第75話
第75話
"最後の言葉は"
和宮町を崩壊させた元凶である人工ウィルス、D細菌。
そのウィルスによって作り出された数々の兵器は、どれも凶悪な力を持ち、多くの人間を死に至らせてきた。
結衣、晴香、恭子の3人が今目の前にしているのは、数々の兵器の中で頂点と思われる個体、D-15。
3人はこれから始まる無謀な戦いに、覚悟を決めた。
「よし…。作戦通り行くよ!」
結衣の号令を聞き、それぞれ行動を始める晴香と恭子。
晴香は結衣と共にD-15の注意を惹き、恭子はこちらに残された最終兵器を使用する最善のタイミングを待つ。
D-15が動き始めたのと同時に、結衣と晴香も発砲を始め、戦闘は開始された。
「ハルちゃん。無理しないようにね」
「結衣さんこそ、いきなり殴りかかったりしないでくださいよ?」
「約束はできないね」
「あ、あはは…」
2人の銃撃を受けたD-15は、当然2人が居る方向へと体を向ける。
恭子はその隙を逃さずに、アンプルシューターを構えた。
しかし…
「…警戒されてますね」
D-15はすぐに恭子の方に顔を向け、威圧した。
「ちっ…。万が一にも外してもらっちゃ困るからね。何とか気を惹こう」
舌打ちをして、発砲を再開する結衣。
その時、彼女に倣って発砲を再開した晴香に、異変が訪れた。
「…ハルちゃん?」
「す、すみません…。肩がちょっと痛くなっちゃって…」
彼女が今使っている銃デザートイーグルは、"女性や子供が撃つと肩が外れる"というような俗説が生まれる程、反動が大きい銃。
しかしそれは、間違った姿勢で発砲した場合の話であり、女性や子供は撃てないという事はない。
当然、晴香が使う事もできた。
しかし、正しい姿勢での発砲とは言え、銃本来の反動自体尋常ではない。
晴香の肩は度重なる発砲によって、限界に達していた。
「(ついこの間まで平凡な女子高生だった少女がイーグルぶっ放し続けたら、こうなるのは当然…か)」
無理をさせるワケにはいかないと思い、結衣は晴香の銃を取り上げ、代わりに自分の銃であるハンドガンを渡す。
「それならイーグルよりも軽いけど、さっき言った通り、無理はしないようにね?」
「ありがとうございます…」
晴香は申し訳なさそうにハンドガンを受け取った。
「(さてと、こんな機会は滅多にない…ってね)」
デザートイーグルを左手に持ち替え、ニヤリと笑う結衣。
右手には、リボルバーが握られていた。
「ゆ、結衣さん…そんな事したら…」
デザートイーグルの反動を身を持って知った晴香が、結衣が今からやろうとしている滅茶苦茶な事に苦笑する。
「私の肩が"いかれる"のが先か、奴がくたばるのが先か…試してみようじゃない!」
「ゆ、結衣さん!流石にそれはマズいですって!」
「いっくよーっ!」
結衣は左手に持ったデザートイーグルと、右手に持ったリボルバーを、交互に撃ち始めた。
予想だにできなかった結衣のその行動には、晴香だけでなく恭子も喫驚する。
「(肩が外れるという事が俗説という意見には同意ですが、流石にあの行動は理解しかねますね…)」
そして、その行動によって、D-15にも変化があった。
高威力の銃弾を立て続けに喰らい、怯み始めるD-15。
しかし、あと一押しで転倒させる事ができるという所で、銃の残弾が0になった。
「ハルちゃん!リロードお願い!」
「は、はい!」
デザートイーグルを晴香に渡し、リボルバーの再装填を行う結衣。
弾倉を入れ替えるだけの再装填の晴香に対し、結衣はシリンダーに1発ずつ銃弾を込める再装填。
にもかかわらず、先に再装填を終えたのは、結衣の方だった。
「お、終わりました!」
「サンキュー、ハルちゃん!」
結衣はデザートイーグルを晴香から受け取り、それを縦に1回転させてから再び構える。
桁外れの威力を持つ銃弾の連射は、再び始まった。
「流石にキツいね…。でも、良い経験になるか!」
「なりません!」
やけに楽しそうな結衣と、そんな彼女の様子に困惑する晴香。
そしてついに、猛攻に耐えきる事ができなかったD-15が、派手に転倒した。
「さぁ来た!今だよ恭子!」
「わかってますよ!」
無防備な状態のD-15にアンプルシューターを構え、標的の心臓に狙いをつける恭子。
「これで…終わりです…!」
射出されたD細菌を死滅させるアンプルは、D-15に命中した。
その頃…
「あ…」
本部の医療室のソファーに腰掛けている葵の手からコーヒーカップが落ち、けたたましい音と共にガラス片と中に入っていたコーヒーが地面に散乱する。
「大丈夫…?」
向かいのソファーに座っている優子が、心配そうに彼女の顔を見た。
「…ごめんなさい。少し気が抜けていたわ」
力無く笑いながら、目頭をつまむ葵。
それを聞いた優子は、安心したように笑みを浮かべた。
「そう…。まぁ、大怪我を負った後だものね。床の掃除はやっておくから、少し休んだら?」
「えぇ。そうさせてもらうわ」
立ち上がって、医療室を出る葵。
彼女はコーヒーカップを持っていた手を見つめながら、突然湧いてきた嫌な予感に不快な感情を抱いていた。
