第56話
第56話
"貸し借り"
合同庁舎3階…
風香が負傷させた敵兵士達を治療している、晴香と凛の2人。
治療中は4人全員が気を失っていたが、2人の治療が一段落ついたところで、その内の1人が目を覚まし、肩に巻かれた包帯を見た後、2人に視線を移してこう訊いた。
「…君達が?」
凛は椅子から立ち上がって、質問には答えずに突然銃を構える。
「一応、確認しておくわ。敵対の意志は?」
訊かれた敵兵士の男は静かに笑って、肩の包帯を見ながら答えた。
「…俺は恩を仇で返すような、恥知らずのバカじゃない」
「…そう」
安心したように銃を下ろす凛。
次に敵兵士の男は、一番の疑問を凛に訊いた。
「何故、助けてくれたんだ?」
男は凛に訊いたつもりであったが、彼女は何も言わずに隣に居る晴香に視線を送り、"この子に訊いて"と目で伝える。
男が晴香に視線を移すと、晴香はおどおどした様子で答えた。
「えっと…その…。み、見捨てる事なんてできなかったから…です」
「俺達は君の敵だぞ?」
「…それは関係ありません。目の前に助かる命があるのなら、私は助けます」
「………」
男は黙り込んで、晴香を睨むように見つめる。
しばらくすると、男は気が抜けたように笑って、晴香にこう言った。
「…君は、銃なんか持たない方が良いと思うな」
「え…?」
「何でもない。助けてくれてありがとう」
そう言って、立ち上がろうとする男。
晴香は当然、それを止めた。
「ダメですよ!しばらく安静にしないと…」
「大丈夫だ。…それに、こんな所見られたら、ボスに殺されちまうんでね」
「…待って」
"ボス"という言葉に、凛が反応する。
「1つだけ教えてもらえないかしら」
「何だい」
「あなた達のボスはどこにいるの?」
男はすぐに答えた。
「さぁな」
「………」
何も言わずに銃のコッキングレバーを引いて、威圧する凛。
「本当だよ。この建物のどこかに居るって事しか知らないんだ」
「…本当に知らないの?」
「あぁ。顔すら見たこと無い奴だって居る。多分、裏切りを警戒してるんだろう。…青柳さんのような裏切りをな」
凛はそれを聞いて、1階で見た青柳の無惨な姿を思い出し、思わず俯く。
「彼がどうなったか、知ってるの?」
「…あぁ。その時立ち会った仲間から聞いた」
「…そう」
凛の質問が終わった事を確認して、男はまだ気を失っている仲間を起こして、出口に向かった。
「最後に1つだけ、良いかしら?」
しかし、凛が再び止める。
「何だい」
「…私達とあなた達、どっちが正しいと思う?」
男は予想外の質問に驚いたが、机の上に置いてある自分の銃を手に取り、それを見ながらこう答えた。
「…銃を持ってる時点で、その人間は正しくないだろうよ」
「え…?」
「俺はそう思うね。…世話になった。達者でな」
「ちょ、ちょっと…」
呼び止めようとした凛を無視して、敵兵士の男達はおのおの部屋を出て行く。
凛が追いかけようとした時、廊下から話し声が聞こえてきた。
「探したぞ。4人揃って何してたんだ?」
「(…別の敵兵士かしら)」
動きを止めて、会話を聞き取る事に集中する凛。
「あぁ、爆発音が聞こえたから見に来たのさ。どうやら、そこの階段で爆発があったらしい」
「そうか。…ところで、その部屋に何かあったのか?」
敵兵士の1人がそう言ったのと同時に、凛の心拍数が一気に上がった。
「(まずい…!)」
しかし…
「いや、患者が居ただけさ。電気が無くて暗かったから、少し仕留めるのに時間がかかっちまったがな」
「なるほど、それで遅かったワケか。まぁいい、"戻れ"との指令が出ている。行くぞ」
「わかった」
さっきの男がやってきた仲間に嘘を付いた事により、凛と晴香は見つからずに済んだ。
「ふぅー…」
