第72話
第72話
"最凶"
大神姉妹と合流した、赤城姉妹の2人。
「…今何か、聞こえなかった?」
先頭を歩いていた結衣が、突然立ち止まった。
「向こうの通路…ですかね?」
それは晴香にも聞こえたらしく、彼女も立ち止まる。
玲奈と風香には聞こえなかったようだが、音を聞いたという2人の様子を見て、嘘ではないと判断した。
「茜達か、有紀奈さん達?」
「わからない。明美さん達かもしれないし…」
「あ、もうみんな来てるんだ?」
風香と晴香の会話を聞いて、既に他の一同も隠し通路を抜けた事を知る結衣。
その時、結衣と晴香が聞いた音が再び鳴り響き、今度はさっき聞こえなかった2人にも聞こえた。
「…2つ隣の通路だね」
「って事は、有紀奈さん達だ」
体を反転させて、来た道を走って戻り始める風香と玲奈。
「私達も急ごう。…何かあってからじゃ、遅いからね」
「…はい」
結衣と晴香も、来た道を戻っていった。
一方、轟音が鳴り響いた通路の、隣の通路に居る神崎姉妹の2人も、当然その音を聞き取っていた。
「あら、近いわね」
「有紀奈達が居る通路ね。茜、行くわよ」
2人は来た道を戻り始める。
その時、2人の背後から轟音が鳴り響いた。
素早く振り返って、身構える2人。
立ち込める粉塵の中からゆっくりと出てきたのは、管理室のカプセルの中に眠っていた、謎の生物だった。
「…壁を壊したっていうの?」
「中々ワイルドな奴ね…」
苦笑する葵と茜。
2人が迎撃態勢を取ろうとしたその時、謎の生物が開けた大きな穴の中から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「逃げて…!そいつ…は…!」
かすれた声でそう言いながら、重傷を負ってボロボロになっている有紀奈が出てくる。
有紀奈に気付いた謎の生物は、ゆっくりと彼女の方に体を向けて、右足で有紀奈の腹部を蹴りつけた。
「有紀奈ッ!」
姿が見えなくなった有紀奈に茜が呼びかけるが、返事は無い。
「…やってくれたわね。許さないわよ」
葵の怒りは、頂点に達していた。
「姉さん!落ち着いて!」
彼女の耳に、茜の声は届いていない。
葵は刀を抜いて、謎の生物に向かって歩き出した。
その頃…
音を聞いて駆けつけてきた明美達5人が見た光景は、悲惨な物だった。
「優子…さん…」
亜莉紗が震えた声で、壁にもたれかかっている優子の名前を呼ぶ。
彼女の左腕は、ありえない角度に曲がっていた。
「みんな…逃げて…」
「優子!何があったの!?」
明美が駆け寄り、彼女の顔をこちらに向かせる。
その時、隣の通路から、さっき聞いた轟音に似た音が聞こえた。
「何なの…?何が起こっているの…!?」
「沢村さん!こっちの壁に穴が…」
凛がそう言い掛けて、言葉を切る。
「…凛ちゃん?」
明美が恐る恐る彼女の元へ、歩いていく。
凛は、壁に開いた穴の中を見て、呆然としていた。
「葵ッ!」
穴の中には、右肩に刀が突き刺さっている葵の姿があった。
「明美…茜が…」
「茜が…茜がどうしたのよ!?」
「………」
葵はそこで、気を失ってしまう。
「亜莉紗ちゃん!彼女を頼むわ!」
「は、はい!」
明美は葵を亜莉紗に任せ、壁に開いた穴の中へと入っていく。
すると、穴の出口の辺りで、倒れている有紀奈の姿を見つけた。
「有紀奈まで…!」
駆け寄って、息を確かめる。
有紀奈は、息をしていなかった。
「凛ちゃん!彼女を運び出して!早く!」
「わ、わかりました!」
有紀奈も凛に任せ、明美は茜が居ると思われる通路の方へと走っていく。
「(何が…何が居るの…!?)」
恐怖と不安と心配で、目の前が真っ暗になるような幻覚に襲われる。
しかし、茜と"それ"の姿を見つけた瞬間、その幻覚は無くなり、頭の中が真っ白になった。
「あ…茜…?」
頭から血を流して地面に倒れている茜と、その体を踏みつけている巨大な生物。
明美は、悪い夢でも見ているのではないか、と思った。
そしてまた、夢であってほしい、とも思っていた。
呆然としている明美に、謎の生物はゆっくりと歩み寄っていく。
明美が我に返って銃を構えた時には、もう既に遅かった。
