朝の戦闘準備。
翌朝。
朝食を終えて部屋へ戻ると、アオイはクローゼットの鏡で身だしなみを整えてから、一つの決意、戦に臨む漢の覚悟とも言うべきものを抱えてシノのスペースへと向かった。
「あの、シノさん」
「……? どうしました?」
鞄に教科書を入れているところだったシノは、その手を止めてこちらを見る。そのシノに、アオイは真っ直ぐに顔を向けて言う。
「お願いします。私の髪を梳かしてもらえませんか?」
「寝癖がまだついていましたか? さっき、ちゃんと直したはずですが……」
「いいえ、そうじゃないんです。寝癖直しじゃなくて、ちゃんと梳かしてもらいたいんです。私は女子力を身につけて、シノさんと共に戦う。そう決めたからには、たぶん、髪はただ寝癖を直せばいいというスタンスではダメな気がするんです。だから、お願いします。もっと美しく、可愛くなれるよう、私の髪をしっかりと梳かして、セットしてください」
「アオイさん……」
シノはどこか悲しむような色をその表情に浮かべ、蓋の開いている鞄へ視線を落とす。自分の決意が鈍らぬよう、アオイは畳みかけるように言う。
「私はやると決めました。そしてそう決めたなら、男らしく、徹底的にやらなきゃいけないんです。お願いします、シノさん! 私のプライドのために!」
「……解りました」
少しの間を置いてから、重く覚悟したようにシノは頷き、
「では、そこに座ってください」
と、シノの指定席となっている椅子をアオイに勧めた。アオイがそこに腰かけると、シノはいったん部屋を出て、洗面所からヘアアイロンと、普通の物よりもやや頭が大きく楕円形の形をした櫛を手に戻ってきた。
シノはまずブラシでアオイの髪をゆっくりと梳かし始め、それから炭バサミのような形をしたヘアアイロンで髪を丁寧に挟み、伸ばしていく。
ヘアアイロンを使うのは初めてで、そのせいもあってアオイが硬く背を伸ばしながら黙って座っていると、ふとシノが口を開いた。
「ところでアオイさん、今日、お昼休みに会うことはできるでしょうか」
「昼休みですか? ええ、いいですけど……何かあるんですか?」
「いえ、特に用事があるわけではないのですが……な、なんとなく、一緒にお昼を食べるのはどうかな、と思いまして……」
髪にアイロンを当てられているから、後ろを振り向くことはできない。だから表情を確かめることはできなかったが、シノの声はなんだか緊張しているように強張っていた。
なぜ緊張しているんだろうと不思議に思いつつ、アオイは当然、承諾する。
「そうですね。はい、いいですよ。私も、シノさんとお昼を食べたいと思っていました」
「そ、そうですか? なら、よかったです。では、お昼休み、西階段の三階で待ち合わせということでよいでしょうか?」
弾んだような声でそう言うシノに「解りました」と返事して、それからは気のせいか、アオイの髪を梳かすシノの手つきにリズムが出て来たような気がした。やがて、
「はい。できました。こんなものでしょう」
とシノが櫛を下ろし、アオイは自分のクローゼットの鏡で自分自身をチェックする。
「ありがとうございます。素晴らしいです」
本当に素晴らしいほど、髪のツヤが違うのだった。人生十五年と数ヶ月生きてきて、こんなに光り輝いている自分の髪を見るのは初めてというくらいに、髪はさらりと真っ直ぐに伸びながら、墨を流したように黒々と光沢を放っている。若々しい色気の輝きがある。
よし、行くぞ。戦闘態勢は万全だ。いつになく勇ましく雄々しい心もちで、アオイは朝の身支度を終えたのだった。




