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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
21/81

洋菓子クラブにて。2

「はい、かしこまりました、椿様」


 と、ユキの振る舞いはどこまでも涼しげだが、アオイの腕に関節技を決めて微動だにしないその力は女とは思えない程に強い。


 迂闊だった。やっぱり来るんじゃなかった! そう後悔したが、時既に遅い。


「ユキ、百合園さんを床に四つん這いにさせなさい」


 黄金の巻き髪を、(くう)を斬り裂くドリルのごとく回転させ初めながら、宮首はベテランの斬首人のように平然とした面持ちでそう命令を下す。


はい、とユキはすぐにアオイを組み伏せ、指示どおりの四つん這いにさせる。


「くっ、なんて力だっ……!」

「私は椿様のアントなのだ。だから、毎日かかさず肉体を鍛え上げているんだよ、こういう時のためにね」

「人の尻にドリルを突き刺す時のためか!? そのために身体を鍛えてんのか!? 馬鹿なのか、アンタは!?」

「大丈夫よ、百合園さん。そう怯えることはないわ」


 と、お淑やかに微笑を浮かべながら、宮首はアオイのちょうど背後へと回り込む。


 そのドリルの回転が静かに起こす風が、宮首の前髪やセーラー服、テーブルのクロスをゆらゆらと揺らし、その切っ先がふわりと浮き上がってアオイの尻へと向く。


「ふふっ。どう? 何度見ても粗雑なところのない、優雅で美しい回転でしょう? この繊細で、しかもとても刺激的な感触を味わったら、きっともうあなたも虜になってしまうわ。さあ、その身をわたくしに委ねて、気持ちよくイってしまいなさい」

「ちょっ、ちょっと待て! 本気か!? 死ぬ! 死にます! 死んじゃいます! っていうか、それもう女子力じゃないって! 兵器だろ! 軍事力だろ! そんなのでヤられたらヤバいって! 死ぬよ! マジで死ぬ! ちょっ、待って! 待っ――」


『力が欲しい? あなたの大切なものを守ることのできる、強い力が』


 唐突に、アオイの頭に深い男声が響いた。


 聖堂に響き渡るパイプオルガンの音色のように、それは神聖な響きをもってアオイの心に語りかけてきた。幻聴に違いない。だが、天から注ぐ光のように胸に届いたその声に、アオイは迷うことなく縋りつく。


「ああ、欲しい! 力をくれ! 大切なモノを守れる力を!」


 そう答えを返したのと同時、尻に微かに何かが触れたのを感じた。瞬間、アオイの目の前で、真っ白な光が炸裂したのだった。


 視界の全てが一点の曇りもない白で満たされ、まるでビルの上から放り投げられたように、身体はその虚空へ飛び出していく。先の見えない眩しさと、その中をどこへともなく落下し続けていく恐怖で、アオイはその目をギュッと瞑る。


しかし、すぐにそれは違うと気がついた。自分は落ちているのではない。まるで落下するような速度で、天へと浮上しているのだった。


 やがて、神々しき純白の輝きを放つ天の中に、アオイは何かを見た。光に目を眇めながら、瞳を凝らしてそれを見つめる。


――天使……?


 それは、まるでアオイを受け止めるようにして広がる大きな両翼だった。


 天から差す光の逆光でシルエットになったその翼は、大きく、力強く、美しい。全てを守り包み込むようなその翼に、アオイはうっとりと心を奪われた。が、「ん?」と気がつく。


 近づくにつれて、その翼と共に自分を待ち受ける腕がやけに太く、胴回りもまるで男のように逞しいのが見えてきたのだった。それから、うっすらと見え始めたヒゲの濃いその顔はどう見ても、


「鉄子さんっ!?」


 ゾッと息を呑みながら目を開くと、目の前には真っ暗な天井があった。


 背中には硬く冷たい床の感触があり、なぜ自分はこんな真っ暗な部屋で横になっているのだろうと頭をふらつかせながら上半身を起こすと、ビシン! と部屋に鋭い音が響き渡った。


