第67話
第67話
"D細菌の効力"
「…結衣姉」
「何だい?我が妹よ」
先行して地下のどこかにあるらしい研究施設を探している、結衣達5人。
「"はい"か"いいえ"で、正直に答えて?」
「おうよ」
しかし、彼女達は…
「…迷った?」
「いいえ」
「…正直に」
「いいえ!」
迷っていた。
「いや迷ってるよね?これ完全に迷ってるよね?」
苦笑を浮かべながら、辺りを見渡す亜莉紗。
「さっきから景色が全く変わっとらんな…。そろそろしんどいわ…」
長丁場が得意である楓も、流石に飽きてきたらしく、愚痴をこぼし始めた。
「うるさい!迷ってない!よしこっちだ!」
「そっちは今来た道やないか…。また戻るんか?」
「うるさーいッ!」
怒りが頂点に達し、壁を思い切り蹴りつける結衣。
すると、蹴りつけた壁がガタンと外れ、人が1人通れるぐらいの穴ができた。
「………」
何事も無かったかのように、その穴に入る結衣。
他の一同はお互いの顔を見合わせた後、結衣を追って穴に入った。
「よいしょっと…」
穴を抜けた先には、今までとは何ら変わらない様子の道が広がっていた。
「研究施設…ねぇ」
辺りを見回す結衣。
「結衣姉、今のはまぐれだよね?」
遅れてやってきた玲奈が、結衣の隣にやってきた。
「いや、緻密な計算によって生み出された結果であるぞ」
「…声震えてる」
そこに、腰を痛そうにさすっている楓と、頭をさすっている亜莉紗がやってくる。
「腰が…」
「頭打った…」
2人共、狭い通路に痛めつけられたようであった。
「にしても、研究施設か…」
「それ私が今言ったよ」
「景色はさっきとさほど変わってないし…」
「無視か。おい」
そんな2人を置いて歩き出す楓と、それについていく亜莉紗。
「とにかく進めば何とかなるやろ。ぼさっとしとると置いてくで」
「置いてくで!」
「(うぜぇ)」
「(うぜぇ)」
2人も、歩き出した。
「上条」
「はい?」
楓に名前を呼ばれ、彼女を見る亜莉紗。
「怪しい思わんか?」
「えーと…何がでしょうか…」
「ほんまに察し悪いやっちゃな…。さっきから患者が居らへんやないか」
「良い事じゃないですか!」
「………」
これ以上話しても無駄だな、と判断した楓は、話を止めた。
その時、正面から足音が響く。
「ッ…」
素早く銃を構える楓。
少し遅れて亜莉紗も構えた所で、足音の主が姿を現した。
「…懐かしい奴やな」
大きな爪と、異常なまでに発達した聴覚を持つ個体。
楓が病院の地下で見た、盲目の患者だった。
大きな音を出してはまずいと判断した楓は、亜莉紗に小声で話し掛ける。
「(上条、気付かれる前に、一気に畳みかけるで。ええな?)」
「(らじゃー)」
2人は息を殺し、敵の方から接近してくるのを静かに待った。
その時、大神姉妹の2人がやってくる。
「楓?」
「(アホ…ッ!)」
盲目の患者は結衣の声に反応し、とてつもない勢いでこちらに走ってきた。
「あ、ごめん」
「ちっ…!ええから早よ撃て!」
発砲を始める一同。
しかし、盲目の患者は3人の銃弾をまともに喰らったのにも関わらず、走る速度を更に上げてきた。
「任せて!」
前衛に出た玲奈を見て、発砲を中断する一同。
玲奈はナイフを取り出して、盲目の患者を睨んだ。
「(姿は見えてないんだっけ…)」
以前盲目の患者と戦った事がある玲奈。
敵の情報を思い出しながら、戦法を考える。
「よし…」
自分で確認するように相槌を打つと、彼女は盲目の患者に向かって走り出した。
玲奈が衝突寸前まで迫ると、当然敵は攻撃を与えようとする。
しかし、玲奈は走っている勢いを活かしてスライディングをし、盲目の患者の足の下に滑り込んで、あっという間に背後を取ってしまった。
素早く立ち上がり、盲目の患者が混乱している隙に、背中に強烈なドロップキックをお見舞いする。
玲奈が片手を地面に着けて着地した時には、盲目の患者は転倒していた。
「…ぬるい」
立ち上がろうとした盲目の患者を踏みつけ、首にナイフを2本突き刺す。
