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Desperate Girls  作者: 白川脩
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第77話


第77話

"生還"


戦いが始まったのは、今から丁度3日前の事。


「(そんなに…短い間の事だったんだ…)」


しかし、ヘリの中から町を一望している結衣は、1ヶ月くらい前からこの戦いが始まったんじゃないかと思い込んでいた。


それくらい、彼女は疲れ切っていたのだ。


「少し寝たら?着いたら起こしてあげる」


そんな彼女を見て、心配する凛。


結衣は笑みを作って手をひらひらとさせ、"大丈夫"と告げた。


そして再び、窓の外に視線を移す。


その時、自分のポケットに紙のような物が入っている事に気付いた。


「(…?)」


紙を取り出して、中身を確認する。


その紙には、D-15に関する情報が書かれていた。


「(いつの間に…?というか、誰が…?)」


紙を裏返し、そちらにも何か書いていないかを確認する。


裏側には何も書いていなかったが、代わりに、端の方に乾いた血液が付着していた。


結衣はそれを見て、誰がこの紙をポケットに入れたのかを悟る。


「(恭子…)」


結衣は紙を丁寧に畳み、大事そうにポケットにしまった。


「…こっちは爆睡か」


無邪気な寝顔で静かに寝息をたてている晴香を、微笑ましそうに見る楓。


「相当疲れてるみたいですね。…可愛い寝顔だ」


亜莉紗が振り返って晴香を見ると、彼女の頬を凛がつねった。


「あんたは操縦に集中してなさい」


「いひゃいいひゃい!」


やむを得ずに操縦に戻る亜莉紗。


その時、ふと、何かを忘れているような感じがして、もう一度振り返って凛を見た。


「…凛ちゃん。何か、忘れてない?」


「え?」


「大事な物…なんだっけ…」


「ハッキリしなさいよ…。何なの?」


「えーと…だから…」


「峰岸…か?」


楓が窓の外を眺めがら、ぼそっと呟く。


「そう!恭子さん…」


亜莉紗は"あっ"というような表情になり、言葉を切って正面に顔を戻した。


楓が、結衣に視線を移す。


「…大神。"そういう事"で、ええんやな?」


「…うるせぇ」


「おい…」


「そうだよッ…!」


結衣の怒号に、静まる一同。


「…そうか」


楓はそれだけ言うと、再び黙り込んで窓の外を眺め始めた。


戦いは終わった。


仲間の死と共に…



翌日…


時刻は朝の7時。


疲労困憊の一同はほとんどがまだ眠っていたが、珍しい事に結衣だけは目を覚まし、1人でシャワー室に行き汗を流していた。


「………」


自分の体に絶え間なく水を浴びせているシャワーノズルを、何も考えずに見つめる結衣。


彼女が浴びているのはお湯ではなく、冷水だった。


「ありがとう…か」


ふと、恭子が最後に自分に言った言葉を呟く。


結衣は彼女が、何に対して感謝をしたのかが、わからなかった。


そこで、口に出して呟いてみれば何かわかるかもしれないと思い、もう一度呟いてみる。


「ありがとう…」


「どういたしまして」


「…え?」


突然聞こえた声に驚き、辺りを見回す結衣。


すると、仕切りの壁から、いつの間にか晴香が顔を覗かせていた。


「ハ、ハルちゃん…。いつの間に…?」


「今来た所です。ところで、何に感謝していたんですか?」


「え?」


「"ありがとう"って、言ってましたよ?」


「あぁ、それね…。…誰なんだろ」


「それを今訊いたんですけど…」


「やっぱり、わからないや…」


「そ、そうですか…」


そこで、会話は終わる。


しかし、晴香は顔を覗かせたまま、動こうとしなかった。


「…?」


結衣は晴香が何かを見つめている事に気付き、その視線を辿ってみる。


晴香は恨めしそうに、結衣の胸元を見ていた。


「むぅー…」


「え、何その目は…」


「人間は不平等です…」


「え、えぇ…?」


「別に羨ましいとか思ってませんからね!調子に乗らないでくださいよ!」


飛び出すようにシャワー室から出て行く晴香。


「(私…何かしたっけ…?)」


結衣は吹き出すように小さく笑い、冷水のシャワーを止めた。



「結衣さん。どうして冷たい水を浴びてたんですか?」


「ん…。まぁ、なんとなく…かな…」


まだ少し湿っている髪を気にしながら通路を歩く結衣と、それに付いていく晴香。


「もしかして…健康法?」


「いや、違うよ…」


「じゃあ…何でですか?」


