第62話
第62話
"二の矢"
リーダーである個体が全滅し、指揮が無くなった患者はバラバラに動き始める。
それまで守りに徹していた一同はそれを見て、ここぞとばかりに一斉攻撃を仕掛けた。
見る見るうちに数が減っていく患者の大群。
この戦いの決着は、既についているような物であった。
しかし、このまますんなりと終わる程、現実は甘くない。
一同はそれを、嫌でも目の当たりにする事になった。
「みんな気を付けて!大物が来たよ!」
結衣の言葉を聞き、一旦攻撃を止めて辺りを見渡す一同。
一同は道路の前方から、胸元に大きな口が付いている、巨大生物の変異体がこちらに歩いてきている事に気付いた。
「総員!集中砲火よ!」
優子の掛け声を聞いた兵士達と上条姉妹の2人が、彼女の周りに集まる。
巨大生物は雄叫びを上げた後、一同に向かって走り出した。
それと同時に、発砲を始める一同。
しかし、大人数による弾幕を浴びたにも関わらず、巨大生物は全く持って怯まなかった。
距離がある程度縮まった所で、イヴが駆け出す。
イヴは巨大生物に飛びかかり、その鋭利な爪で敵の首の動脈を引き裂いた。
巨大生物の背後に着地するイヴ。
他の一同は発砲をせずに、イヴと巨大生物の戦闘をじっと見つめていた。
動脈を引き裂かれた巨大は、出血している事を確認するように首に手を当てる。
べっとりと自分の血が付いている左手を見た後、巨大生物はゆっくりとイヴに視線を移した。
「…やばい、キレてる」
そう呟いた結衣を、優子が見る。
「き、キレてるって…大丈夫なの…?」
「恐らく…」
結衣は小さく頷いた後、それを取り消すように、首を横に振った。
「…いえ、やっぱりわかりません。敵は、普通の個体じゃないんで」
「じゃあ…」
「私達もやれる事はやりましょう。…全力の援護をね!」
再び発砲を始める結衣。
それに合わせて、亜莉紗や敵兵士達も攻撃を再開した。
当然、巨大生物への銃弾による攻撃は有効とは言えないので、どんなに撃った所で与えられるダメージはたかがしれている。
しかし、塵も積もればなんとやら。
少しずつ、巨大生物は弱っていた。
そこに再び、イヴが襲い掛かる。
今度は背後から飛びかかって、首に深々と牙を食い込ませ、その一部を喰いちぎった。
十分なダメージを与えたイヴは、亜莉栖の元に戻ってくる。
それと入れ替わるように、一同がゆっくりと歩み寄っていきながら、銃弾の嵐をお見舞いした。
巨大生物は想像以上のダメージに、思わず後退する。
しかし、突然雄叫びを上げたかと思うと、それ以降、巨大生物は銃弾をいくら撃ち込んでも怯まなくなった。
「ど、どういう事…?いきなり怯まなくなったわ…」
その異変を口にする優子。
「発狂状態ね」
そう言ったのは、いつの間にか優子の背後に居た明美だった。
彼女の後ろには茜の姿も見えたが、葵と恭子の姿は無かった。
「あ、明美…?どうしてここに…?」
「いいから、奴を何とかしなさい。発狂状態は動きがかなり早くなるから、接近される前に片付けるのよ」
それを聞いて、慌てて巨大生物に視線を戻す優子。
こちらに向かってくる巨大生物は明美の言葉通り、見るからに動きが早くなっていた。
「早い…!?」
その時、巨大生物の足元で何かが爆発する。
もはや言う必要も無いかも知れないが、それは亜莉紗が設置した地雷だった。
更に、爆発の硝煙がまだ消えてもいない内に、結衣が走り出す。
そして、硝煙が消えて視界が良くなった瞬間、結衣は巨大生物の顔面に飛び蹴りを放った。
ここからは体術で完封する、いつものパターン。
誰しもが、そう思っていた。
「…あれ?」
巨大生物の顔面を蹴りつけた右足の足首に、違和感を覚える結衣。
次の瞬間、結衣は勢いよく、地面に叩きつけられた。
「ッ!?」
何が起きたのか理解できない結衣。
しかし、遅れて襲ってきた全身の痛みと同時に、足首を掴まれて投げられたという事に気付いた。
「くぅ…」
ふらつきながらも立ち上がり、片手で頭を抱えながら戻ってくる。
「だ、大丈夫…なの…?結衣ちゃん…?」
当然の心配をする優子に、結衣は笑みを作って答えた。
「ちょっとふらつきますけど、大丈夫です…」
そうは言ったものの、頭からは血が流れ、彼女の意識は朦朧としていた。
