秘密の手紙。
「んむ?」
「どうしました、アオイさん? 差し歯でも取れましたか?」
「いえ、差し歯は取れてないです」
と隣席のシノに返しつつ、アオイは不意にトレイの下へ差し込まれた小さな紙片を見下ろす。手に持っていた茶碗を置いて、その紙片を残してすぐに去っていった後ろ姿へ目を向ける。
――ミサキちゃん? なんだろう?
どうやら秘密の手紙らしいから、夕食を終え、トレイと食器をカウンターへ返しに行く時まで待ってから、それをこっそりと開いた。中には、一粒一粒そろった綺麗な字でこう書かれてあった。
『夕食が終わったら、わたしの部屋に来ませんか? お話ししたいことがあります。部屋は223号室です。栗戸ミサキ』
なんだ? とアオイは眉を顰める。ひょっとして、自分がミサキに酷いことを言ったという、あの件についての話だろうか。佳奈と市子の二人と結託して、自分を吊し上げようとでもしているのだろうか。
そう推察したものの、いまいちピンと来ない。それにしては手段が回りくどすぎるし、第一、常々ミサキを気遣っている佳奈や市子が、吊し上げの呼び出し役をミサキにやらせたりするだろうか。
となるとつまり、これは吊し上げの呼び出しなどではなく、ミサキが一人で、あの二人にも秘密で何かをしようとしているという可能性が高い。
ならば、とアオイは決意した。ここは男らしく、呼び出されてやろうじゃないか。
「シノさん」
食堂を出て部屋へと戻る途上、二階の廊下から三階へと上がっていくその前でアオイは足を止めた。
「あの、私ちょっと……友達の所へ行ってきてもいいでしょうか?」
「友達の所?」
シノは立ち止まり、驚いたような表情でこちらを見下ろす。
「でも、アオイさん。確か久々原さんの能力で友人を失ったと、そう言っていませんでしたか?」
「はい、そうです。おそらく、それと関わる話なんだろうと思います。まだ、よく解りませんけど……」
考えていたセリフを上手く言えたことにホッとしながら、しかし表情だけは深刻を維持しながらアオイが言うと、シノはアオイの隣まで下りてきて、アオイが申し訳なさを感じるほど緊迫した顔で言うのだった。
「それなら、わたしも一緒に行きましょうか。万が一のために、いつでも助けに入ることができるような場所で――」
「い、いえ、たぶん大丈夫ですよ。『女の勘』っていうんでしょうか、そんな気がするんです」
とアオイは冗談めかして言うが、シノはその神妙な面持ちを崩さない。
「そうですか……? でも、くれぐれも気をつけてくださいね」
「解っています。一度、危険な目に遭っていますから、危なそうだと思ったら、すぐに逃げてきます」
「はい。それと、もう一つ約束です。もしその方が単純に遊ぼうと思ってアオイさんを呼んでいたのだとしても、絶対に三十分以内には部屋へ帰ってきてください」
「三十分? たった三十分ですか?」
「はい。それ以上もどって来ないと不安ですから、色々と」
「色々と?」
「ええ、色々と。例えば、『もしかして誰かに取り入って、パンツを貰ってこようとしてるんじゃないか』とか」
「し、しませんよ、そんなこと! っていうか、それ不安っていうか、私を信じてないだけじゃないですか! いくら強くなりたくても、そんなことはしません! 私はシノさん一筋ですから!」
「え?」
シノはキョトンとしたような顔をして、そんなシノを見てアオイもキョトンとした。が、すぐに自分の口走ったことに気がついて、慌てて言葉をつけ足す。
「い、いや、つまり、私はシノさん以外にパートナーを作るつもりなんてないっていうことです! だから、安心してください!」
「そ、そうですか。では、行ってらっしゃい……」
はい! とアオイは勢いよく返事をして、逃げるようにシノの前を後にした。今のが、本当に単なる説明不足であったのか、アオイ本人にも解らなかった。無意識に自分の口から飛び出した言葉に、アオイ自身、驚いていた。
だが、今さら何を驚いているんだろうという気もするのだった。一目見たときから、自分はシノに恋をしている。そんなことは、気づけばシノのことばかり気にしている近ごろの自分を思い返せば考えるまでもないのだった。アオイがほしいのは、シノのパンツだけである。