「(何なのかしら…この胸騒ぎは…)」
一方…
「…沢村さん?」
「…え?」
玲奈に名前を呼ばれ、談話室に居る全員が自分を見つめている事に気が付く明美。
「どうしたんですか?上の空でしたけど…」
玲奈のその言葉を聞いた明美は、誰かに呼び掛けられていた事を察した。
「あぁ、ごめんなさい。何の話だったかしら?」
「…話なんてしてませんよ」
「………」
誤魔化す事は無理だと判断した明美は、観念したように溜め息を吐いた。
「…ちょっと休ませてもらってもいいかしら。何だか疲れちゃったみたいなの」
「なるほど。すみません、そうとは知らずに連れてきてしまって…」
「気にしないで。それじゃ、失礼させてもらうわ」
いつになく、そそくさとした様子で立ち上がって談話室を出る明美。
すると、丁度通路を歩いていた葵にばったりと会った。
「あら、奇遇ね」
「顔色、悪いわよ?」
明美が葵の顔を見て、彼女にそう言う。
「…そっちこそ」
葵にそう言われ、明美はしばらく呆気にとられていた。
「…もしかして、嫌な予感?」
図星を指され、苦笑を浮かべる明美。
「…まぁ、はっきりとはしてないけれど」
「予感ってのはそういう物よ」
「…それもそうね」
明美が先に歩き出し、2人はそれぞれの部屋へと向かった。
肩を並べて歩いているにも関わらず、分かれるまで一言も喋らない2人。
「…何もなければ良いのだけれど」
「本当に…ね」
2人はお互いに背を向けながらそう言って、部屋の中に入っていった。
2人に突如として湧いてきた、上手く説明ができない嫌な予感。
現に、不測の事態は起きていた。
「当たった…?」
D-15に恭子が撃ったアンプルシューターが命中したのかを確認するように、標的を確認する一同。
一番先にそれを確認できたのは、晴香だった。
「そ、そんな…」
射出されたアンプルは、D-15の心臓でなく、左腕に刺さっていた。
「野郎…着弾の寸前で防ぎやがった…!」
結衣もそれを確認し、思わず舌打ちをする。
「………」
恭子は、"自分が外してしまった"と思い込んでしまい、呆然としてしまっていた。
そしてそんな彼女に、D-15が近くの壁から突き出していた鉄筋を引き抜き、投げつける。
前述した通りの状態の彼女は当然それを避けられるハズもなく、鉄筋は恭子の腹部に突き刺さった。
「ッ…!」
膝を地面に着け、崩れ落ちる恭子。
すると、D-15はよろよろと立ち上がって、来た道を走って逃げていった。
「恭子ッ!」
「恭子さんッ!」
腹部から血が流れ続けている恭子の元に駆け寄る2人。
恭子は無駄だとわかっていながらも、安心させる為に笑みを浮かべた。
「だ、大丈夫…ですよ…。これぐらいの…傷…」
「大丈夫なもんか!今運んであげるから!」
「いいですよ…。そんな事…しなくて…」
恭子は自力で這い寄るように壁の元まで行き、寄りかかって2人の顔を見る。
「私はここで…少し休みます…。お2方は…奴を…」
「そんな事できませんよ!出血を止めないと、死んじゃいます…!」
「なら…それでいいです…」
その言葉に2人は思わず驚き、恭子の顔を見つめた。
「私はどうなっても…構いません…。それよりもアンプルは…左腕に当たりました…。奴は今なら弱っているハズです…」
「どうなってもいいワケ無いだろ!?見捨てたりなんかするもんか!」
「ふふふ…。お優しいのですね…」
「いいから早く行くぞ!」
その時、D-15が走り去っていった方から、轟音が鳴り響く。
「どうやら…地上に出たみたいですね…。早く…逃げられてしまう前に…」
「ふざけんな!お前も行くんだよ!まだ助か…」
「もう助かりませんよ…ッ!」
恭子は大きな声でそう言い、吐血する。
そして、精一杯の笑みを作って、こう言った。
「私の犠牲を…無駄にしないでくださいよ…」
その言葉を聞き、泣き出す晴香。
結衣は何も言わずに俯いているだけであったが、しばらくすると、突然近くの壁を何度も殴りつけ始めた。
「畜生がぁぁぁぁッ!」
血だらけになっていく結衣の右手。
そんな彼女を止めたのは、恭子だった。
「そんな事…しないでくださいよ…」
「恭…子…」
「…ありがとう」
蚊の鳴くような声で囁くようにそう言い、目を閉じる恭子。
「恭子…。おい…恭子…」
結衣が肩をゆすりながら、何度も呼び掛ける。
彼女が再び目を開ける事は無かった。
「恭子…さん…」
溢れ出る涙を拭う晴香。
結衣はゆっくりと立ち上がり、恭子の体に背を向けて歩き始めた。
「結衣さん…?」
「行こう、ハルちゃん。…奴だけは、絶対に許さねぇ」
「…はい」
晴香は恭子にもう1度視線を移してから、結衣を追いかける。
すると、結衣も立ち止まって、恭子を見た。
「(…けっ。笑ってやがら)」
恭子は、優しい笑みを浮かべていた。
「("ありがとう"…か)」
恭子の最後の言葉を心の中で呟き、涙を拭って再び歩き始める結衣。
2人の歩みは、1歩1歩が力強く見えた。
第75話 終