盲目の患者は首を引き裂かれ、動かなくなった。
「助かったで。大神」
「いや~、感謝したまえよ?」
「お前ちゃうわアホ」
一同は気を入れ直して、再び進み始めた。
その頃…
「…ねぇ、明美」
「?」
後列を歩いている優子が、一番近くに居た明美に話し掛ける。
「その…何かの気配を感じない?」
「何かの気配って何なのかしら」
「だからそれは…何かの…気配よ…」
「…伝わってないのだけれど」
「うぅ…」
優子が曖昧な言葉しか出ない自分に困っていると、晴香と共に前列を歩いていた葵が立ち止まって、こちらを見た。
「気配って、もしかして背後から?」
「え…?」
「うふふ…。その顔は図星って顔ね。私も何となくだけど、気付いているわ」
「あの…気配って?」
状況が飲み込めない晴香が、葵に訊く。
「詳しい事はわからないわ。でも…」
「でも…?」
「喜ばしい気配ではないって事は、確かね」
「………」
晴香の表情が、緊張に包まれた。
そんな3人とは違い、1人気楽な様子の明美。
「憶測ばかり話していても、何も始まらないわ。それよりも、今は進むべきだと思うのだけれど」
「待って、来るわ」
「…は?」
明美の話を遮った葵は、刀を抜いて後方を睨んでいた。
「…?」
半信半疑で、葵の視線を辿る明美。
すると、その先から、1体の生物が現れた。
「あ、あれは…」
それを見て、優子が苦笑を浮かべる。
足が6本あり、見ているだけで不快感を抱く縞模様の体色を持つ、巨大な蜘蛛だった。
「ッ…!?」
虫嫌いの晴香の体が、恐怖の余り硬直する。
しかし、彼女以上に虫が嫌いな人物が居た。
「き…きゃぁぁぁぁッ!?」
「…葵?」
突然大きな悲鳴を上げた葵に、明美が呼び掛ける。
「無理無理虫は無理ッ!デカい!デカいデカいッ!蜘蛛!あれ蜘蛛ッ!」
「蜘蛛なのはわかってるわ。巨大化したのは恐らくD細菌の効力ね」
「何て物を作ってくれたのよあんたはぁッ!」
「…落ち着きなさい。所詮は蜘蛛よ」
「蜘蛛!?く、蜘蛛ぉッ!?」
「(ダメみたいね…)」
完全にパニックに陥っている葵を無視して、明美は目の前の蜘蛛の撃退に移った。
「あなたは大丈夫そうね。良かったわ」
「ふん…」
じりじりとこちらに近付いてくる蜘蛛を、慎重な様子で観察している優子。
「誤解しないでよ?別に好きってワケじゃないんだからね」
「わかってるわよ…」
銃を構える2人。
それと同時に、見た目からは想像もできないようなスピードで、蜘蛛が接近してきた。
そのスピードに動揺し、思わず乱射してしまう優子。
しかし、明美は冷静を保ち、走っている蜘蛛の足を撃ち抜いた。
銃弾が着弾した足が千切れ、蜘蛛が転倒する。
「今よ」
柔そうな腹部の部分を狙って撃ち始めた明美に倣い、優子も同じ場所を集中攻撃する。
蜘蛛の腹部が蜂の巣になり、弾痕の穴から緑色の液体を噴出しながら、蜘蛛は動かなくなった。
「うわ…」
その緑色の液体を見ると、今までは平気だった優子も思わず顔を背ける。
葵と晴香に至っては、見ようとすらしなかった。
そんな中、明美は自分から近寄っていき、蜘蛛の死骸をまじまじと見始める。
3人は明美を、まるで怖い物でも見るような目で見ていた。
「(ふむ…兵器ではなさそうね。やっぱり感染による変異という線かしら…)」
立ち上がって、3人の元へと戻る明美。
すると、3人は明美から逃げるように素早く後退りをした。
「………」
「あ…違うんです!私は別に…えーと…なんと言いますか…」
慌てて弁解しようとする晴香。
しかし、葵はお構いなしにこう言った。
「気持ち悪いから来ないで」
「直球ね…」
明美は思わず失笑した。
それから一同は、他にも巨大な蜘蛛が居ないかを確認しながら進んでいく。
蜘蛛の姿は見つからなかったが、代わりに、一同の興味を惹くものが見つかった。
それは…
「穴…?」
先行している結衣達が進んでいった、隠し通路の入口だった。
第67話 終




