第71話
第71話
"新たな脅威"
「茜、話があるんだけど」
隠し通路から見て、左から2番目の道を選んだのは、神崎姉妹の2人。
「私には無いわ」
しかし、先行したメンバーの中にその道を進んだ者は居らず、2人は"ハズレ"の道を歩いていた。
「あら、生意気な事言うようになったわね」
「うふふ…。女の子は少し生意気なくらいが丁度良いのよ」
「女の"子"?」
「27歳にとやかく言われたくはないわね」
「黙りなさい」
完全に気を抜いている2人。
もっとも、患者の気配は微塵も無かったので、気を入れる必要も無かった。
「…話って?」
さりげなく、さっきの話題に持ち込む茜。
葵は思い出すように話し始めた。
「えーと、何だったかしら…。…そうそう、黒幕の事よ」
「地面にめり込んだんじゃないの?」
「違うわ。彼の事じゃない」
「じゃあ誰の事よ?」
「それはわからないわ」
「…バカにしてるの?」
「察しが悪いのね。黒幕は他にも居るんじゃないか、って話よ」
予想外の話に驚き、葵を見つめる茜。
「…面白そうな話ね」
「考えてもみなさい。盲目の個体や右手に巨大な爪がある個体を、全て1人で作れると思う?」
「天才ならできるんじゃない?」
「彼は凡人よ。それどころか、何も考えずに1人で3人に立ち向かって瞬殺されたぐらいだから、天才とは対極の人物だったと思うわ」
「酷い物言いね」
「事実でしょう。彼1人で作るなんて、できるワケ無いわ」
葵は吐き捨てるように、そう言った。
「そういう事だから、黒幕は複数。間違いないと思うわ」
「それで、他の黒幕は誰なの?」
「それがわかれば苦労しないわ。追々、探していくつもりよ」
「なーんだ…」
溜め息を吐く茜。
すると、葵が何かを思いついた様子で、彼女の横顔を見つめた。
「?」
その視線に気付き、首を傾げる茜。
葵は何の突拍子も無く茜の鼻の先に、自分の左手の人差し指を付けて、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「な、何よ…?」
「………」
葵にじっと見つめられ、茜の顔が次第に赤面してくる。
茜は耐えきれなくなって、葵の手を乱暴に振り払った。
「もう!からかわないでよ!」
「うふふ…。昔と少しも変わってないわね」
静かに笑って、再び歩き出す葵。
「…姉さんこそ、変わってないじゃない」
茜は葵に聞こえないようにそう呟き、早足で彼女を追った。
一方…
「優子、何か見つけた?」
「何か見つけたら、すぐに報告してるわよ」
左から3番目の通路を選んだ、特殊兵器対策部隊の2人。
この通路にも、先行した仲間は居なかった。
「結衣ちゃん達、無事かしら…」
優子が呟く。
「彼女達ならきっと大丈夫よ。それに8人がかりなんだから、誰かしら合流するハズ」
「そうだと良いんだけど…」
「…相変わらず、心配性ね」
「だって…」
「わかってるわ。でも、今は彼女達を信じましょう」
「…そうね」
2人はそこで会話を止め、辺りの警戒に集中した。
それからしばらく歩いた所で、有紀奈がとある物を見つける。
「…管理室かしら?」
それは、古ぼけた文字で管理室と書かれてあるプレートが掛けられている扉だった。
「調べるの?」
「勿論」
即答して、扉の前へと歩いていく有紀奈。
恐怖心が無いように見える彼女に、優子は溜め息を吐いた。
「鍵は…開いてるわね」
有紀奈がドアノブをゆっくりと回し、鍵が掛かっていない事を確認する。
そして優子と共に、部屋の中へと素早く入り込んだ。
「クリア」
「同じく」
敵影が無い事を確認し、銃を下ろす2人。
しかし、怪しい箇所はすぐに見つかった。
「これは…」
部屋の真ん中に、堂々と置いてある大きなカプセル。
その中には、今まで幾度となく戦ってきた巨大生物によく似ている、1体の生物が眠っていた。
相違点は、右手の巨大な爪が無いという点と、剥き出しになっている大きな心臓。
その心臓は、僅かに鼓動していた。
「な、何よこれ…」
優子が震えた声で、そう呟く。
有紀奈はカプセルに歩み寄り、中に入ってる生物をまじまじと見始めた。
「(巨大な爪を持っているあの生物に似てるけど、どうやら違う個体のようね。…心臓が動いてるって事は、生きてるって事かしら?)」
カプセルの周りを一周する有紀奈。
開閉の操作をするスイッチのような物を見つけたが、触る気にもならなかった。
