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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
25/81

仲間。深夜の洗濯室。感じる変化。

  ○  ○  ○


 真っ暗な部屋には、時計の秒針を刻む音だけが、ほんのわずか妖精の足音程に響いている。


その暗闇の中、シノはそっとアオイのスペースへ歩いて行って、クローゼットの横、空いた段ボールの中に投げ入れられていた靴下とシャツを摘み上げ、自分の洗濯物とそれを一緒に持って部屋を出る。


明かりは点いているが廊下に人の姿はなく、寮全体が既にひっそりと眠りに落ちている。だが、その静寂の中を進んでいくと、やがて微かな話し声が壁を伝わるようにして響いてきた。


 どうやらそれが聞こえてくるらしいのは、今自分の向かっている洗濯室からであった。


 ――また変な目で見られて、避けられるんだろうな……。


 それがイヤだから、こんな夜中に起きたのに。と、思わず憂鬱になってしまいながらも、仕方なしにそこへ足を踏み入れると、


「ん? ああ、希司さんじゃないか」


 と、そこで立ち話をしていた二人の内の一人、ユキがちらとこちらへ目を向け、深夜でも爽やかな微笑をその顔に広げた。


「あら。こんな時間に洗濯?」


 こちらへ背を向けて立っていた久々原も、こちらを見て同じように微笑む。二人ともこんな時間にも拘わらず、しっかりと制服姿である。パジャマにカーディガンを羽織った自分の姿が恥ずかしい。


「は、はい。つい忘れていたのを、ふっと思い出してしまって……」


 言いながら、入り口の最も近くにある洗濯機の中へ、自分とアオイの洗濯物を放り込む。持って来た洗剤を入れるべく、そのフタにトプトプとそれを注いでいると、久々原が何も言わずに後ろを通って洗濯室を後にしていった。


「希司さん、君は何か企んではいないかい?」


 と、傍にあった洗濯機に軽く身体を預けながら、ユキが唐突に尋ねてくる。


 え? と、人を見透かしたようなユキの微笑を見る。どう答えたらよいものか。洗濯機の蓋を閉めながら、自分でも不思議な程落ち着きながら少し考えてみて、半ばやけっぱちに頷いた。


「はい、えーと……そうかもしれませんね」

「そう。ふふっ」


 ユキは口元を軽く抑えながら小さく笑う。


「希司さんは、百合園さんという仲間を得て少し変わったようだね。少し前までは、何かといつもビクビクして、部屋の隅のほうばかり見ていたような気がしたのだけど」

「そうですね。まあ、先輩になりましたから」


 洗濯機のボタンを操作して、洗濯をスタートする。


「情けない姿は、見せられません」

「うん、それも自然の摂理だね。とてもいいことだよ。けれど、よく解らないんだ。彼女は一体、どんな女子力を持っているんだい? 君が利用価値ありと判断したということは、彼女はそれ相応の女子能力者なんだろう?」

「それは秘密です。仲間の秘密はちゃんと守る。それは義務というか礼儀ですから」

「『仲間』ね。利用しているだけなのに、君は彼女をそう呼ぶのか」


あくまで穏やかな口調で、だがその目だけは刃物のように鋭くユキはこちらへ笑みかける。シノは以前からこの目が苦手であった。ともすると久々原の目よりも恐怖を感じさせる何かが、その青い瞳の奥には感じられるのだった。『絶対聖域』(サンクチユアリィ)越しでなければ、自分はこの目を見ることができない。


「利用しているのではない、と言えないのが辛いですね。でも、わたしがカレ――ではなくて彼女のことを信頼できる仲間、純粋な友人、あるいはそれ以上の人と見ているのも確かなんです。おかげで、もう全部このままでもいいかなと思ってしまうこともあるくらいで……」

「ほう」

「でも、一度やると決めたことはやりますよ、わたしは。そうでないと、アオイさんを裏切ることにもなってしまいますしね」

「そうか……。うん、それは至極もっともだ」


 と、ユキは洗濯機に預けていた腰を上げ、その口調と同じく軽やかな足取りで歩き出し、


「じゃあ、私はもう寝るよ。話ができてよかった。おやすみ、希司さん」


 と、こちらへは顔を向けず軽く手を上げながら廊下に姿を消した。


 洗濯機の回る音で、絨毯を踏みしめていくユキの足音はすぐに聞こえなくなってしまう。周囲には世界から隔絶されたような深夜の空気が戻り、シノはようやくホッと胸を撫で下ろす。


「うーん……」


 洗濯が終わるまで、まだあと十分以上も時間がある。マッサージ器代わりにするように洗濯機にもたれかかりながら、天井の暖色の吊り電灯を睨むように見上げる。


 自分はさっき余計なことを口走っただろうか。ビクビクして、ニコニコして、適当に受け流すのが正解だったのだろうか。なぜ自分はそうしなかったのだろうか。そう考えて、やはり自分はアオイという仲間を得て変わったらしいと実感した。


 ――わたしはアオイさんを守りながら、アオイさんに守られてもいる……。


 解りきっていたことだったけれど、今、頭ではなく心からそれが感じられた気がして、シノは思わず一人でニヤけてしまう。だが、ニヤけてしまってから、ふと不安になるのだった。


 ――アオイさん……わたしが許嫁だっていうこと、知ってるのかな。これからそうだと知ったら、どう思うのかな、わたしのこと……。


  ○  ○  ○

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