第55話
第55話
"十重二十重"
和宮病院屋上…
明美に弾薬が置いてあると聞き、和宮病院の屋上へとやってきた結衣、亜莉紗、亜莉栖、優子の4人と1匹。
しかし、そこに弾薬は無かった。
「弾薬なんて無いじゃん!騙された!」
「いや騙す必要無いよね…」
亜莉紗が、今にも暴れ出しそうな結衣をなだめる。
すると、辺りを彷徨いていたイヴが何かをくわえて、それを優子の元に持ってきた。
「薬莢…?」
それは、銃の薬莢だった。
優子はイヴを撫でながら、その薬莢を手に取る。
「(45口径かしら…。私達の中で使ってるのは風香ちゃんぐらいよね…)」
しかし、今居るメンバーの中に風香は居ない。
つまり、一同以外の人物が、ここで銃を発砲したという事である。
優子は、とある推測を立てた。
「(もしも峰岸恭子がここに来たとするならば、弾薬が無いって事も納得できるわね…。だとすれば、この薬莢は峰岸恭子の銃の物…)」
「姉御、どうしたんすか?」
そこに、結衣と亜莉紗がやってくる。
「今この子が、こんな物を拾ってきたのよ」
優子はそう言って、2人に薬莢を見せた。
「薬莢…?」
さっきの優子と同じ反応の亜莉紗。
「ちょっと、良いですか?」
「えぇ」
結衣は優子から薬莢を受け取り、それをまじまじと見つめた後、薬莢を返しながらこう言った。
「これ、峰岸恭子の物なんじゃないですか?」
「あなたもそう思う?」
「奴が使ってた銃はコルト・ガバメントだったハズです。風香ちゃんも45だけど、彼女はここに来てませんから、奴しか居ないと思いますよ」
「明美が言っていた弾薬が無いのも、彼女が奪ったって事で間違いなさそうね…」
結衣の話を聞いた優子は、推測に確信を持った。
「それなら、ここに居る意味は無いわ。戻りましょう」
「ちぇ…。無駄足か…」
出口に向かう一同。
「あ…」
その出口に、いつの間にか巨大生物が立っていた。
「面倒なのが居るわね…」
溜め息を吐いて、切り抜ける方法が無いか辺りを見渡す優子。
このような状況に遭遇した場合、好戦的な結衣は大抵なりふり構わず突っ込んでいくが、主力武器であるリボルバーの弾薬を切らしている時は別だった。
「亜莉紗!根性見せてやれ!」
「じょ、冗談じゃないわよ!勝てるわけないじゃない!」
「冗談冗談」
そんな一同に、巨大生物はゆっくりと歩み寄っていく。
「…仕方ないわね」
良い方法が思いつかなかった優子は、やむを得ずに銃を構えた。
その時、ずっと様子を見ていたイヴが、突然巨大生物に向かって走り出す。
そして巨大生物の前で止まり、唸り声を出しながら、巨大生物を睨んだ。
「な、何を…」
「イヴ、囮になるって」
優子の隣に、亜莉栖がやってくる。
「囮って…大丈夫なの…?」
「平気」
心配の視線を優子が送る中、イヴは動き出した。
始めに巨大生物の攻撃範囲内まで近付き、攻撃を誘発する。
それを左側に避けて、再び同じ事を繰り返し、今度は後ろにバックステップをして、攻撃を避けた。
そして、その行為を何度も繰り返す。
気が付けば、巨大生物は一同の前から消えていた。
遠くに居るイヴが亜莉栖に視線を送り、"今の内に行け"と伝える。
「今の内」
「凄いわね…狼って…」
「イヴ…!」
「ご、ごめんごめん…」
一同は巨大生物をイヴに任せて、屋上から離れた。
「あの子、本当に大丈夫なの?」
優子が階段を駆け下りながら、亜莉栖にそう訊く。
「大丈夫。ほら」
いつの間にか、亜莉栖の背後にイヴが居た。
「あれ…。って事は…」
立ち止まって、耳を澄ます優子。
上から、巨大生物の足音が聞こえてきた。
「やっぱり…!?」
「姉御?」
立ち止まった優子に気付く結衣と亜莉紗。
