第57話
第57話
"説得"
合同庁舎5階階段…
標的である峰岸恭子の突然の出現に困惑する、茜と楓の2人。
しかし、数秒も経たない内に、平静を取り戻した。
「そっちから出てくるとはな。死に急いどんのか?」
「ふふふ…。早めに始末した方が良いのではないかと思いまして…」
「直々に出てきたっちゅうワケか。…なめくさりおって」
出会った瞬間に殺気立つ楓。
そんな彼女とは、裏腹の人物も居た。
「あら、あなたが噂の?結構美人じゃない」
「初めまして、神崎茜さん。峰岸恭子と申します」
「私の事を知ってるの?もしかして脈アリ?」
「はぁ…」
「(あの峰岸が困惑しとるやないか…)」
楓は心底、驚いていた。
「でも残念ね…。どうやら私達はお互い愛し合えない立場に居るらしいわ」
「いや、あの…」
「でもそれはそれでテンションが上がってくるものがあるわね。禁断の恋なんてシチュエーション滅多に無いわ…」
「えーと…」
「じゃあこうしましょう。まずはキスから…」
「ええ加減にせんかい」
1人で盛り上がっている茜の頭を、堪えられなくなった楓がはたく。
「痛い!いきなり何すんのよ!」
「ツッコミどころが多すぎたさかい。どこでツッコめば良かったかわからんかったわ」
「関西の本能ね」
「何言うとんねん…」
そんな2人のやり取りを見て、恭子はいつものように笑った。
「ふふふ…。面白い方々ですね…」
「ウチまで巻き込むなアホ。この人が…」
そこで、再び茜が調子に乗る。
「あ、今の笑い方たまらないわ。落ちそう」
「………」
「(笑わんくなったやないか…)」
楓は再び、心底驚いた。
「…それよりも、どうするんですか?やる気ですか?」
「え!?そりゃもう…」
「あんたは黙っとれ…。…大人しく投降するんやったら、命だけは勘弁したるで」
「ふ…。…大人しく投降すると思っているのですか?」
「(今笑うの止めたな…)」
「(やりづらいですね…)」
そんな微妙な空気の中で、楓は銃を構える。
「…まぁええわ。投降されたら手出し出来へんくなるさかいに。そっちの方がウチは有り難いもんや」
「ふ…。…良いでしょう。お相手致します」
「(また止めた…。癖か?)」
「(無意識に笑ってしまいますね…。癖なんでしょうか…?)」
しかし、そんな空気の中で戦闘が始まるワケもなく、恭子は銃を取り出さずに、溜め息を吐いてこう言った。
「…やっぱり気が乗りませんね。今回は止めましょう」
「なんや、逃げるんか?」
挑発気味に笑みを浮かべる楓。
しかし、恭子がそんな挑発に乗るハズもなく、彼女は振り向いてそのまま階段を上がっていってしまった。
「おい…」
「行っちゃったわね。残念」
「あんたのせいやろ…」
「あら、そうなの?」
「(あかん、頭痛がしてきたわ…)」
楓はすぐに走って追い掛ける事も考えなかったワケではないが、恭子の部下が潜伏している可能性を恐れ、行動には移さなかった。
なによりも…
「(この人と居ると調子狂うな…)」
恭子と同じように、茜のせいで戦意を喪失した事が一番の理由だった。
その頃…
階段が爆破され、凛達とはぐれた葵と明美は、ひたすら階段を上り続けた結果、既に最上階にまで到着していた。
しかし…
「あら、沢山居るわね」
最上階には、恭子の部下が大量に居た。
「片っ端から斬るのは骨が折れそうね」
「いえ、その必要は無いわ」
既に刀に手を付けている葵であったが、明美の言葉を聞いて刀を手離す。
「何ですって?」
明美は答えずに、敵兵士達の元へと悠々と歩いていった。
「な、何してんのよ!」
当然、明美に気付いて銃を構える敵兵士達。
しかし、敵兵士達は発砲せずに、慌てた様子で銃を下ろした。
「し、失礼しました!」
「ご苦労様」
その光景に呆然とする葵。
明美は裏の世界で最も名の知れた武器商人。
今ここに居る敵兵士達は全員傭兵のような物であり、彼女の傘下で装備を整えている。
よって、彼女に銃を向ける事など、もっての外だった。
「あなた達、峰岸恭子の依頼を受けたの?」
その場に集まった敵兵士達を、厳しい目つきで見回す明美。
「ぜ、全員、そうです…」
