朝の修行。
「……オイさん、アオイさん……。起きてください、アオイさん」
「んあぁ……?」
「起きてください、もう朝ですよ」
重い瞼をどうにか開くと、目の奥が痛い程の眩しい光がカッと視界へ飛び込んでくる。
その苦痛を堪えて再びゆっくりと瞼を上げると、まるで熱い朝陽と同じように爛々と輝くシノの瞳が、ほとんど真上から自分を覗き込んでいた。黒髪が差し出されるようにアオイの目前まで垂れていて、甘い、いい匂いがする。
その、花のように芳しい香りにうっとりと夢心地になりながら、アオイはぐぐぐと顎を上げて机のほうへと目を向け、時計を見る。それから再び目を閉じ、毛布に顔を埋める。
「まだ六時半じゃないですか……もう少し……」
「食事は七時十五分です。ですから、もう三十分後くらいには部屋を出ておかねばなりません。身支度の時間を考えれば、もうギリギリです。寝癖をつけたまま部屋を出るなんて、女子として恥ずかしいことですよ」
「……はい」
そうだ。うすらぼんやりしていたが、自分は今女子高にいるのだった。それに、自分は今修行中の身なのだ。アオイはようやくそう思い出して、のそりと身体を起こす。
「では、まずはちゃんと顔を洗いましょう」
はい。とアオイは従順に従って洗面所で顔を洗い、
「次は制服を着ましょう」
はい。と頷いて制服へと着替え、
「では、椅子に座ってください」
はい。とテーブルの椅子に腰かける。すると、櫛とドライヤーを持ちながら待ち構えていたシノが、アオイの寝癖を直し始めてくれる。
この頃にようやくちゃんと目の覚めてきていたアオイは、入試の面接試験に臨んでいる女の子のように背筋を伸ばし股を閉じて、行儀よく座りながらシノに礼を言った。
「あ、あの、わざわざありがとうございます。シノさん」
「いえ、わたしはアオイさんの師匠なんですから、これくらい当然です。恥ずかしい姿でアオイさんを人前に出すことは、師匠であるわたしにとっても恥というものです」
何やら、やけに張り切っている様子である。弟子ができたことが嬉しかったのか、それとも単純に友達ができたことが嬉しかったのかはよく解らなかったが、ともかくアオイは幸せだった。シノのような可愛いお姉さんに髪を梳かしてもらえるなんて、きっとこの世界のほとんどの男が経験できないのだから。
「なんだか、気持ちよくてまた寝ちゃいそうです、私」
アオイが言うと、「ふふっ」という鈴の鳴るような笑い声が耳元を撫でる。
「ダメですよ、また寝てしまっては。でもアオイさん、もうちゃんと女の子らしい喋り方ができていますね。その調子で、今日も頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります。でも、今もそんなに女の子らしかったですか? 私は――ん? あれ?あー、あー……」
「どうしました? 喉が痛いのですか?」
シノは心配そうに尋ねてくるが、そういうわけではない。アオイは喉を触りながら首を捻る。
「いえ、なんていうか、ほんの少しですけど、自分の声が高くなっているような気がして……。まあ、元から割と高かったんですけど」
「そうですか? わたしにはよく解りませんが……」
シノがそう言うので、気にしすぎかなと思い直す。女の子らしい喋り方をしようとしているから、自然と声を高くする癖がついただけかもしれない。
「さて、寝癖も、もう大丈夫です。時間は……少し早いですが、まあ、ちょうどいい頃合いですね。行きましょうか」
ありがとうございました。と言いつつアオイは立ち上がり、シノと共に部屋を出る。すると、廊下にはもう食堂へと流れる人の流れができ始めていた。そして、その人達は皆、こちらを見てヒソヒソと何か囁き合っていた。
そんなことなど気にしない様子でシノは部屋の扉に鍵をかけていたが、実は今も酷く傷ついているということを、アオイは知っている。
「行きましょう、シノさん」
「え? ア、アオイさん?」
シノは戸惑っていたが、アオイはシノの手を強く掴みながら足を踏み出した。
――俺が男らしく、シノさんを守るんだ。
そう思うと、こちらを蔑むような視線の中を歩いていることも、むしろ誇り高く感じられてきた。思わずズンズンと大股に男らしく歩きたくなったが、どうにかそれを堪えて、楚々と小股で歩く。制服のスカートにも、もうだいぶ慣れてきた。