第78話
第78話
"再会"
「お、凛。おはようさん」
明美と分かれて間もなく、結衣と晴香は、凛と上条姉妹の3人と遭遇した。
「おはよう、結衣。…体調はどう?」
昨晩、本部に着くなり誰とも話さずに部屋へ行き、そのまま眠ってしまった結衣を、当然凛は心配する。
「もう大丈夫。ごめんね、心配掛けちゃって」
結衣は笑顔でそう答えた。
「晴香ちゃんも、何ともなさそうだね!」
「はい。何とか…」
亜莉紗の言葉に、照れ笑いを浮かべる晴香。
「…あ」
晴香はその時、亜莉紗の腰に腕を回して抱きついている亜莉栖の存在に気付いた。
「この子ったら、昨日からずっとこんな調子なの…」
「えへへ…。可愛いですね!」
晴香に微笑みかけられ、恥ずかしくなって亜莉紗の背中に隠れる亜莉栖。
すると、結衣が亜莉栖を見ながら、こんな事を言った。
「どっかの妹にも見習ってほしいものだね…」
「同感です…」
晴香も頷く。
2人の妹である玲奈と風香は、姉が無事に帰ってきたという話を聞いたにも関わらず、まだ顔すら一度も見せていなかった。
「ほ、ほら、きっと恥ずかしがってるのよ。本当は会いたがってるハズだよ?」
すかさず、凛がフォローを入れる。
しかし、2人の姉は、無気力な表情で溜め息を吐くばかりだった。
「だと良いけどさー…」
「多分それは無いと思います…」
「(こいつら…)」
その後、2人は優子に会うという用事がある事を思い出し、凛達と分かれた。
「そんじゃ、後でね」
「えぇ。朝食、遅れるんじゃないわよ?」
「わかってらぁ」
ぶっきらぼうな返事を返し、歩き出す結衣。
すると、亜莉紗が何かを思い出し、歩き出したばかりの結衣を呼び止めた。
「結衣!待った!」
「ん?」
「言い忘れてたんだけど、茜さんの意識が戻ったの。せっかくだから、顔出せば?」
それを聞いて、安堵する晴香。
「良かった…大丈夫だったんだ…」
「じゃあ、先に茜さんの所に行くかな。ハルちゃん、行くよ」
「はい!」
2人は優子の部屋へ行く前に、茜の部屋に寄る事にした。
「………」
通路の曲がり角を曲がった所で、突然晴香が立ち止まる。
「どーしたー?」
顔だけを後ろに向けて訊いてきた結衣に、晴香は辺りをきょろきょろと見回しながら答えた。
「何か…嫌な予感が…」
「嫌な予感?」
その時、2人が歩いてきた方向から、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「待てーッ!ツインテール野郎ーッ!」
聞き覚えのある声と共に。
「み、美咲!?…きゃあッ!?」
現れた美咲は、突然晴香にタックルをして馬乗りになる。
「良くも私達を置いてってくれたな!ツインテール野郎!」
「しょ、しょうがないじゃない…!何というか…衝動的な行動だったんだから…」
「黙れツインテール野郎!」
「そのツインテール野郎って何よ!?」
「ツインテール野郎はツインテール野郎だ!それ以下でもそれ以上でも…」
「し、篠原さん!?何やってるんですか!」
遅れてやってきた瑞希が、美咲を晴香から引っ剥がす。
「ありがとう瑞希ちゃん…。助かったよ…」
「いえいえ…。それよりも、優子さんがお2人を探してましたよ?」
「うん、今から会いに行く所。その前に、茜さんに会おうと思ってたの」
「そうですか。篠原さんは私が押さえておくので、安心してください」
「ありがとね」
「離せーッ!」
「(若いって良いわね…)」
結衣は暴れ回っている美咲を見てそう思った後、歩き出した晴香を追った。
「嫌な予感は当たってた…って事になるのかな?」
「的中したと自負しています」
「お、おう…」
とにもかくにも、茜の部屋の前に辿り着いた結衣と晴香。
「茜さーん?入りますよー?」
結衣がノックをして、扉を開ける。
茜はベッドの上に腰掛けて、窓の外を眺めていた。
「あら、結衣ちゃんに晴香ちゃんじゃない。来てくれたのね、嬉しいわ」
「お体の調子はどうですか?」
結衣の質問に、苦笑を浮かべる茜。
「ちょっと派手にやられちゃったみたいでね…。まだ完治ってワケじゃないわ」
大きな傷を負った茜の頭部には包帯が巻いてあり、傷を直接見ずとも、その酷さは察しが付いた。
「そうですか…お大事に…」
「うふふ…。ありがとね…」
その時、結衣はふと、こんな事を思う。
「(茜さん、怪我のショックで性格変わった…?随分話しやすくなった気が…)」
しかし…
「それじゃあせっかくだから、3人で一緒に寝ましょうか。大丈夫、全員で密着すれば収まるわ!」
そんな事は無かった。