「わたくしはあなたになんと言ったの!? 『四つん這いにさせなさい』と、そう言ったのよ! なのに、あなたはどうして彼女を放したの!?」

「も、申し訳ありません、椿様!」


なぜか床に四つん這いになっているユキが、ぐっと顎を上げながら、涙ぐんだ目で後ろの宮首を見上げる。


 宮首はそんなか弱げなユキの尻に、黒く太い鞭を、バシン! と容赦なく打ちつける。


「主であるわたくしの言いつけが聞けないなんて、あなたはいつからそんなに偉くなったの!? 単なるアントに過ぎないあなたが! わたくしの下僕に過ぎないあなたが!」

「も、申し訳、ありま……せんっ!」


 ユキは宮首の打擲にひたすら耐えながら、息も絶え絶えに声を絞る。


「で、ですが、私は百合園さんを放したのではありません! 私は今度こそ、持てる限りの力で彼女を押さえていました! ですが、突然それ以上の、まるで発情したオスゴリラのように凄まじい力で跳ね飛ばされたのです! あれはきっと百合園さんの女子力――」

「黙りなさいっ!」


 宮首は鬼の形相で怒鳴りつけながら、鞭を尻でなく背中へと打ちつける。ユキの背中がグッと沈むように反り返り、だがユキの顔にはなぜか恍惚めいた笑みが浮かんでいた。


 その、わけの解らない光景にアオイが唖然としていると、宮首の血走った目がギロリとこちらを向いた。瞬間、その顔には柔らかな微笑が広がる。


「あら、百合園さん、お目覚めになっていたのね」


 ゴトン、と重い音を鳴らしながら鞭をその場に捨て、こちらへと歩み寄ってくる。


「ごめんなさいね。ユキがあなたを放してしまったせいで、狙いがほんの少しだけズレてしまったの。それで、今ちょっとだけ叱っていたところなのよ」

「狙いって……イッ!?」


 宮首の言葉を訝りつつ、アオイは床から立ち上がろうとした。が、その瞬間、電撃が流れるような痛みが尻に走り、床に片膝をつく。そして思い出す。自分が気絶した理由を。


宮首は、その手を柔らかにアオイへと差し出す。


「でも、大丈夫よ。当たってしまったのはほんの少しだったし、それに念のために確認をさせてもらったけれど、ほとんど傷にはなっていなかったから」

「え? か、確認って……! じゃ、じゃあ……!」

「どうかなさって、百合園さん?」


 と、宮首は狼狽するアオイをキョトンと見つめ、尻を押さえながらこちらへ歩いてきたユキが苦しげに笑う。


「私達は女同士じゃないか。そう恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。それに、君のお尻はとても可愛らしかったよ。できれば、もう少しお洒落なパンツを履いていてほしかったけどね」


 は? とアオイは言葉を失う。


 ――『女の子』同士、だって?


 人のパンツの中を見ておいて、何を言っているんだ? 不思議そうな顔でこちらを見下ろす宮首と、苦痛の色が混じった微笑を湛えながらこちらを見下ろすユキを、アオイはポカンと口を開けて見上げる。


 ――何かがおかしい。


 噛み合わない言葉からそう察知すると、アオイの頭をとある不安がよぎった。まさかそんなはずはない。そう慌てて自らの股間へ手を伸ばし、スカートの上からそこに触れる。


「……んっ?」

「どうしたんだい、百合園さん? 痛くて立てないの――」

「なっ、ないっ!?」


 と、アオイは尻の痛みも忘れてバッと立ち上がる。恥ずかしがっている場合でも、男だと知られるのを恐れている場合でもない。スカートを思いっ切りたくし上げて、それからパンツを引っ張ってその中身を見る。だが、それでも尚、やはり全く『ない』のだった。


「『ない』って、何がですの?」

「チ――ア、アレが、です!」

「『アレ』じゃ解らないよ。君は下着の中に財布でも入れていたのかい?」

「ち、違いますっ! お金なんかよりもっと大切な、命より大切なモノですっ!」


 アオイは半ばパニックで叫び、そんなアオイの頭にふと思い浮かんだのは、今この学校における自分にとっての唯一の仲間、シノの顔であった。


「すみません、私、帰りますっ!」

「あ、ちょっと、百合園さん!? まだお話が……!」 


宮首はそうアオイを呼び止めたが、アオイはそれを振り捨てるようにして洋菓子クラブの部室を飛び出した。

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