凛は心底安堵して壁にもたれ掛かり、そのままずり落ちるように地面に座り込む。
晴香も同じ心境だったらしく、安堵した様子で凛の元にやってきた。
「助けられましたね…。えへへ…」
「…貸しがなくなっただけ。さ、風香ちゃんを探しに行くわよ」
そう言って立ち上がる凛。
その時、廊下の方から、足音が聞こえてきた。
「ッ…」
ピタリと動きを止める凛。
しかし、足音の主の声を聞いて誰なのかを知ると、さっきと同じように安堵した。
「何だ…有紀奈さんか…」
凛達が居る部屋の前の廊下を歩いている、有紀奈、美咲、瑞希の3人。
玲奈は道中で"落とし物をした"と言って、3人とは分かれて行動していた。
「どこに居るのかしら…」
彼女達が部屋の前を通過した所で、凛が扉を少しだけ開けて顔だけ出し、有紀奈に呼び掛けた。
「ここです」
「び、びっくりさせないで頂戴…」
突然背後から呼び掛けられ、驚きを隠せない有紀奈。
凛は扉を開けて廊下に出ると、辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「風香ちゃんを見てませんか?」
「見てないけど…。…まさか」
苦笑する有紀奈。
「そのまさかです…」
チームが次々と分裂していく事に呆れる有紀奈であったが、そんな一方で、彼女はこうなる事を何となく予想できてもいた。
しかしそのせいで、有紀奈は余計に落ち込んだ。
「…とにかく探すわよ。ここは敵の巣窟みたいな物なんだから」
「何かすみません…」
「気にしないで頂戴。…慣れてるから」
そう言って溜め息を吐いてから、歩き出す有紀奈。
他の一同も、どことなく申し訳無さそうに歩き出した。
一方…
「………」
いつ敵に遭遇するかもわからないと言うのに、1人でずかずかと通路を歩く風香。
虫の居所が悪い彼女は、敵と遭遇する事など考えてすらいなかった。
しかし、彼女の考えとは反して、敵が現れる。
和宮病院にて結衣達が戦った新種の患者である、鋭利な刃を持つ患者だった。
「(なんだこいつ)」
恐怖心などとうの昔に消え失せている彼女は、平然と銃を構える。
発砲しようとした寸前で、風香は一旦銃を下ろし、何かを取り出した。
「(…見つかってたまるもんか)」
取り出した物は、サイレンサーと呼ばれる銃の消音器。
他の敵に居場所を特定されないようにという理由もあったが、それよりも、晴香に居場所を特定される方が今の風香にとっては嫌だった。
「(1人で戦ってやる…。誰の助けも要るもんか…)」
銃を構える風香。
その時、背後から、聞き覚えのある声がした。
「調子乗ってんじゃないわよ。チビのくせに」
風香は声の主をわかっていながら、そちらに銃を向ける。
「…何で居んの?」
声の主は、玲奈だった。
「何で…って言われてもね。偶然通りかかったから、としか言えないわ」
「じゃあさっさと消えてよ。目障りだから」
「言われなくともそうするわ。…でも」
そう言い掛けて、正面に居る患者に目を移す玲奈。
「こいつらを片付けてから消えるとするわ」
「こいつら?」
「聞こえないの?奴の増援の足音」
風香はそれを聞いて、疑わしそうに正面を見た後、隣にやってきた玲奈を横目で見た。
「…私を助けるつもり?」
「勘違いしないでよ。私が通る道を塞いでいるから気に入らないだけ」
「…ふーん」
「…何よ」
「別に…」
手を出さずに、様子を見る2人。
しばらくすると、玲奈の言った通り、大量の刃の患者が2人の前に集まってきた。
「ほらね?」
「あーあ…。あんたが変な事言ったせいで…」
「とんでもない言い掛かりね…」
ナイフを取り出す玲奈。
2人は圧倒的な数の敵を前にしているにもかかわらず、余裕に満ちた笑みを浮かべていた。
第56話 終




