第61話
第61話
"一転攻勢"
合同庁舎3階通路…
刃の患者の集団と交戦中の、有紀奈達一同。
状況は、一進一退といった様子だった。
「キリがないわね…。どこから湧いてるのよ…」
際限なく現れる刃の患者に対し、有紀奈が思わずそう呟く。
すると、その言葉を聞いた玲奈が、彼女の元にやってきた。
「速水さん。私、回り込んでみます」
「回り込む?」
「はい。ぐるっと一周して、奴らの背後を取ってみます」
「…1人で?」
「いえ、チビっ子を連れて行きます」
そこに、丁度風香がやってくる。
「誰がチビっ子よ」
「丁度良かった。ほら行くよ」
「は?」
「いいから、ついてきて」
玲奈は風香を引っ張って、道の反対へと走り出した。
「堅物、説明してよ」
「誰が堅物よ。…背後を取るの。挟み撃ちすれば、多少は有利になるハズ」
「…上手くいくかな?それ」
「?」
「有紀奈さんはまだしも、お姉ちゃんと瑞希じゃ戦力不足だよ。多分押されちゃうと思う」
「酷い言い種ね…。大丈夫よ」
「何で言い切れんの?」
「押される前に、私達が到着するから」
「あー…」
2人はすぐに、刃の患者の集団の背後に到着した。
しかし…
「…賢いね。しっかり迎撃態勢取ってるよ」
作戦はバレており、集団の一部はこちらを向いていた。
「…仕方ない。やるよ」
「はいはい…」
臨戦態勢に入る2人。
刃の患者は、巨大生物や盲目の患者といった上位クラスに比べればまだ弱い方であるものの、通常の患者よりは遥かに厄介な個体。
よって、苦戦は強いられた。
「(近付きづらいな…。これじゃまともに攻撃できない…)」
右腕に付いている長い刃を振り回されては、玲奈は打つ手が無い。
「…一旦退こうよ。死んだら元も子もないじゃん」
「…そうね」
風香の提案に口では肯定した玲奈であったが、それとは反して、彼女は患者の群れへと歩き出してしまった。
「ちょ、ちょっと…」
「大丈夫、本気出す」
「…は?」
ナイフを器用に回した後、逆さに持ち替える玲奈。
「二刀流の真髄ってのを見せてあげる」
「…いや何言ってんの?痛いよ?」
「…うるさい」
顔を赤らめた玲奈に、1体の刃の患者が右腕の刃を振り下ろした。
玲奈はその攻撃を左手に持っているナイフで弾き、右手に持っているナイフで本体を斬りつける。
そして怯んだ刃の患者に、両方のナイフでトドメを刺した。
2体目の患者も同じようにカウンター攻撃を仕掛け、息の根を止める。
そこまでは順調であったが、3体目の患者と対峙しようとした時に、同時に4体目も玲奈の目の前にやってきた。
それを見て、風香が銃を構える。
「援護しよっか?」
「必要ないわ」
玲奈は風香の援護を断り、同時に振り下ろされた2つの刃を両方のナイフで弾き返し、そのまま2体の患者の首に、ナイフを深く突き刺した。
絶命した患者を蹴り飛ばして、再び正面を向く玲奈。
すると、風香が不機嫌そうな様子で玲奈の隣にやってきた。
「暇」
「あっそう」
「…喧嘩売ってんの?」
「暇だなんて、良い事じゃない」
「私は嫌いなの」
「あっそう」
玲奈の本気というのは口先だけでは無かったらしく、2人は一転して攻勢になった。
また、状況が良くなったのは、2人だけではなかった。
「患者の数が減った…?」
さっきよりも、敵の勢力が見て取れる程に落ちた事に気付く晴香。
有紀奈はその言葉を聞き、笑みを浮かべてこう呟いた。
「2人のお陰ね」
「2人?」
玲奈と風香が何処に行ったのかを知らない瑞希が首を傾げる。
「玲奈ちゃんと風香ちゃんよ。無事に背後を取れたらしいわね」
刃の患者の勢力が落ちた原因は、やはり集団が分散した事が一番大きかったが、玲奈と風香の個人の戦闘能力が高いという点も影響していた。
そして、ついに向こう側に居る玲奈と風香の姿が黙認できる程まで数を減らす事ができた。
「大丈夫?」
有紀奈が2人に呼び掛ける。
「平気です」
玲奈はそう言って、笑みを浮かべてみせた。
その後、通路に居る刃の患者を全滅させて合流した一同は、とある部屋から患者がなだれ込んでいた事を知る。
有紀奈を先頭にして部屋に入ってみると、そこにはさっきの数に劣らない程の、大量の刃の患者が居た。
「いきなり突っ走んじゃないわよ。チビっ子」
「うっせー堅物」