銃を叩き落とされて、強烈な蹴りを腹部に喰らう。
明美はその場にうずくまって、動けなくなった。
「(こ…殺される…!)」
死を覚悟して、目を瞑る明美。
その時、1発の銃声が鳴り響いた。
明美は何とか顔を上げて、正面に視線を移す。
するとそこには、リボルバーを構えている結衣の姿が見えた。
「結…衣…」
逃げろと言ったつもりの明美であったが、言葉が出る前に気絶してしまう。
結衣は明美が何を言おうとしたのかを察していたが、従う気は微塵も無かった。
「………」
生物の元へと、無表情でゆっくりと歩いていく結衣。
そして、それなりに距離が縮まると、結衣は立ち止まって鬼のような形相になった。
「貴様ぁぁぁッ!!!」
一方…
「チビっ子。怪我人を運ぶよ」
「わぁってるよ」
重傷を負っている人物を安全な場所に移している、玲奈と風香。
「神崎さんの2人は…?」
「葵さんは穴の所に居る。…茜が見当たらない」
「茜さんなら、明美さんが助けにいったよ」
2人の元に、葵を抱えた亜莉紗がやってきた。
「有紀奈さんは?」
「ここよ」
有紀奈を抱えた凛もやってくる。
すると、左腕が折れていると思われる優子を楓が慎重に抱き起こして、風香と玲奈の2人にこう言った。
「ほな、中原さんはウチが運んだる。赤城と大神は、奥の怪我人を頼むで」
「了解」
「わかりました。お気をつけて」
「…そりゃ、こっちのセリフやで」
「…ですね」
壁に開いた穴を、睨むように見る玲奈。
その時、結衣のリボルバーの物と思われる銃声が数回、穴の奥から聞こえてきた。
「始まったな…。急げ!」
「はい!行くよ赤城!」
「待ってよ!」
銃声の元へと走っていく玲奈と風香。
楓はそれを見届けて、出口がある方向へと走り出す。
その時、その場に居たハズの人物が1人、居なくなっている事に気付いた。
「(峰岸が居らへんな…。まさか、あいつ…)」
そんな一方、多くの仲間に重傷を負わせた、謎の生物と交戦中の結衣。
彼女は半分、自我を失っていた。
ひたすらリボルバーを撃ち続け、弾が切れたら再装填をし、再び撃ち続ける。
その間、謎の生物は結衣をじっと見つめるだけで、攻撃を避けようともしなかった。
「(くそ…攻撃が通ってないッ…!)」
3回目の再装填を行いながら、舌打ちをする結衣。
すると、ついに謎の生物が、ゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
結衣は無駄だとわかりつつも、銃弾を撃ち込み続ける。
その時、壁に開いている穴の中から、玲奈と風香の2人が現れた。
「結衣姉!」
「玲奈!来るな!」
結衣の忠告もむなしく、謎の生物が振り向き様に放ったラリアットが、玲奈の首を捕らえる。
しかし、玲奈は寸前で反応する事ができたらしく、攻撃が当たる瞬間に素早く後ろに下がり、なんとか直撃だけは免れた。
それでも、謎の生物の右腕が玲奈の首に与えたダメージはかなりの物。
玲奈は壁にもたれかかって、首を押さえながら苦しそうに咳込み始めた。
「大神ッ!」
「げほっ…赤城…早く怪我人を…」
「あんたはどうすんの!?」
「私は…奴を惹きつける…」
「何言ってんの!?そんな状態じゃ…」
玲奈の無謀な作戦を、必死に止めようとする風香。
その時、彼女の背後に謎の生物が急接近し、その大きな右腕を振り上げた。
「ッ…!?」
攻撃を避けて、銃を構える。
しかし、謎の生物が続けざまに放ったバックナックルのような攻撃には反応できず、風香は殴り飛ばされ、頭から壁に激突した。
「赤城ッ…!」
玲奈が助けに行こうとするが、思うように体が動かない。
謎の生物は風香が戦闘不能になった事を確認すると、まだ軽傷で済んでいる玲奈に近付いていった。
「こいつ…殺す事よりも、動けなくする事を優先にしてる…」
わかった所で、どうする事もできない。
「止めろ!止めろぉッ!」
妹を狙っている謎の生物を結衣は必死に止めようとするが、いくら銃弾を撃ち込んでも、謎の生物に変化は無かった。
そして、玲奈の頭上に、謎の生物の右手が振り上げられる。
「(もう…ダメかな…?)」
玲奈はゆっくりと、目を閉じた。
第72話 終




