべ、それを苦もなく自らと重ねながらアオイは頷く。


「あなたは以前、私がオスゴリラのような力を持っていると言いましたね。あれは、まさにそのとおりであったのです。その(はや)きことゴリラの如く、その静かなることゴリラの如く、侵掠(しんりやく)することゴリラの如く、動かざることゴリラの如し――これはそんな、この世の新羅万物よりも強く気高い、母の力なのです」

「い、いや、ちょっと待て。それは母の力というより、単なるゴリラの力だろう」

「そのとおりです。母とは単なるゴリラであり、そしてゴリラとは霊長類最強の生物。すなわち、母とは霊長類最強の生物なの――」


 不意にアオイの背後から、まるで空気を斬り裂くような高音が鳴り響いた。まだこの力に慣れていないせいか、それとも調子に乗って喋るのに夢中になっていたせいか、反応が遅れてしまった。


 木製の扉をロケットのような勢いで突き抜けてきた宮首のドリル、『金剛穿貫』(エンジェル・ブレイク)を、アオイはその尻にまともに食らってしまったのだった。


 まるで赤く燃えたぎる鉄の棒を突っ込まれたかのように、思わず気絶しそうな痛みが尻から頭のてっぺんまでを貫く。だが、痛みを痛みとせず、苦しみを苦しみとせず、そのまま上手く受け流す術を知っているのもまた母なのだった。


 アオイは聖母の微笑を浮かべながら、『金剛穿貫』(エンジェル・ブレイク)に刺し貫かれた勢いに逆らわず吹き飛んでいく。


「つ、椿様、どうしてここへ?」


突如として現れた宮首に、ユキは愕然と歩み寄る。まるでヘッドスライディングをするような勢いで突っ込んできて、そのまま畳に倒れ込んでいた宮首は、ユキに引き起こされながら苛立たしげに言う。


「どうしてって、あなたが急にいなくなってしまったからでしょう? やっぱり来てよかったわ。どうしてあなたが希司と戦っているのかは解らないけれど……っ、生徒会長!?」


 宮首はソファに横たわる久々原へと駆け寄り、だらりと床へ垂れたその手を握る。


「生徒会長……負けてしまわれたのですね。ごめんなさい、裏切ったわたくしを、どうか許してくださいまし……」

「わ、私こそ申し訳ありません、椿様。私は椿様からのご命令を無視して、生徒会長を守るためにここへ来ました。しかし、あと少しのところで間に合わず……」

「違います、椿さん! 久々原さんはその人が――」


 アオイは、尻を押さえながらなんとか立ち上がって言う。だが、ユキがそれに声を被せた。


「ですが、大丈夫です、椿様。生徒会長は、まだ完全には負けておりません。希司を見てください。ヤツは今、生徒会長が倒れる間際にかけた女子力によって抜け殻となっています。今が千載一遇の好機です。痛めつけるなり辱めるなり、どうぞ椿様のご自由になさってください」

「……そうね、解ったわ。彼女もまた生徒会長に戦いを挑み、敗れた。戦いが終わったのならば、わたくしは希司との約束を守る必要もない、そういうことよね」

「椿さん!」


 膝の震えるような尻の痛みに堪えながら、アオイは叫ぶ。


「まだ私は負けていません! 戦いは終わっていない! だから、約束もまだ終わっていません!」


その声で、宮首はふと催眠から目覚めたような顔でアオイを見る。しかし、ユキがその傍らへと歩み寄って耳元で囁く。


「椿様、そもそも希司との約束など気にする必要があるのでしょうか? ヤツは生徒会長を倒そうとしている敵なのです。敵を欺くことの何がいけないのでしょう」

「ええ、そう……。そうよね。希司との約束なんて、気にする必要などないわ」


平坦に宮首は言い、シノへとその目を向ける。その目は、ただ前を向いて佇んでいるシノの目と全く同じ色合いをしている。意識を封じられた、感情のない灰色の瞳である。


 やはり宮首はユキに操られている。アオイはそう確信すると、パンツに穴の空いた尻を押さえながらなんとか走って、シノの前に立った。 


「待ってください、椿さん! ユキさんの記憶操作に操られてはダメだ! あなたが言っていた『この学校を去った親友』は、シノさんなんです! 思い出してください!」

「希司が……? あなたはいったい何を言っているの? そんな、身の毛のよだつようなことを言うのはやめてちょうだい。そして、さっさとそこをどきなさい。さもないと、あなたからやってしまうわよ。そうね……まずは服を脱がせて素っ裸にして、それから体中に傷をつけてやって、もう二度と女子力を使えなくしてあげようかしら」

「女子力を……? それで? なんですか? 女子力がなくなろうが、私は一向に構いません。シノさんを失うよりは、ずっとマシです」


本心からそう言いつつ、アオイは手を後ろへ伸ばしてシノの手を握る。


「へぇ、そう。それなら――そのとおりにさせてもらおうかしらっ!?」


 宮首は胸の前に垂れる二本の巻き髪を急激に回転させ、怒り狂う蛇のように猛らせながらこちらへ放った。それらはまるでカマイタチのようにアオイの周囲の空気を斬り裂き、セーラー服にその爪痕を残す。


 胸の谷間、袖、脇腹、股間辺りの布が切り裂かれ、母のブラジャーと軍曹から貰ったパンツが露わにされる。宮首はそんなこちらを見て、『どう? 怖いでしょう?』とでも言いたげな冷笑を浮かべる。


怖いに決まっている。殺されるかもしれない。アオイは思わずそこまで感じて、そしてこの状況を打開する手段は一つしかないことに気がついた。


「シノさん、すみません……!」


 アオイはシノのほうを向きながらそう一言、告げてから、素早くシノのスカートの中へ手を入れ、パンツを引き下ろした。それは天国の雲のような、汚れ無き純白のパンツであった。

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