「すみません茜さん。私達、優子さんに用事があるので、行きますね」
「あら、そうなの?残念だわ。また後でね」
「はい。また…」
茜の部屋を出て、優子の部屋がある方向に歩き出す2人。
「茜さん、変わったのかなって思ったんですけど、そんな事無かったですね…」
「無かったね…」
晴香も、同じ事を考えていたようであった。
優子の部屋に到着する前に、再び人と遭遇する2人。
「あら、晴香ちゃんに結衣ちゃん。早いじゃない」
「仲良く散歩か?お前ら」
葵と、楓の2人だった。
「散歩も兼ねてるけど、優子さんに用事があってね」
「優子さんに?そういえば、昨日用事がある言うて探しとったな」
「そうそれ。何の用事か聞いてる?」
「いや知らん。細かい事は訊かない主義やからな」
「そこは訊いといてよ…。…あれ、何だこの既視感」
一方で、葵は晴香に話し掛ける。
「昨日はぐっすりだったわね。帰ってくるなりそのまま寝ちゃったから、話もできなかったじゃない」
「えへへ…。すみません、疲れちゃって…」
「うふふ…。まぁ無理も無いわね。お疲れ様」
葵はそう言って、晴香の頭を優しく撫でる。
晴香はくすぐったそうに、照れ笑いを浮かべた。
「それで、その優子さんは部屋に居る?」
結衣が楓に訊く。
「居るやろ。居なかったら、ウチは知らん」
「あっそう…。それじゃ、後でね」
「おう。ほな」
楓と葵は、結衣と晴香が今来た道へと歩いていった。
「私達も行きましょうか。結衣さん」
「………」
「…結衣さん?」
「…え?…あぁ、そうだね。行こっか」
歩き出す結衣。
「(何か考えてたのかな…?)」
晴香は訊き出そうとも思ったが、やっぱり止めて、何も言わずに結衣を追った。
それからしばらく歩いた所で、2人は優子の部屋の前に到着する。
「姉御ー、居ますかー?。私です、結衣です」
結衣がノックをすると、扉が開いて苦笑を浮かべた優子が現れた。
「…いい加減"姉御"って呼ぶの止めない?」
「どうしてですか?姉御」
「…まぁいいわ。入って、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
2人が部屋に入ったのを見て、扉を閉める優子。
「さて…。何から話そうかしら」
「では、何かを2回連続で失敗した時、"3度目の正直"と"2度ある事は3度ある"はどちちが優先されるのかを教えてください」
「………」
「冗談です」
優子はベッドに腰掛けて、話を始めた。
「まずは結衣ちゃん。協力してくれた事に対して、特殊兵器対策部隊を代表して礼を言わせてもらうわ。ありがとう」
「堅苦しっ」
「………」
「冗談です」
一旦咳払いをしてから、話を再開する優子。
「…次に、昨日の報告をしてほしいの。まず、例の個体はどうなったの?」
「え?聞いてないんですか?」
「一応、本人の口から聞けってお達しが来てるのよ…」
「なるほど…。では、奴は木端微塵になりました、と言いましょう」
「撃破したのね?了解」
優子は机の中から書類を持ち出し、その書類に今聞いた事を書き込む。
「よし…」
書き終えて、再び結衣に視線を戻し、別の事を訊こうとする。
「次に…」
しかし、そこまで言って、優子は黙り込んで俯いた。
「…どうしたんですか?」
「…いえ、何でもないわ」
そう言って、結衣に視線を戻す。
優子は真剣な表情で、こう訊いた。
「犠牲者の人数と、名前を教えて」
「ッ…」
黙り込む結衣。
優子も何も言わずに、押し黙っている彼女を見つめていた。
しばらくして、結衣が重い口をゆっくりと開く。
「…峰岸恭子。他、多数」
「その多数というのは?」
「彼女の部下です。…あとは知りません」
「わかったわ」
その事も、紙に書き込む。
結衣はその様子を、ただただぼーっと見つめていた。
それも書き終えて、結衣を見る優子。
彼女は今さっきとは人が変わったように、寂しげな表情を浮かべていた。
「…ごめんなさい。本当は訊きたくなんか無かったんだけど」
「いえ…気にしないでください…」
気まずい空気になってしまった優子の部屋の中。
すると、今まで一言も喋らなかった晴香が、口を開いた。
「と、ところで、有紀奈さんの様態はどうなんですか?」
「…まだ、意識不明よ」
「そうですか…」
更に重くなる空気。
晴香は心の中で、"やってしまった"と思った。
「…さてと」
その空気を一転させたのは、優子の明るい声。
彼女はうっすらと笑みを浮かべながら、こう言った。
「本題に入りましょうか…」
第78話 終