睨み合う玲奈と風香。
「(仲が良い…のかしら?)」
有紀奈は2人の仲が良いのか悪いのか、よくわからなかった。
「有紀奈さん、どうするんですか?流石に弾薬が持たないと思いますけど…」
晴香が最後の弾倉を取り出しながら、有紀奈に訊く。
その時晴香は、有紀奈の手元に手榴弾が握られている事に気付いた。
「………」
「…何よ、その顔は」
有紀奈は手榴弾を使う時、いつも必要以上の数を投げる。
「いえ、何でもないです…」
晴香は、彼女の手榴弾が破壊する必要の無い建造物を破壊するのを今まで何度か見てきたので、思わず苦い顔になった。
「…大丈夫よ。今回は必要な数だけ投げるから」
「いくつ投げるんですか?」
「4つよ」
「えぇ…」
「い、いいから黙って見てなさい…」
有紀奈は部屋の中に4つの手榴弾を次々と放り込み、扉を閉めて爆発を待つ。
しばらくして手榴弾が爆発すると、部屋の扉が爆風によって勢いよく吹っ飛び、向かいの壁に激突した。
その扉を見て呆然とする、有紀奈以外の4人。
有紀奈本人は部屋の中を覗き込み、得意そうにこう言った。
「ほら見なさい。全滅よ」
4人は、何の言葉も出なかった。
その頃…
「人数増えたのはいいけど、リーダー叩かないとキリがないな…」
合同庁舎の前の道路上で、患者の大群と交戦している結衣達。
恭子の部下であった兵士達が合流して戦力は大幅に上がったものの、患者は倒しても倒しても次々とやってくる。
状況は、次第と悪化していった。
「ちくしょー…狙い付けようとすると隠れやがる…」
攻撃をしようとすると患者の陰に隠れてしまうリーダーを見て、舌打ちをする結衣。
そんな彼女の元に、凛と美咲の2人がやってきた。
「結衣、多分、患者のリーダーを倒さない限り終わらないよ」
「そりゃわかってるけど…。でも、隠れられたらどうしようもないってね…」
結衣はそう言って、銃の再装填をしながら溜め息を吐く。
「そこで考えたんだけど、正面からがダメなら、上からならどうだろう?」
「上…?」
結衣が訊き返すと、凛は合同庁舎の隣にある、4階建ての立体駐車場を指差した。
「あの上から、リーダーを狙うの。それなら隠れようが無いと思うわ」
「なるほど…。よし、それで行こう!」
辺りの患者を撃ち殺し、立体駐車場のある方に体を向ける。
「私が援護するから、2人は駐車場に向かって走って!」
「頼んだわ!美咲ちゃん、行くわよ!」
「了解です!」
凛と美咲の2人は結衣の援護を受けながら、立体駐車場へと到着した。
しかし、立体駐車場の階段を上って最上階に向かおうとした時、数体の患者がついてきている事に美咲が気付いた。
「凛さん、まずいです!ついてきてます!」
「ちっ…。仕留めるわよ!」
銃を構える2人。
すると、2人がまだ引き金を引いていないハズなのに、先頭に居る患者の頭を、1発の銃弾が貫通した。
「え…?」
患者の血が噴出した方向見て、どこから銃弾が飛んできたのかを予想してそちらを見る凛。
「楓さん…!」
そこには、合同庁舎の入口でスナイパーライフルのスコープを覗いている楓の姿が見えた。
次々と頭を撃ち抜かれ、階段を転がり落ちていく患者達。
「凛さん!今の内に行きましょう!」
「そうね!」
凛は遠くに居る楓に軽く一礼してから、階段を上り始めた。
最上階に到着し、すぐさま道路全体を見下ろせる場所に向かう2人。
「よし、この位置なら…」
しかし、患者のリーダーは狙われている事に気付き、辺りの患者の陰に隠れる。
その姿を見て、凛はニヤリと笑った。
「無駄よ…!」
さっきまでは自分の周りに居る患者が邪魔で撃てなかった、グレネードランチャーを発砲する凛。
患者のリーダーも含め、爆心地の辺りの患者は木端微塵になった。
そのまま凛は次々と、患者のリーダーが居る場所にグレネードを発射していく。
すると、隣に居る美咲が、気まずそうに凛にこう訊いた。
「あの…。私が来た意味ってあるんですか…?」
グレネードランチャーを再装填しながら、考える素振りを見せる凛。
すると、彼女は精一杯の笑顔を作って、美咲を見てこう言った。
「成り行きよ」
「そうですか…」
複数居た患者のリーダーを全て撃破したのは、それからすぐの事だった。
第61話 終