その内の1人がそう答えると、明美はその人物の元にゆっくりと歩いていった。
「どうして受けたの?」
「金額が…良かったからです…」
「聞こえないッ!」
「金額が良かったからですッ!」
「(どっかの映画で見た事あるようなシーンね…)」
明美にバレないよう、こっそりと笑っている葵。
「全員、同じ理由なの?」
「その通りです…」
「声が小さいッ!」
「その通りですッ!」
「愚か者ッ!」
「すみませんッ!」
「(鬼教官…?)」
明美は敵兵士を再び見回して、呆れたように溜め息を吐いた。
「…全員、今すぐ降りなさい。あなた達の敵は大神姉妹に神崎姉妹、特殊兵器対策部隊の隊員、その他諸々よ。このまま続ければ、無駄死には見えてるわ」
「し、しかし…」
「依頼主は裏切れない、そう言うつもり?バカね。死んでしまったら元も子もないわ。それに、奴がやろうとしている事は最終的に、あなた達にも被害が回って来るような事なのよ」
明美の話を聞いて、黙り込む敵兵士達。
「わかったのなら、さっさと降りなさい。…家族を悲しませるような事をする必要は無いわ」
明美の"家族"という言葉が決定打になり、敵兵士達はぞろぞろと階段へと歩き出し始めた。
「全く…。困った連中ね…」
「あなた、軍に入る事をオススメするわ」
「何でよ」
その時、歩き出したハズの敵兵士達が突然、ピタリと動きを止める。
明美と葵が駆けつけてみると、彼らの正面に、恭子の姿が見えた。
「あなた達…何をしているのですか…?」
その場に居る兵士達は全員、恐怖に支配されて動けなくなる。
「説明してください、どこに行くつもりですか?」
恭子がそう言って歩き出したのと同時に、葵と明美が、兵士達と恭子の間に立ち塞がった。
「はいストップ。それ以上こっちに来たら、真っ二つにするわよ」
「大人しく話を聞いてくれたら、助かるのだけれど」
それぞれ武器を構える2人。
それを見た恭子は小さく笑った後、銃をしまって腕を組み、2人を見た。
「…話とは?」
「助かるわ」
明美も銃を下ろす。
しかし、葵は刀をしまおうとせずに、刃先を恭子に向けたまま彼女を睨んでいた。
「不公平ですね。私は武器をしまったというのに…」
「保険よ」
葵の言葉を聞いて、恭子は悠々たる様子で笑い出す。
「ふふふ…。保険ですか…。良いでしょう」
そして、明美に視線を移し、こう言った。
「1つだけ、何でも答えて差し上げます。但し、1つだけ…ですよ?ふふふ…」
「………」
苦笑を浮かべる明美。
彼女は恭子に聞きたい事が、2つあった。
一方…
「到着ってね」
和宮病院から合同庁舎に戻ってきた、結衣、亜莉紗、亜莉栖、優子の4人と1匹。
優子は到着と同時に、無線機を取り出した。
「有紀奈。聞こえる?」
しばらくすると、やけに暗いトーンの、有紀奈の声が返ってきた。
『…聞こえてるわ』
「…どうしたのよ?」
『疲労が…いや、心労がね…』
「あっそ…。そんな事よりも、状況はどうなの?」
『良くはないわね。…2つだったチームが、今や4つに分かれてるわ』
「…なるほど」
『連絡を寄越したって事は、もう戻ってきてるのね?』
「えぇ。入口の前に居るわ。一旦合流する?」
『そうしましょう。私達は今4階に居るわ。急いで来て頂戴』
「了解。切るわよ」
無線機をしまい、後ろに居る3人の方に顔を向ける優子。
「とりあえず、有紀奈達と合流するわよ。詳しい状況を聞き…」
優子は突然、言葉を切った。
「どうしたんすか?私の後ろに何か居ま…」
そう言いながら背後を振り返った結衣も、言葉を切る。
「………」
何となく予想が付いてしまう亜莉紗であったが、気のせいだと信じ込みながら、背後を振り返る。
しかし、亜莉紗が見た光景は、予想を遥かに上回った。
「な、何よあの数は…!?」
道路を埋め尽くさんばかりの数の患者が、こちらに向かって歩いてきていた。
「あんな数に気付かなかったなんてね…」
優子がそう呟いて、再び無線機を取り出す。
「有紀奈。緊急事態よ」
『…言ってみなさい』
優子は目の前の光景に苦笑しながら、こう言った。
「…患者の大群よ」
第57話 終




