最終話
最終話
"デスパレートガールズ"
その頃…
本部から少し離れた場所にある、殉職してしまった隊員達が眠っている墓地。
「………」
現在の天候は雨であり、墓地に1人で佇んでいる風香は既に濡れ鼠となっていた。
「…今日は早いじゃない」
いつの間にか風香の背後に居た玲奈が、彼女の頭上に傘をかざす。
「大神…」
いつになく寂しげな表情の風香に、玲奈は少しだけ驚いた。
「…誰のお墓なの?」
風香が見つめている墓を見て、玲奈が彼女に訊く。
「私のお母さん」
「…え?」
玲奈は耳を疑った。
それもそのハズ。
ここに眠っている者は全員、特殊兵器対策部隊の人間だった者。
その墓の中に紛れて、部隊とは何の関係も無かった風香の母親の墓があると言うのだから、事情を知らない玲奈が驚くのは当然の事である。
そんな玲奈の様子に気付いた風香は、その事情を話し始めた。
「例の事件の時に殺されたの。だから、有紀奈さんがここに作ってくれたの」
「殺されたって…患者に?」
「いや…」
「じゃあ…兵器?」
「…違う」
俯く風香。
「…私が殺したの」
「………」
玲奈は驚きの余り、何も言えなかった。
「私の目の前で、急に患者になった。…だから、私が殺した」
「………」
「あんなの…もうお母さんじゃなかった…!」
「赤城…」
「何よ…説教でもする気…?じゃあ他にどうすれば良かったの…!?」
「もういいよ…」
「何が良いって言うのよ…!?私がした事は…」
興奮している風香を、突然玲奈が抱きしめる。
「もう…いいって…」
「え…?」
「あんたは悪くない。救えない命だってある」
「大…神…?」
「だから、もう何も言わなくていいよ。泣きたきゃ、泣けばいい。でも、あまり自分を責めないで…?」
それを聞いた風香は、玲奈の胸に顔をうずめて、声を上げて泣き始めた。
「大丈夫…苦しんでるのはあんただけじゃないから…」
2人を雨から凌いでいた傘は既に玲奈の手元には無く、雨で泥濘になっている地面に転がっている。
「(赤城…)」
玲奈は雨粒の冷たさを体で感じながら、風香を強く抱きしめた。
一方…
「本題…?」
優子の言葉に、眉をひそめる結衣。
「えぇ。あなた達が帰ってきた後、ウチの隊員を何人か送り込んだのよ。そしたら、色々とわかった事があってね」
優子は立ち上がって机の中から書類が挟まれているファイルを取り出し、その中から1枚抜き取って結衣に渡した。
「これは…?」
「例の生物が保管されていた部屋から見つかった物よ。見覚え、あるでしょう?」
そう言って、書類に載っている写真を指差す優子。
その写真には、今まで幾度と無く交戦してきた、巨大生物が写っていた。
そしてその書類には、"D-07"という文字が書かれている。
「ひょっとして…」
そう呟いて、恭子から受け取った書類を取り出す結衣。
机の上に並べられた2つの書類は、書かれている項目の種類が全く同じだった。
「D細菌を使って作られた兵器の情報…ですか」
晴香も書類に目を通し、内容を理解する。
「他には無いんですか?」
「あと2枚見つかったわ。この個体も見た事あるハズよ」
優子が取り出した書類には、盲目の患者と刃の患者が写っており、その上にはそれぞれ"D-09"、"D-S12"という文字が書かれていた。
「全部、名前があったんだ…」
「そのようね。誰かが作ったって証拠にはなるわ。"誰かが"…ね」
意味深な言い方をする優子を見て、結衣が口元を小さく歪ませる。
「…何か言いたそうですね。姉御」
優子は結衣の察しの良さに感心し、彼女と同じような笑みを浮かべた。
「まぁ…ね」
「姉御も悪ですなぁ…」
「(何なのこれ…)」
脇でそのやり取りを見ていた晴香は、呆れたように溜め息を吐いた。
「まずは…これを見て」
兵器の書類が入っていたファイルから、1枚の書類を取り出す優子。
その書類には、現在和宮町を隔離しているバリケードについての事柄が書いてあった。
「これが…どうしたんですか?」
「簡単すぎると思わない?」
「へ?」
「造りの事よ。大きな生物災害が発生した町を隔離するバリケードにしては、あまりにも小さいし、簡易すぎるわ」
「確かに…。現に、私と玲奈はバリケードをぶっ壊して入りましたからね」
さらっとそう言った結衣に、苦笑を浮かべる優子。
「…そんな感じで、入ろうと思えば誰でも入れるようなバリケードって事。考えてみると、おかしいでしょう?」
「まぁ…。…それで、この話がどうしたんです?」
「あら、葵さんや凛ちゃん辺りの察しの良い人達は、既に気付いていると思うわよ?」
「………」
「あ、別に皮肉とかじゃないのよ…?」