「(今の彼女に戦わせるのは危険ね…。一体どうすれば…)」
今にも襲いかかってきそうな巨大生物を恐ろしげに見つめながら、この場を乗り切る良い方法が無いかを考える優子。
「仕方ないわね…」
そんな彼女の隣を、茜が通った。
「…え?」
優子が驚きながら、茜の背中を見つめる。
「こいつは私が請け負ってあげる。みんなは、残ってる患者をお願い」
「き、危険よ…!」
「あら、私を誰だと思ってるの?」
茜はそう言って、ニヤリと笑った。
その時、巨大生物が再び雄叫びを上げて、一同の元に突っ込んでくる。
その姿を見ながら茜が、結衣にこう言った。
「結衣ちゃん。体術での戦闘で重要な事って、なんだと思う?」
「重要な事…。俊敏な動き…ですか…?」
「うふふ…。それもそうだけど、それよりも大切な事があるわ」
「?」
「正解は、"二の矢"を用意する…よ」
「"二の矢"…?」
「うふふ…。まぁ見てなさい」
さっきの結衣と同じように、巨大生物に向かって走っていく茜。
そして、またしても同じように、ジャンプをして巨大生物の顔面を蹴りつけた。
当然、巨大生物もさっきと同じように、茜の足を掴んで投げようとする。
しかし、次に茜が取った行動は、さっきとは異なった。
大きくひねるように全身を反転させ、その勢いを生かして、もう片方の足で巨大生物の首を蹴りつける。
茜の足に、首の骨が折れた感触が伝わってきた。
思わず茜の足を手離し、その場に跪く巨大生物。
「さぁ、今度は私の番ね…」
茜はゆっくりと歩いていき、巨大生物の顎を蹴り上げた。
更に、蹴り上げた足を戻さずに、そのまま巨大生物の腹部を蹴りつける。
そして最後に、足を高く上げ、うずくまった巨大生物の背中に強烈な踵落としを入れた。
顔面から、勢いよく地面に叩きつけられる巨大生物。
「甘いわねぇ…」
振り返って、一同の元へと戻ろうとする茜。
しかし、巨大生物はまだ、絶命には至っていなかった。
「茜ッ!」
倒れたままの巨大生物が茜の足を掴もうとしている事に気付き、優子が声を上げる。
「…だから甘いって言ってるのよ」
気付いていた茜はニヤリと笑い、振り向き様に踵で巨大生物の頭を蹴った。
茜の足に伝わる、巨大生物の頭蓋骨が粉砕した感触。
「やっぱり慣れないわねぇ…この感触だけは…」
茜はその感触に、苦笑した。
「早かったわね」
茜の戦闘を見ていた一同の中で、唯一呆然としていない明美がそう言って、小さく笑う。
「弱っていなかったら、少しは苦労したと思うけど…まぁ、相手が悪かったわね」
茜は得意気な笑みを浮かべながら、髪を掻き上げた。
そんな茜に、ふらついた足取りで結衣が歩み寄る。
「勉強になりました。茜さん」
「うふふ…。常に次の展開を予想しながら戦うのよ?」
「はい…!」
結衣は、子供っぽい笑みを浮かべて頷いた。
茜が戦っている間に、楓や凛達が他の患者を全滅させたらしく、大量の患者の大群は、全て死体になった。
「さてと…。いくつか、話す事があるわ」
集まっている一同を見回す明美。
一同は明美の話が始まるのを静かに待っていたが、彼女は中々話を始めようとしなかった。
しばらく経った所で、明美が低いトーンの声でこう呟く。
「…いつまで居るつもり?」
明美の視線は、兵士達に向けられていた。
「は、はい…?」
「いつまで居るつもりなんだ、と訊いているのよ」
恐怖におののく兵士達。
「い、いや…それは…」
「さっさと帰りなさいッ!あんた達に用は無いのよッ!」
「す、すみませんッ!」
兵士達は慌てた様子で、その場から走り去っていった。
「全く…。言わなきゃわからないのかしらね。あのバカ共は」
「…明美」
茜に名前を呼ばれ、彼女が指を差している方向を見る明美。
そこには、何か恐ろしい物でも見ているかのような表情を浮かべている、上条姉妹の2人が居た。
「…えーと、これはね。ああいう風に言わないとわからないのよ。あいつらは。そうなのよ」
慌てて弁解をする明美。
しかし、2人の表情が変わる事は無かった。
「明美…そういうキャラがウケるのは一部の男性だけよ。控えなさい」
「う、うるさい…!」
何はともあれ、一同は患者の大群との戦闘に勝利する事ができた。
第62話 終




