プロローグ1
「うーむ……?」
と、唸る。
百合園アオイは眉間に深く皺を刻みながら、鏡に映る自分の身体をしげしげと見つめた。
だが、元々アオイは鏡の前に立つことがあまり好きなほうではない。鏡を覗き込んで何分も前髪をいじくっている連中は、女々しくて大嫌いだとさえ思っている。
なのに、今まさに自分はその大嫌いなことをしてしまっている。アオイはその情けない自らの姿に嫌気が差して、溜息をつきながら鏡から目を逸らした。が、ついつい目を引かれて、鏡の中にいる自分ではない自分――否、確かに自分自身を再び舐め回すように見つめてしまう。
頼りなさげに華奢な肩、白くて細い腕と足、胸は全くないけれど、これはこれでスラリと背の高い身体に調和が取れていて悪くない。少し伸ばしてセミロング程になった髪も、健康的で可愛らしい。
――可愛い……よな?
「って、違うだろ」
可愛いポーズを取りかけていた自分に、慌ててツッコむ。
だが、そんなまるで女の子のように貧弱な身体の自分が、涼やかな白の半袖に紫色のスカーフ、そのスカーフと同色のやや長めなスカートというセーラー服を身につけると、悔しい程様になってしまうのだった。
日々、ひたすらサッカーだけに打ち込んでいる熱血高校生であるはずのアオイが、瞬く間に純情乙女アオイちゃんに変身してしまうことは、目の背けようのない事実なのだった。しかし、そんなことなどアオイにとっては一ミリも嬉しくない。それどころか、悔しくて仕方がない。
「ったく、なんでこんな格好をしなきゃならねえんだよ!」
ドシンと腰を下ろし、アオイは畳の上に大の字になる。そのスカートが腹まで捲れ上がって、中のパンツ――トランクスが露わになっても気にしない。むしろ、
俺は男だぞ! と、天に誇示する心意気でパンツを晒す。
百合園アオイ、高校一年生、年齢は十五、性別は紛れもなく男。
名前も女の子にいがちなもので、さらに見た目も男の子より女の子にずっと近い。だが、それでもアオイは男なのである。心も身体も男なのである。
そのはずなのに、なぜこんな可愛らしいセーラー服が自分には似合ってしまうのか。全くもって不本意なことだったが、正直、これもまた宿命なのだろうかと諦めている部分もあった。
アオイの家――百合園家は、女性作法の流派としてその名を全国に轟かす現代の名家である。女が働き、女が稼ぐ。つまりは古くより女が強く引っ張ってきた家系なのである。
そんな女の血が強い家系であったせいか、男としてこの世に生を受けたはずのアオイも、まるで女の子のような容貌を得てしまったのだった。
『まあ成長期に入れば、どんどん男らしくなっていけるだろう』
と高を括っていたが、その淡い男心は無残に打ち砕かれた。
顔はいつまで経っても生まれつきの女顔。背は男子でもそこそこ高い位までには伸びたものの、どうやら筋肉のつきにくい体質らしく線はほっそりとしている。ヒゲ、腕毛、すね毛は産毛くらいしか生えてこない。のど仏は拝みたくてもどこにもない。
こんな女性らしい体つきだが、これ以上説明するまでもなく、アオイは男である。女装の趣味もなければ、自らの性が男であることを恨んだこともない、身も心も純然たる男である。ただ不幸にも、その見た目――特に顔つきが、少々、女の子らしい繊細な雰囲気を持ってしまっていたというだけである。
だが、それならばなぜ、着たくもないセーラー服をアオイが今こうして身につけているというのか。それには退っ引きならない、深刻極まる理由があるのだった。
「はぁ……」
時刻はまだ朝靄も消えない早朝午前六時。だが、アオイはこれで今日なん度目かも解らないため息をついて、寝返りを打つように畳の上で身を丸める。
鏡の自分と目が合う。その自分の目をぼんやり見つめていると、おそらくは今後一生忘れることができないであろう、およそ二週間前に起きた事件へと、アオイの意識はいつしか旅立っていたのだった。