第63話
第63話
"最後の目的"
合同庁舎3階通路…
「さてと…」
無事に、刃の患者を全滅する事ができた一同。
有紀奈は一旦、優子に連絡を取る事にした。
「優子、そっちはどう?」
『全滅完了しましたよ。隊長』
皮肉っぽくそう答える優子。
「…ご苦労様。怪我人は居るかしら?」
『結衣ちゃんが負傷したわ』
「…本当?」
『えぇ。でも、本人は"少し休めば大丈夫"と言っているわ』
「そう…」
『それと、明美と茜の2人とも合流できたわ』
「明美と茜…?」
『"ケリがついた"との事よ。とりあえず、下に来て貰えないかしら?』
「わかったわ。切るわよ」
有紀奈は無線機をしまい、歩き出しながらこう言った。
「歩きながら話すわ。ついてきて頂戴」
合同庁舎3階階段…
「さて、何から話せばいいかしら…」
階段を下りながら、話を始めようとする有紀奈。
しかし、壊れている階段の上に葵と恭子の姿を見つけたので、話は始まらなかった。
「峰岸…!?」
反射で銃を構える一同。
「待ちなさい。…大丈夫よ」
恭子の隣に居る葵が、一同の銃を下ろさせた。
「…どういう事なの?」
「待って。今そっちに行くわ」
ハシゴを伝って、こちらにやってくる葵と恭子。
当然、経緯を知らない有紀奈達は、疑惑の視線を恭子に向けていた。
「単刀直入に説明するわ。彼女とは、和解したの」
「和解…?」
「えぇ。一連の仕業は、脅迫されて仕方なく行っていたらしいわ」
「…にわかには信じられないわね」
鼻で笑う有紀奈。
他の一同もまだ心を許そうとしなかったが、ただ1人、晴香だけは違った。
「峰岸恭子さん…でしたよね。赤城晴香です」
そう言って、笑顔で手を差し出す晴香。
それに驚きながらもその手を取り、恭子は晴香にこう訊いた。
「…私が怖くないのですか?」
「…正直、以前見た時は怖かったです。でも今は、優しい目をしてますから」
「優しい目…?」
「えへへ…。私、よくお人好しって言われますけど、人を見る目はあると思いますよ?」
晴香の笑顔に釣られて、恭子も思わず笑みをこぼす。
その笑顔には以前のような狂気は微塵も見えず、純粋で、明るい笑顔だった。
「…わかったわ」
観念したかのように、溜め息を吐く有紀奈。
「ただし、変な真似はするんじゃないわよ。その時は…」
「殺してもらって構いません」
恭子は有紀奈の言葉を遮るように、そう言った。
「…さぁ行くわよ。みんなが待ってるわ」
階段を下り始める有紀奈。
警戒心が強い風香と玲奈は相変わらずであったが、瑞希は晴香に倣って、既に打ち解けていた。
階段を下りている時に、玲奈が恭子を見ている事に、葵が気付く。
「やっぱり信用できない?」
玲奈は声を掛けられるとは思っていなかったのか、少し驚いた様子を見せた後、こう訊き返した。
「…脅迫されていたというのが本当だとしたら、以前の狂気は一体何だったんですか?」
訊かれた葵は、恭子の目を見ながら小さく笑う。
「死に物狂い…だったのよ」
「?」
「あなただって、姉の命を脅迫されたら、必死になるでしょう?」
「それは…まぁ…」
「きっと、その必死さが狂気に見えてしまったんだと思うわ。彼女にとって妹は、たった1人の家族だもの」
「…なるほど」
玲奈は少しの間悩んでいたが、しばらくすると、無表情ではあったものの、恭子に手を差し出した。
「…すみませんでした。疑ってしまって」
「いえ…疑われて当然の身ですから、お気になさらず…」
堅苦しい2人。
「(…初のお見合い並みに堅いわね)」
葵は心の中で、2人を揶揄した。
そんな中、まだ恭子と視線すら合わせていない風香。
しかし、玲奈が打ち解けた事によって、彼女の意識も変わった。
「ん…」
「…え?」
風香が差し出してきた手と彼女の顔を、困惑気味で交互に見る恭子。
「ん…!」
「は、はぁ…」
恭子がその手を握り返すと、風香はすぐに手を離して、そそくさと歩いていってしまった。
風香の意図が全くわからずに、呆然とする恭子。
すると、彼女の元に、晴香が苦笑を浮かべながらやってきた。
「あはは…すみません…。今のは、あの子なりの精一杯のお詫びなんです」
「あ、そうだったんですか…」
恭子は風香の後ろ姿を見て、小さく笑った。