「頭を冷やしたくなった…みたいな…。そんな感じじゃないかな…?」


曖昧な答えを出す結衣。


実際、自分でもよくわからなかった。


「…ねぇ、ハルちゃん」


「何ですか?」


「もしもあの時、恭子じゃなくて、私がアンプルシューターを手にしていれば、あいつは死なずにすんだのかな…?」


「………」


突然の重い質問に、言葉を失う晴香。


しばらくの間沈黙が続いていたが、晴香が重い口をゆっくりと開いて、結衣のさっきの質問に対し、こう訊き返した。


「…本当に、そう思っているんですか?」


「…え?」


「恭子さんじゃなくて、自分が撃っていれば、誰も死なずに済んだ…。そう思っているんですか…?」


「いや…これは、例え話というか…」


高圧的な晴香の態度に、気が小さくなる結衣。


「…そんな話してたら、浮かばれませんよ」


「…え?」


「恭子さんは…何の為に亡くなったんですか…?」


そう言った晴香の目元には、涙が溢れていた。


「"私の犠牲を無駄にしないでくださいよ"。恭子さんは、そう言いましたよね?」


「それは…」


「恭子さんはきっと、自ら犠牲になったんだと思います。万が一アンプルを防がれたとしても、自分が…死んでやるって程の覚悟で…私達を…死なせたくないからって…自ら…」


途中から涙声になり、ついには話を続けられなくなる晴香。


「ごめん…」


結衣は、謝る事しかできなかった。


しばらくの間沈黙が続いていたが、平静を取り戻した晴香が涙を拭って、弱々しい笑みを浮かべながらこう言った。


「すみません…。いきなり変な態度を取ってしまって…」


その笑みを見て、結衣も同じような笑みを返す。


「いや、ハルちゃんが言ってる事は何も間違っちゃいないよ。間違ってたのは私の方。…本当にごめんね」


「そんな…謝らないでくださいよ…」


すると、近くの部屋から、眠たそうに目をこすりながら明美が出てきた。


「朝からうるさいわね…。静かにしてほしいのだけれど…」


「お、明美。その様子じゃ、無事みたいだね」


「当然でしょう。私があの程度の事で…じゃなくて、静かに…」


「あ、明美さん…」


「…え?」


「明美さーん!」


明美に飛びつく晴香。


「ちょ、ちょっと…晴香ちゃん…」


明美は通常、突然抱きつかれたら問答無用で投げ飛ばすような冷酷な人間であるが、晴香にだけは弱いらしく、困惑気味に苦笑しながらも彼女の頭を優しく撫でた。


「(この子の泣き顔だけは、見たくないわね…)」


そんな傍ら、その光景を不思議な物でも見るような目で眺めている結衣。


「うーん…」


「…どうしたの?」


「いや、ハルちゃんは一体明美のどこを気に入ってこんなに懐いているんだろうと思ってさ…」


「地味に酷い言い様ね…」


すると、明美に抱きついたまま、晴香が照れ笑いを浮かべてこう言った。


「えへへ…。明美さん、どことなく私のお母さんに似てるんです」


「私が…?」


「はい!ちょっと厳しいけど、本当は優しい所とか…」


「へぇ…」


胸元にある晴香の純粋な笑顔を見て、罪悪感が湧いてくる明美。


彼女の母親の命を奪ったのは他の誰でもない、自分だからであった。


「(あなたの母親を殺したのは私なのよ…?それなのに、どうして…どうしてあなたは…)」


明美の視線に気付き、晴香は子供っぽい満面の笑みを浮かべて彼女を見上げる。


「(そんなに温かいの…?)」


明美は晴香を、優しく抱きしめた。


そんな明美を見て、いたずらっぽく笑う結衣。


「頑張れよ!お母さん!」


「誰がお母さんよ…」


明美が溜め息を吐くと、晴香が泣きそうな表情で彼女を見上げた。


「わ、私のお母さんは…嫌ですか…?」


「(あーもうッ…!)」


明美は困り果てて苦笑を浮かべ、晴香の顔を自分の胸にうずめて、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。



「…あ、そういえば」


何かを思い出して、結衣に視線を移す明美。


「優子があなた達に話があるみたいよ。昨晩、そんな事を言っていたような気がするわ」


「話?」


「えぇ。どんな話なのかは知らないけれど。もう起きてるんじゃないかしら?」


「じゃ、ちょっと会ってくるかな」


「そうすると良いわ。…という事だから、晴香ちゃん。行ってきなさい」


「うぅ…。どこにも行かないでくださいよ…?」


「行かないわよ…」


2人は明美とわかれて、優子の部屋へ向かう事にした。


第77話 終




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