第7話
第7話
"観察と推測"
「…考えたってわからないか」
自分達だけ"地下から行け"と言われなかった事が気になった玲奈であったが、すぐに考えるのを止めた。
「ど…どうしたの?本当に…」
「何でもない」
「何でもない事は無いでしょ…」
「しつこい」
「ごめんなさい…」
玲奈が年下という事を忘れる亜莉紗。
「…玲奈ちゃん」
「何?」
「…何でもないです」
「用も無いのに呼ばないで」
「ごめんなさい…」
次々と浮かんでくる謎が解けない事にいらつき始めている玲奈に、亜莉紗は完全に小さくなっていた。
「(気まずいよぅ…。結衣~…)」
「亜莉紗さん」
「はいぃ!?」
「…何その反応」
「あ…いや何でもないよ…あははは…」
玲奈は鼻で笑った後、正面を指差す。
「患者だよ。5体」
「おっと…どうするの?」
「抹殺」
「だよね~…」
ナイフを取り出し、患者との距離をゆっくりと詰めていく玲奈。
亜莉紗は銃を取り出し、玲奈の援護に回った。
一斉に襲い掛かってくる患者。
玲奈は側転で患者の背後に回り込み、2本のナイフで斬りかかる。
優位に立った玲奈であったが、亜莉紗からしてみればピンチだった。
「うわぁ!こっち来るな!」
玲奈がしとめ損ねた患者が、亜莉紗に近付いていく。
亜莉紗は後退りしながら患者に発砲するが、ほとんどが外れ、その内の1発が玲奈の頬に浅い傷を残した。
「ッ!気をつけてよ!」
「ご、ごめん!」
結局、患者は玲奈が殲滅した。
ナイフを腰の鞘にしまい、複雑な表情で亜莉紗を見る玲奈。
「………」
「ご…ごめん…」
亜莉紗はそれしか言えずに、気まずそうに俯く。
すると、玲奈が突然吹き出すように笑い出した。
「別に怒ってないよ。2人共生きてるんだから、それだけで十分」
「(良かった…)」
「…何安堵してんの?」
「ご、ごめんなさいぃ!」
その後も、患者との遭遇は何度かあった。
しかし、活躍するのは玲奈1人。
亜莉紗は、何とか患者に弾を当てる事はできたものの、致命傷を与えるまでには至らなかった。
「(私…お荷物だなぁ…)」
亜莉紗が溜め息を吐いたその時、背後から何かがこちらに走ってきた。
「え…?」
「来るよ!」
玲奈は臨戦態勢を取ったが、現れた盲目の患者を見て戦慄した。
「何こいつ…!」
「逃げよう!」
「斬る…!」
「ちょっとー!」
亜莉紗の制止を全く聞かずに、盲目の患者へと突進していく玲奈。
機先を制したのは、玲奈の方だった。
最初に胴体を斬りつけ、素早く後ろに下がって反応を見る。
盲目の患者は大してダメージを受けていないようで、玲奈の居る場所に爪を振りかざし、勢いよく振り下げてきた。
「危ないッ!」
狼狽える亜莉紗。
しかし、玲奈はその攻撃を冷静に見切って側転で避け、盲目の患者の側面に回り込み、水面蹴りで転倒させる。
巨体が勢い良く倒れ、凄まじい音が辺りに響き渡る。
そして玲奈は、倒れている盲目の患者の顔面に、ナイフを2本突き刺してとどめを刺した。
ナイフを抜き取って血を振り払い、鞘にしまって一息吐く。
「ふぅ…」
「倒しちゃったよこの子…」
玲奈は呆然としている亜莉紗の元へ戻りながら、こう呟いた。
「盲目…」
「盲目…?」
聞こえた言葉をそっくりそのまま、疑問形にして投げ掛ける亜莉紗。
玲奈は振り返って、盲目の患者の亡骸を見ながら説明を始めた。
「奴がここに走ってきた時、辺りを見渡してたでしょ?」
「そういえば…」
「奴が私に顔を向けたのは、私が奴に向かって走っていった時。つまり、私が足音を立てた時」
説明を続ける玲奈。