合同庁舎前道路…
「研究施設?」
明美が言った言葉を、そっくりそのまま繰り返す優子。
「えぇ。奴は地下にあると言っていたわ」
「奴って?」
「簡潔に言うのなら、黒幕と言った所ね。…面倒だから詳しい話はしないけれど、とにかく、患者が大量発生している原因は、そこにあると思うわ」
明美の話を聞いた一同はその事について、それぞれ周りの人と話を始めた。
優子と明美は、話を続ける。
「つまり、地下にある研究施設とやらを調べれば、原因を究明できるってワケね」
「恐らくね」
「それじゃあ、有紀奈達が戻ってきたら早速…」
「あら、私達が行く意味は無いと思うのだけれど?」
そう言った明美に、優子はゆっくりと顔を向けた。
「…え?」
「うふふ…。私の目的であるファイルの入手は既に達成されたわ。同時に、彼女達の目的もね」
そう言って、結衣と亜莉紗に視線を移す明美。
「それはそうだけど…」
「そうでしょう?私達は帰るわ。助ける義理なんて…」
そこで、明美が言葉を言い切る前に、結衣が彼女の頭をひっぱたいた。
「痛っ」
「昨日の晩飯おいしかったね~明美ちゃ~ん」
結衣のふざけた様子に、思わず溜め息が出る明美。
「…一宿一飯の恩義とでも言いたいの?バカバカしい」
「バカは貴様じゃ!」
再び明美をひっぱたこうとした結衣であったが、明美はそれを軽く避けて嘲笑した。
「甘いわね。二度は喰らわないわ」
「よぉし、何回避けられるかやってみようじゃないの…」
すると、2人の元に、駐車場から戻ってきた凛と、明美と優子の会話を聞いていた亜莉紗がやってきた。
「沢村さん。私達は、手伝いたいと思ってます」
そう言った凛を、不思議そうに見る明美。
「…どうして?」
「やっぱり結衣が言った通り、恩義ってのは大切だと思いましてね」
今度は、亜莉紗がそう言った。
しかし、それでも明美は納得しない。
すると、そんな彼女に、結衣が呆れた様子でこう言った。
「いいよいいよ。私達だけで行くから、あんたは帰んなよ。じゃあね~」
「な、何よ、急にそんな…」
「はいはい、またね~。姉御~、有紀奈さん遅いっすね~」
「ッ…!」
明美を無視して、優子の元へ歩いていく結衣。
凛と亜莉紗が気まずそうに明美を見ていると、彼女はしばらくした後、吹っ切れたようにこう言った。
「あーもうわかったわよ!手伝えば良いんでしょ!」
それを聞いて、ニヤリと笑う結衣。
「ふっふっふ…。作戦成功…」
「さ、作戦…?何の…?」
優子が訊くと、結衣は得意そうな表情になって答えた。
「"あえて一旦突き放す作戦"です。あいつみたいなタイプに良く効きます」
「へ、へぇ…」
そんなやり取りをしている内に、建物から有紀奈達が出てきた。
「え?手伝う?…彼女達が?」
優子から、結衣や明美達が地下の調査に手を貸してくれるという事を聞き、驚く有紀奈。
「えぇ。"一宿一飯の恩義"だそうよ」
「ふふ…。なるほどね…」
有紀奈は結衣達を見て、小さく笑った。
「さてと…。全員揃ったようだから、予定通り私は一旦本部に戻るわ」
優子が有紀奈にそう言って、停めてあるトラックの元へと歩いていく。
すると、歩き出した彼女を、有紀奈が止めた。
「優子。彼女達を連れていきなさい」
「彼女達?」
有紀奈が顎でしゃくった方向には、晴香、風香、瑞希、美咲の4人が居た。
「どうして彼女達を?」
「………」
何も言わずに、目で"訊くな"と訴える有紀奈。
「………」
優子は彼女の意図を察して、何も言わずに4人の元へと歩いていった。
「…どうしたんですか?」
やってきた優子に、晴香が話し掛ける。
「今から本部に戻って、物資を取りに行くの。手伝ってもらってもいいかしら?」
優子の頼みを、晴香、美咲、瑞希の3人は快諾したが、風香だけは反応が違った。
「………」
訝しげな様子で、優子と有紀奈を交互に見る。
「…風香?」
「…何でもない」
晴香がその様子に気付いて呼び掛けると、風香は納得していない様子のまま、トラックの元へと歩いていってしまった。
その後ろ姿を見つめて、眉をひそめる有紀奈。
「(…バレたかしら?)」
危険地帯と思われる地下に、あの4人は連れていきたくない。
有紀奈は、そう考えていた。
第63話 終




