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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
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出会い。1

 電車の乗り継ぎを二度もして、学校へのバスが出る駅に到着するだけでおよそ一時間もかかった。


 現在の時刻、午前七時四十分。駅前から菫山女子高等学校へ向かうスクールバスが、この五分後に一本だけ出発する。最寄りの駅からでも徒歩で行ける距離ではなく、これを逃せば自費を払ってタクシーを使う以外は学校へ行く方法がない。


 街からは遠く離れた山の向こう、深い森の中に、陸の孤島のごとく菫山女子高等学校は存在している――ということを母の口から知っていたから、バスに乗り遅れたらどうしようとアオイはヒヤヒヤしていたのだった。


 ――とにかく、遅れなくてよかった……。


緊張に一段落つけながら、自分よりも頭二つ三つ小さな女子児童達と同じ列に立ち、バスが来るのを大人しく待つ。


 菫山には共学の初等部と中等部もあり、それらは全寮制の高等部とは違って希望者だけが寮に入るシステムになっている。だが、バスを待っているのが三十名程度しかいないところを見ると、ほとんどの生徒はその希望を出しているようだった。


 ――汗で制服が透けて、ノーブラだってバレて怪しまれたらどうしよう。


菫色のベストとスカートという、高等部とは異なる制服を着た周囲の中学生や小学生は、普段は見ない顔がいるのが新鮮で面白いのか、小さいグループを作りながら、


「背、高いね。かっこいい……」

「何年生かな?」

「名前、訊いてみよっか?」


 などと何やらコソコソと楽しそうに話し、興味津々な様子でこちらへ視線を向けてきている。その視線が怖くて、アオイは必要以上にビクビクしてしまう。


話しかけてくるんじゃねぇぞガキ共。アオイは心の中でそう呟きつつ、ロータリーの向こうに立っているビルの屋上看板へじっと視線を注ぐ。


 すると程なく、中型サイズのバスが定刻どおりにロータリーへ滑り込んできた。小中学生と共に列を作って、急ぎそれに乗り込む。ちょうどよく空いていた一人席に我先と腰を落ち着け、再びほっと息を吐く。


 流石は育ちのよいお嬢様達だけあって、乗り物の中ではちゃんと座って騒がないという躾が行き届いている。どうやらバスの中という密室で質問攻めに遭うという危険もなさそうで、そういう意味でも安心した。


 ――流石はお坊ちゃまとお嬢様の通う学校、行儀がいいなぁ……。


 と、自分の昔と比べて尻をムズ痒くさせている間に走り出したバスは、ぐんぐんと街を抜けて郊外へと向かっていき、十分程も経たないうちに、窓の外には小高い山と鮮やかな田んぼの緑が広がった。


 やがてバスは国道を折れて、『菫山女子高等学校』という標識が指す小道へと入った。


 すると、バスはすぐに検問に行き当たった。問題なくそれを抜けると、両脇にそびえる小山の合間を縫うようにしてうねった道を、するするとしばらく走った。窓を少し開けてみると、道の左側に広がる田んぼの匂いが鼻に飛び込んでくる。街にいてはあまり感じられない、土と草木の匂いである。


「もう夏ですね」


 後ろに座っていた、初等部高学年と思われる少女が、そう微笑みかけてきた。


「そ、そうですね。あ、そうでございますわね」


 慌てて声と笑顔を作って返事をすると、少女はにこりと微笑み、その利発そうな目を窓の外へと向けた。


油断は大敵だと感じながら窓を閉めて、それからしばらくすると、再び風景が変わった。まるで緑のトンネルのような、鬱蒼とした木々の中の舗装された小道を、バスは真っ直ぐに走っていく。そうして、見た目にも涼やかなその影の中を五分程走ると、


『菫山女子高校付属小学校・中学校』


 というやや古びた看板が木々の葉に隠れるように立っていて、それが指し示す脇道へとバスは折れた。そのすぐ先に再び検問があり、それを抜けると、窓外の景色がパッと開けた。


――はー……でけー……。


と口をポカンと開けながら、森の中に突如現れた広大な敷地と、そこに点在している、明治時代に建てられた洋風建築物のように風格ある建物群に、アオイは目を奪われた。


 中央に噴水のあるロータリーを周り、停車場にバスが停まると、自分一人だけを残して皆がぞろぞろとバスを降りていく。


 バスから降りた女の子達は、まるで校長に挨拶でもするように、みな一度立ち止まってこちらへペコリと頭を下げてから、正面のほうにある建物のほうへ歩いて行く。


 どうやら、あれが教室のある棟らしい。そう思っていると、ふと視線を感じた。前を見ると、バックミラー越しに運転手の中年男性と目が合う。慌ててお辞儀をすると、自動扉がプシューと音を立てて閉まり、バスは再発車した。どうやら高等部の敷地は、このさらに奥にあるらしい。バスは再び緑のトンネルへ戻ると、それをさらに奥へ奥へと直進していく。


 ――まさか、あの運転手、俺が男だって気づいてたりしないよな……。


 一人車内に残されると、まるで自分だけが隔離施設か何かに送られているような気分になってきて、アオイは必死に清楚な女の子を装って俯きがちに座っていたが、それは杞憂で、程なくバスは目的地へと到着した。


 用心に用心を重ねて設置されている検問を再び抜け、先程とほとんど同じ雰囲気の、広い芝生に囲まれたロータリーへと入る。


 すると、森の中を広大にくり抜いた中に立つ大きな洋風の建物が、少なくとも四つは見えた。開けた土地の大きさや整備された芝生の美しさ、まるで長年の雨風に堪え忍んだように風格ある石造りの校舎に、アオイは思わず純粋に感動してしまった。


 だが、自分は来たくてここに来たわけじゃないのである。なのに、なんでさっそく嬉しくなってるんだと単純な自分を叱り、バスが緩やかに停車すると共に決然と立ち上がる。


「オジョウサンが例の転入生かい?」


 扉が開き下車しようとしていたところへ、運転手が声をかけてきた。こちらへは目を向けず、帽子を目深に被ったその顔は前を向いたまま動かない。


「え? はあ――じゃなくて、え、ええ、そうでございます。今日からどうぞ、よろしくお願い致します」


 慌てて声を少し高めに修正し、愛想よく微笑み一礼する。


「……そうかい」


 運転手はこちらへ聞こえるか聞こえないかという低い声で答えると、こちらを向いてニヤリと笑いながら舌なめずりし、まさに舐めるようにアオイの足元から顔までを眺めた。


「もったいねえな。そのままでも充分イケルってのに」

「……は?」

「アクセル全開のフルスロットルなドリフトができそうだぜ。アンタとならよ」


言って、べろりと再び舌を出して唇を舐める。


 それを見た瞬間、アオイの全身をゾワワッと味わったことのない寒気が駆け抜け、


「あ、ありがとうございました!」


 と、アオイは転がるようにしてバスから逃げ降りた。


尋常ではない身の危険を感じた気がする。今のは果たして、『そういう』意味だったんだろうか。去っていくバスを、思わず股間を押さえながら見送って、それが無事学校を出て行ってくれたことを確認すると、心から安堵しながら回れ右をする。


 バス降り場には屋根がついていて、その屋根はそのまま通路と繋がっている。屋根と通路の壁は木造りで、その通路の先は三つに分かれて十字路になっている。


 時刻はちょうど登校時間で、寮である東側にある建物のほうから、ここから正面――南側にある教室棟の方へと、アオイと同じ制服を着た少女らがぞろぞろと流れていっている。


 しかし、その流れから外れて、一人の生徒がぽつんと所在なさげに佇んでいるのが、ふと目に入った。

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