「わかってます…」
優子は咳払いをしてから、どう話そうか迷った後、こう言った。
「…単刀直入に言うわ。黒幕は、"この国"よ」
「…は?」
思わず気の抜けた返事を返す結衣。
「私の推測に過ぎないんだけどね。でも、バリケードを造ったのは"お国の連中"よ」
「待ってください。じゃあ一体何の為にバリケードを…?」
「安心させる為だと思うわ。事件のニュースを見た事ある?」
「い、いえ…テレビは見ないので…」
「そう…。どこのニュースでも、バリケードは絶対に映していないのよ。…小さくて簡易なバリケードの映像を」
「"お国"からのお達し…ってワケですか?」
「多分ね…」
そこで、話を聞いているだけだった晴香が口を開く。
「あの…。それで、結局黒幕は何がしたいんですか?」
「そうね…。国民を安心させておきながら、生物兵器の実験をしたいんじゃないのかしら?」
「そんな…。でも、D細菌は明美さんが作ったんじゃ…」
「確かに、D細菌を作ったのは彼女よ。でも、彼女は金さえ払えば、誰にだって"物"売る武器商人。黒幕の手に渡っても、不思議な話ではないわ」
「た、確かに…」
晴香は納得したのと同時に、黒幕が国かもしれないという事に恐怖を覚えた。
「でも…」
今度は、結衣が口を開く。
「地下で兵器を作っていたのは、明美の元部下だと聞きましたよ?兵器の製作には関わっていないって事ですよね?」
「えぇ。製作には関わっていなかったと思うけど、買ってはいたんじゃないかしら?」
「買ってた?」
「明美の元部下の男から、兵器やD細菌を多額の金でね。そうでもなきゃ、その男が実験や兵器の製作に使っていた資金の出所が説明できないわ」
「なるほど…」
結衣も、優子の話に納得する。
すると、優子は机の上に広がっている書類をファイルにしまい、椅子から立ち上がりながら2人にこう言った。
「…ま、あくまでも推測よ」
「そうとしか思えなくなってきましたよ…」
「うふふ…。自信はあるけどね…」
ファイルを机の中にしまい、部屋の出口へと歩いていく優子。
「そろそろ朝食ね。行きましょうか」
「姉御。最後に1つ、良いですか?」
結衣が呼び止めた。
「えぇ」
「…まだ、終わってないんですか?」
「………」
結衣を見て、目を細める優子。
「…多分ね」
優子はそう言って、部屋を出て行った。
残っている2人も、立ち上がる。
「まだ終わっていない事に加え、敵はこの国…か」
「何かの間違いでは…ないですよね」
「是が非でも、間違いであってほしいけどねぇ…」
2人は大きな溜め息を吐いて、部屋を出た。
「…結衣さん?食堂はこっちですよ?」
「ん…。私、ちょっと外の空気吸ってくる。先に行ってていいよ」
「あ、じゃあ私も行きます」
裏口から寄宿舎を出る2人。
その時初めて、2人は雨が降っていた事に気付いた。
「ん…!」
体を伸ばして、大きく息を吐き出す結衣。
「なーんか、一度に色んな事聞いたせいで、頭が痛くなってきたよ…」
「あ、あはは…」
晴香も同じであるらしく、こめかみの辺りに手を添えながら苦笑していた。
「…ハルちゃんは、これからどうすんの?」
不意に、結衣がそう訊く。
「これから…ですか?」
「うん。これから」
訊かれた晴香は、迷わずこう答えた。
「好きな事をして、生きていきます。家を失った時から、そう決めました」
「…そっか。強いね、ハルちゃんは」
「えへへ…そんな事無いです…。結衣さんは、どうするんですか?」
「え、私?私は…」
訊かれると思っていなかった結衣は、手を顎に当てながら、しばらく考え込む。
そして、こう答えた。
「…必死に、生きてくよ」
「必死に…ですか?」
「うん。楽しい日も、つまらない日も、楽な日も、辛い日も、ね。それこそ、死に物狂いで生きてく。今まで通りにね」
「今までも、そうだったんですか?」
「まぁね。だってそうじゃない。人は、毎日を必死に生きてる生き物だと私は思ってる」
それを聞いて、小さく笑う晴香。
「…えへへ」
「…どうしたの?」
「結衣さんのそういう前向きな所、私見習いたいなって思ってます」
「前向きか…。単にバカなだけなのかもよ?」
「そんな事ないです!」
ふと、空を見上げる結衣。
「…お、晴れた」
いつしか雨は止み、雲の隙間からは眩しい太陽が顔を覗かせていた。
「結衣さん、そろそろ行きませんか?みんな、待ってますよ」
「…そうだね。行こっか」
微笑む結衣。
2人は、仲間達が待つ食堂へと向かった。
悪夢は終わっていないという、非情な運命。
それでも少女達は、必死に生き続ける。
死に物狂いで、生きていく…
最終話 終




