第74話
第74話
"確信"
「ちっ…。出口まで結構あるな…」
結衣達と分かれ、怪我人を抱えながら地上へと向かっている楓達。
行きの時に使った地上に出る為のハシゴまでは、まだまだ距離があった。
しばらく歩いた所で、凛が先頭に居る楓に話し掛ける。
「楓さん。すいすい進んでますけど、道覚えてるんですか?」
「アホ。んなもん勘に決まっとるやろ」
「ま、間違ってたらどうするんですか…!?」
「喚くな、うっさいな。間違うてるワケが無いわ」
「そこまでいくと、もう惚れ惚れしいですよ…」
凛は呆れた様子で、溜め息を吐いた。
それから、楓の勘だけで進み続ける事、約10分。
一同が歩いている通路の先に、積み上がった瓦礫の山が見えてきた。
「なんやあれは…」
思わず立ち止まる楓。
「蜘蛛と戦ったら、ああなったの。瓦礫の山のすぐ真上に、地上に出る為のハシゴがあったハズ」
そう言ったのは、玲奈におぶられている風香だった。
「…あんた、いつから意識戻ってたのよ」
「結構前」
「何で言わなかったのよ」
「歩くのめんどいし」
「降りろ」
「いいじゃん別に。怪我人には優しくするもんだよ」
「これしきの怪我で歩けないだなんて、あんたやっぱりお子様なのね」
「うん。私お子様だからおぶって」
「い、いいから降りろ!」
「ちっ…」
風香は渋々、玲奈の背中から降りた。
「瓦礫登るしかなさそうやな。足元、気ぃつけろや」
「ごめんなさいね…迷惑かけちゃって…」
「何言うとんねん。肩治療してもらった借りがあるさかい。これでお相子や」
「…ありがとう」
瓦礫を登っていく楓と優子。
他の一同もそれに倣い、各々動き始めた。
「茜…」
意識が戻らない茜を見て、心配そうに彼女の名前を呟く葵。
すると、彼女を背負っている凛が、葵を安心させようと笑みを浮かべてこう言った。
「きっと大丈夫ですよ。脈はありますし、すぐにでも目を覚ますハズです」
「…そうよね。ちょっと、心配しすぎてたわ」
そう言って、笑みを返す葵。
しかし、その笑顔は凛の優しさを無為にしない為の、作り笑いに過ぎなかった。
「(目を覚まして…茜…)」
その後、動ける者全員で協力し、怪我人を含めた一同は全員瓦礫を登って地上に戻る事ができた。
「どうするの?」
明美が優子を見る。
「今ヘリを呼ぶわ。…一刻も早く、治療が必要な人も居るからね」
優子は目を覚まさない有紀奈を見ながらそう答えて、無線機を取り出した。
「結衣姉、大丈夫かな…」
今出てきた地下への入口を見下ろしながら、玲奈が呟く。
「お姉ちゃんも一緒なんだっけ」
「峰岸も一緒みたいやな」
風香と楓もやってくる。
「(結衣姉…)」
玲奈は優子が呼んだヘリが到着するまでの間、そこから一歩も動かずに、結衣達が居る地下をずっと見つめ続けていた。
ヘリが到着し、乗り込む一同。
「…玲奈ちゃん?」
有紀奈をヘリに乗せた凛が、まだヘリに乗っていない玲奈に気付いた。
「…あ、すみません。今行きます」
「…どうしたの?」
「いえ…」
玲奈が何かを隠しているように見えた凛は、ヘリに乗らずに玲奈の前へと歩いていく。
すると、玲奈は再び地下への入口に視線を移し、こう言った。
「嫌な予感がします…」
「嫌な…予感って?」
「…わからないから予感って言ってるんです」
「それもそうか…」
地下への入口を見つめる玲奈。
しかし、怪我人の治療を急ぐ必要がある為、玲奈はその予感を振り切ってヘリに乗り込んだ。
本部に戻っている最中のヘリの中で、楓が明美を見て口を開く。
「…本当に知らないんか?」
「何を?」
「あのバケモンの事や」
窓の外から町を一望していた明美は、窓を見つめたままの状態で答えた。
「知らないわ。あそこまで強力な個体はね」
「そうか…」
「"知っている"と言ったら、どうするつもりだったの?」
「さぁな…」
「ふーん…」
それで2人の会話は終わり、再びヘリの中が静まる。
それというのも、一同全員が疲労や不安で黙り込んでいるからであった。
本部に到着する少し前で、凛がその静寂を破る。
「優子さん。怪我人を降ろした後は、もう一回町に行くんですよね?」