「有紀奈。実験の記録が書いてある書類を見つけたわ」
優子が薄いファイルを手に、有紀奈の元へやってくる。
そして、カプセルの中の生物を見て、顔をしかめた。
「…やっぱり生きてるの?」
「恐らくね。…さっさと出ましょう」
「そうね…」
管理室を出る2人。
扉を閉める際に、有紀奈はふと、謎の生物が入ったカプセルに視線を移した。
「(…?)」
すると、謎の生物の姿勢がさっきよりも、少しだけ前のめりになっているような気がした。
「…どうしたの?」
「…いえ、何でもないわ」
顔を覗き込んできた優子にそう答え、話を打ち切るように歩き始める。
「何なのよ、もう…」
有紀奈の様子が変だと思った優子は、湧き出てくる恐怖心を必死に抑えながら、彼女を追いかけた。
その時、彼女達が去った後の管理室の中で、異変が起きる。
カプセルの中の生物が、ゆっくりと目を開いた。
その頃…
左から4番目の通路を選んだ、明美と恭子の2人。
2人は探索を開始して5分も経たない内に、患者と遭遇していた。
「恭子。そこの水路を塞ぎなさい」
「水路を…ですか?」
「見てわからないの?あそこから一番出てきてるじゃない」
「す、すみません…」
水路の開閉を行うバルブハンドルの元に、走って向かう恭子。
しかし、いざ回そうとしてみると、予想以上にハンドルは重く、恭子の力では回らなかった。
「うっ…くっ…!」
恭子は更に力を込めるが、ハンドルはびくともせずに、顔が赤面していくばかり。
すると、見かねた明美が、辺りの患者を銃撃しながらこちらにやってきた。
「何をやってるのよ!使えないわね!」
「そう言われましても、これ物凄く堅いんです!」
「どきなさい!」
恭子を押しのけて、ハンドルの前に立つ明美。
そしてあろうことか、ハンドルを勢いよく蹴り始めた。
「なっ…!?」
予想だにしなかった明美の回し方に、恭子は当然困惑する。
しかしハンドルは少しずつ回り、結果、患者が這い出てきている水路を塞ぐ事ができた。
「全く…。人間は手よりも足の方が断然、力があるのよ?そんな事も知らないの?」
「蹴って回すなんて、思い付きもしませんでした…」
「はぁ…。これだからお嬢様は…」
「お嬢様では無いです…」
「うるさい。とにかく、残りを片付けるわよ」
「了解しました」
お互いの背中を守り合うように立ち、再び発砲を始める2人。
その場の患者が全滅したのは、それから数分の事だった。
「さて、行きましょうか」
「あの…沢村さん」
銃をしまって歩き出した明美を、恭子が呼び止める。
「何?」
「…私は、お嬢様では無いですよ?」
「わかってるわよ…」
明美は、溜め息を吐いた。
その後は特に患者との遭遇も無く、2人はひたすら薄暗い通路を歩き続ける。
すると、しばらく歩いた所で、正面の暗闇にぼんやりと、複数の人影が見えた。
その人影の正体を見て、安心したように笑みを浮かべる明美。
「あら、無事だったのね」
複数の人影は、先行していた楓と凛と亜莉紗の3人だった。
「何や、あんたらか」
明美と恭子の姿を見て、構えかけていた銃を下ろす楓。
「大神の2人は?」
「分かれて探索しています。隠し通路から見て、一番左の通路に行きましたよ」
明美の質問には、凛が答えた。
「そう…。あなた達は、何か見つけたの?」
「今の所、へどろまみれの患者だけや。他には何も見つけとらんで。そっちは?」
「あなた達と全く一緒…と言った所かしら」
「そうか…」
溜め息を吐いて、明美達がやってきた方向に歩き出す楓。
「待って。戻るの?」
明美が、彼女を引き止めた。
「一旦大神達と合流しよう思っとったんや。この先には、何も見つからんかったさかい」
「ハズレだった…って事?」
「そういう事やな」
納得して歩き出す明美と、2人についていく他の一同。
その時、僅かな振動と共に、どこかから何かが崩れ落ちたような轟音が聞こえた。
「な、何!?」
「何か崩れたっぽいよ!?」
音が聞こえた方向を見る、凛と亜莉紗の2人。
「…まさか」
そう呟いたのは、明美だった。
「…沢村さん?どないしたんや?」
「ついてきて!」
「お、おい待てや…!」
突然走り出した明美を慌てて追いかける楓と、その後ろに居る一同。
一同が聞いた轟音の出所は1つ隣の通路、つまり、有紀奈と優子が探索している、管理室がある通路だった。
第71話 終




