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女子ノ聖域  作者: 茅原
女子ノ聖域
13/81

アント。

「すごい食堂でしたね」


 夕食を食堂で取っての帰り道、廊下を希司と並んで歩きながら、アオイは希司への警戒も忘れて少し興奮気味に喋りかけた。


「生徒みんなが揃うから、ソーゴンっていうか、そんな感じもしましたよ」


『生徒全員が自らのメニューを受け取って席に着き、そして午後六時ちょうど、全員そろっていただきますと挨拶をするのがルールですよ』


 と希司から事前に聞かされていたが、実際に目にしたそれは、厳粛な雰囲気さえ漂っている、まるで神聖な儀式だった。食事中ほとんど誰も私語をせず、黙々と咀嚼をしている。ただそれだけのことでも、四百人もの人が同じことをしていれば、それだけで迫力があるのだった。


「でも、あまり楽しい雰囲気ではなかったでしょう。料理が美味しいのですから、わたしはもっと楽しく食事をしたいです」


希司は困ったような顔で笑いながら、どこかしみじみと言った。それだけに、その言葉はどこまでも本音のように聞こえた。


 が、希司は、ふとその表情に輝くような笑みを広げてアオイを見上げた。


「ちなみに、明日の夕食は焼き鳥ですよ。楽しみですね。それに、明日の朝食にはコーンスープが出ます。シンプルですけど、これがとても美味しいんです。しかも、そうでした。明後日の朝はフレンチトーストです。わたし、ここの料理であれが一番好きなくらいなんです。でも、明後日の夕食はカツカレーなんです。わたし、あまりあれは好きじゃなくて……百合園さんはどうですか? わたしは別にトンカツもカレーも嫌いなわけではないんですが、どうしてもその二つを一緒にするというのがイヤなんです。混ぜなくたって一つの料理として成立していて美味しいのに、どうしてそれを一つにしてしまうんでしょうか。それは、とても勿体ないことだと思いませんか?」

「あ、えーと……そ、そうですね、はい」


 急に何かのスイッチが入ったように嬉々とまくし立てた希司に、アオイは戸惑いながらとりあえず首肯して、それから訊き返した。


「希司さん、もしかして献立をぜんぶ憶えているんですか?」

「えっ? あ、は、はい……」


 と、希司はようやく自分が喋りすぎたことに気づいた様子で頬を染める。


「なんというか、それくらいしか楽しみがなくて、つい……」

「そ、そうですか。でも、食べることが好きっていうのはいいことですよね。健康であることの証だと思います」

「そうですよね! わたしも、食べることはとても大事なことだと思います!」


 あたかも人生の理解者に会えたような晴れ晴れたとした表情で希司は笑って、ちょうど差しかかっていた階段の前で足を止めた。


「すみません、話すのに夢中で忘れていました。あの、百合園さん。部屋に帰る前に、ちょっと購買へ寄っていってもいいでしょうか?」

「購買? ええ、もちろんいいですよ。私も、見学がてらに一緒に行きます」

「そうですか。じゃあ、少し戻りましょう」


 ということになり、アオイと希司は来た道を少し後戻りし、食堂へと続く廊下の途中にある購買の中へと入った。


 そこは病院の売店のように小さなものではなく、小さなコンビニくらいの広さがある立派な購買である。アオイは希司の後についてその中をぶらぶら歩きながら、つくづく感心した。


「さっきも外から見ましたけど、寮の中にこんなものがあるんですね……」

「はい、夜の九時まで開いていますから、お腹が空いてしまった時などにとても便利なんです」


 そう言いながら、希司はデザートが置かれてある冷房棚を、その奥まで覗き込むようにして物色し始めた。アオイはしばらくその夢中な横顔を眺めていたが、やがてそこを離れて雑誌コーナーへと向かった。しかし、そこにあるのはほとんどファッション雑誌ばかりで、サッカー雑誌は一つたりとも置かれていないのだった。


――まぁ、そうだよなぁ。


 納得しつつも寂しいような気分で、暇潰しにファッション雑誌をパラパラ捲っていると、希司が満面の笑みを咲かせながら、ビニール袋を提げてやってきた。


「好きなケーキを買うことができました。帰って、一緒に食べましょう」


 そんなご機嫌顔の希司と共に購買を出ると、入れ替わりになるようにして、数名の生徒が一列になって中へと入っていく。その女子達は会話をするでもなく、じっと前だけを見つめて、まるで命令されたロボットのようであった。


 希司と並んで廊下を歩きつつ、アオイは尋ねる。


「なんでしょう、さっきの変な人達……」

「彼らは『アント』と呼ばれる人達です」

「アント?」

「はい。文字どおり『蟻』という意味と、それに『能力を持たない人』という意味でそう呼ばれています。彼らが皆というわけではありませんが、一部はあのように、強い女子能力者を主としながら、あたかも奴隷のように扱き使われているのです」

「奴隷……?」


 なんだそりゃ? と絶句する程呆れながら、アオイは希司の横顔を見つめる。


 希司は何も言わず、やや目を伏せながら淡々と部屋へと歩いている。しかし、希司が何か決意を秘めているようにその唇を引き絞ったのを、アオイは黒い硝子に映るその横顔に見たのだった。

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