「えぇ。結衣ちゃん達がまだ居るからね。その時になったら、連絡する…つもり…」
優子はそこまで言い掛けて、結衣達に無線機を渡すのを忘れていた事に気付いた。
「…参ったわね」
苦笑を浮かべる優子。
すると、楓が嘲笑気味に笑いながら、こう提案した。
「上条にでも電話させればええやないか。大神の番号、知っとるんやろ?」
「大丈夫です。知ってますよ」
「ほな、それでええわ」
「助かるわ…」
一同を乗せたヘリは、本部のヘリポートに着陸した。
その後、意識が無い茜と有紀奈の2人と、重傷を負っている葵と優子の2人は医療室で治療を受け、他の一同は談話室のような部屋で一息つく事になった。
「…はぁ」
「どうしたんですか?溜め息なんか吐いて…」
同じテーブルの席に座っている、楓と亜莉紗の2人。
「いや、思い返してみると、結構しんどい依頼やったと思うてな…」
「確かに…」
そこに、缶コーヒーを2つ持った凛がやってきた。
「楓さん、ブラックでしたよね」
「おぉ、すまんな」
「凛ちゃん、私のは…?」
「そこに自販機あるわよ」
「あー…」
そこに、怪我人の中でも比較的軽傷で済んだ明美と玲奈の2人もやってくる。
尚、風香は玲奈に強制的に医療室に押し込まれて、検査の最中であった。
「お揃いね」
「沢村さん。もう大丈夫なんか?」
「少し胸の辺りが痛むけど、大丈夫よ」
「小さいからやな」
「…何ですって?」
「冗談や」
明美と玲奈はそれぞれ、空いている席に座る。
「大丈夫なのかな…みんな…」
そう呟いたのは、凛だった。
「大丈夫やろ。速水さんと茜さんは…まぁわからんが、葵さんは肩、優子さんは腕だけやからな。命に別状は無いと思うで」
そう言って、缶コーヒーを口元に運ぶ楓。
その時、部屋の出口付近の所に、いつの間にか風香が居る事に玲奈が気付いた。
「チビっ子…。検査は終わったの?」
「面倒臭かったから逃げてきた」
「あのさぁ…」
「そんな事より、朗報持ってきたよ」
一同の元にやってくる風香。
彼女は玲奈の服のポケットから100円玉を1枚取り出して、自動販売機の元へ歩いていきながら、朗報の内容を話し始めた。
「茜と有紀奈さんは相変わらず意識不明だけど、命に別状は無いってさ。葵さんと優子さんは、今治療中。もっとも、2人の腕が動くようになるかは、まだわからないらしいけどね」
「100円返せ」
「嫌だ」
風香の話を聞いた一同は、仲間が死ぬという最悪の展開にはならなかった事に安堵する。
とにもかくにも、死人はでなかったのだ。
今の所は。
一方…
医療室にて、治療を受けている葵と優子。
優子の腕が重傷という事は検査する前からわかっていたものの、調べてみると葵の肩も神経を傷つけられてしまったらしく、かなりの重傷だった。
「困ったわね…。一生動かないなんてのは、勘弁してほしいわ…」
患部に巻いてある包帯を見て、思わず溜め息を吐く葵。
「きっと大丈夫よ。…確証は無いけど」
葵の元に、優子がやってきた。
「あなたの方はどうだって?」
「"ポッキリ"いっちゃってるらしいわ…。しばらく絶対安静だって…」
「あら…」
苦笑する葵。
「でも、彼女に比べたら、私達の怪我なんてどうって事ない…そう思わない?」
葵が微笑みかけると、優子はそれに釣られて笑顔になった。
「…あの化け物。どう思う?」
不意に、優子がそう訊く。
「どう…って?」
「感染した患者ではなく、兵器な事は確か。…でも、巨大な爪を持っている奴や、盲目の奴と比べたら、明らかに"何か"が違うわ」
「"何か"?」
「様子というか…挙動というか…」
はっきりとしない優子に、葵は小さく笑ってこう言った。
「確信は無さそうね」
「まぁ…ね」
優子は力無く笑った。
「うふふ…。でも、あなたが言ってる事は、大方合ってると思うわよ」
「え…?」
驚く優子。
「手合わせしてみてわかったわ。私も、奴が普通の個体とは思えない。…私の一振りを受け止めた者は、今までたった1人しか居なかったからね」
「誰なの?」
「私に剣術を教えてくれた母よ。…そんな事は今はどうでも良いわね。とにかく…」
葵は少し間を開けて、静かにこう言った。
「彼女達…まずいわね…」
第74話 終