「それと、私が奴の側面に回り込んだ時、奴は一瞬私を見失ってたの。…まぁ、盲目に対して"見失ってた"って言い方はおかしいけど。とにかく、私がどこに居るのかわからなくなったの」
「でも、玲奈ちゃんが側面に回り込んだ時って事は、側転の着地音が聞こえたんじゃないのかな?」
「確かに聞こえたと思うけど、亜莉紗さんが大声を出してくれたお陰で、奴は"標的は正面に居る"と誤解してくれたの」
「着地音が生じたのはその後だよ?」
「言ったでしょ?"一瞬"見失ってたって。亜莉紗さんの言う通り、奴は着地音を聞いて私の居る場所を改めて確認した。だけど…」
「時既に遅し…って事ね」
「そういう事」
玲奈は得意気に頷いた後、軽い足取りで歩き始めた。
それを追う亜莉紗。
「(結衣の妹さん…か。流石って感じだね)」
「ほら、急ぐよ」
「待ってよー!」
亜莉紗は嬉しそうに笑って、玲奈の隣に並んだ。
一方、結衣と凛の2人は、玲奈と亜莉紗が居る場所の丁度真下の場所に居た。
「…今、上から何か聞こえなかった?」
「何も」
「…そう?」
「…そんな事より、早くファイルを探そうよ」
「うーん…」
再び歩き出した結衣であったが、上から聞こえた音が気になって仕方ない様子である。
無論その音は、玲奈が盲目の患者を転倒させた時に生じた物だった。
「…ちなみに、音ってどんな音だったの?」
「ずどーん!」
「………」
「いや、本当だってば」
「…私には聞こえなかった」
「えー嘘ー」
2人がそんな会話をしながら歩いていると、突然結衣の携帯が鳴り出した。
結衣は携帯を取り出し、画面に映っている名前を見て首を傾げる。
「また玲奈からだ。どうしたんだろ?」
「出ないの?」
「今出るよ」
応答ボタンを押して、携帯を耳に当てる。
「もしもし?」
少し経ってから、玲奈の声が聞こえた。
『結衣姉、何か見つけた?』
「ファイルは見つかってないよ。そっちは?」
『こっちも同じ。今の所、気になる部屋も見つかんない』
「そう。…ちなみに、今さっきそっちで何かあった?」
『え?…あぁ、患者と戦ってたよ』
「なるほど…」
『それがどうかしたの?』
「いや、それはどうでも良いの。…それよりも、気になる部屋を1つ見つけたんだ」
結衣がそう言った途端、玲奈の様子が変わったのが、電話越しで伝わってきた。
『…本当?まだ調べてないって事?』
「まぁ、そういう事。一旦合流して、その部屋を4人で調べてみない?」
『4人?』
「凛も入れてね」
『…その凛って人、誰なの?』
「それは合流してからのお楽しみって事で。1階の、私達が分かれた通路の所で集合しましょ。それじゃ」
『待っ…』
この前と同じように、返事を聞く前に電話を切ってしまう結衣。
その隣で、凛が溜め息を吐いた。
「…私の存在をあまり強調しないで」
「いいじゃない。仲間なんだから」
「…ふん」
「あ、仲間って事否定しないんだ」
「…バカ言ってないで行くわよ」
「そっちじゃないよ」
「…先に言って」
2人は指定した集合場所からそう遠くない場所に居たので、集合場所に到着するまであまり時間は掛からなかった。
「流石にまだ来ないか…」
結衣は辺りを見渡して2人が来ていないことを確認すると、地面に座り込んで寛ぎ始めた。
「ほら、あんたも座ったら?」
「…普通、女の子が床に座る?」
「え、座らない?」
「………」
凛は再び溜め息を吐き、壁にもたれかかって腕を組んで、2人が来るのを静かに待った。
「ねぇ凛」
「何」
「ペロペロキャンディーを噛まずに舐めきった事ってある?」
「………」
第7話 終