しかし、止まったかと思ったら、今度は勢いよく走り出した。
「急いで!」
「は、はいぃ!?」
訳も分からず再び走り出す2人。
一同は何とか追いつかれる事なく、階段を下りきった。
しかし、そこから出口へと向かった時に、問題が発生する。
「あちゃー…。飛び降りやがったな、こいつ…」
出口の前で、巨大生物が一同を待ち受けていた。
追い付かないと判断した巨大生物は階段を上って引き返し、屋上から飛び降りたのだ。
「何でもありね…」
溜め息を吐く優子。
「どうします?とりあえず逃げてみますか?」
結衣の質問に、優子は首を横に振って答えた。
「無駄よ…。体力的に追いつかれるわ…」
「って事は」
「…撃退しかないわね」
優子がそう言って銃を構えると、結衣もニヤリと笑って銃を取り出した。
「姉御、作戦があります」
「作戦?」
「肉を斬らして骨を断つ作戦です!ほら、今日の朝、私と玲奈が巨大生物を完封したあの作戦の事っすよ」
その時の事を思い出し、苦笑を浮かべる優子。
「…まさか、私に囮になれって言うの?」
結衣はそれを、笑いながら否定した。
「ご安心くださいな。囮役は私です」
「…大丈夫なの?」
「ご心配なく!」
結衣は2丁のハンドガンを連射しながら、巨大生物に近付いていく。
優子はそれを見て、朝の結衣と玲奈の動きを思い出しながら、行動を始めた。
「(私は射撃担当って事よね…)」
心の中で自分に言い聞かせるようにそう呟き、結衣よりも少し遅めのペースで近付いていく。
優子がそうしている間に、結衣は巨大生物の目の前に到着した。
「さてと…」
銃をしまって、巨大生物に視線を送る。
巨大生物は目の前にやってきた結衣を見て、大きな爪が付いているその凶悪な右手を振りかぶった。
そして、勢いよく右手を落とす。
しかしその時には既に、結衣は巨大生物の背後に回り込んでいた。
「遅い!」
巨大生物の背中を蹴りつけて挑発する結衣。
巨大生物は大して怯まずに、そのまま振り向き様に爪を横に振るが、それも容易く避けられた。
「姉御!お願いします!間違っても、私に当てないでくださいよ!」
「わ、わかってるわよ!」
銃を構え、巨大生物に狙いを付ける優子。
戦闘が主な役割では無いものの、彼女も特殊部隊の隊員の1人。
結衣に弾を当てないように、巨大生物だけを狙う程度の射撃能力は持ち合わせていた。
1発1発を、正確に撃ち込んでいく。
しかし、撃ち始めて間もなく、火力不足という事に気付いた。
優子は一旦銃を下ろし、離れた場所で亜莉栖と待機している亜莉紗に視線を移す。
「亜莉紗ちゃん!支援を頼むわ!」
「今行きます!」
そう言って駆けつけてきた亜莉紗の手には、見覚えの無い銃が握られていた。
それを見た優子が、思わず彼女に訊く。
「あら?あなた、そんな銃使ってたかしら…?」
「あ、これですか?」
亜莉紗が持っている銃はグレネードランチャーと呼ばれている銃であり、榴弾を発射する強力な物である。
「実はここに来る前、こっそり借りてきまして…」
「こ、こっそり?…まぁ、そこは置いておくとして、これなら奴を仕留められるかもしれないわね。助かったわ、亜莉紗ちゃん」
それを聞いて、照れ臭そうに笑う亜莉紗。
「えへへ…。…ところで、1つ教えてもらいたい事がありまして」
「どうしたの?」
「…これ、どうやって撃つんですか?」
「(使い方を知らないのに持ってきたの…!?)」
優子は溜め息を吐いて、亜莉紗にその銃の使い方を簡単に説明した。
「この銃は1発撃つ毎に再装填が必要なの。中折れ式になってるから、そこから薬莢を取り出して、そこに新しい弾を込めるのよ」
「なるほど…。それでは早速試射を…」
巨大生物に狙いを付けて引き金を引こうとした亜莉紗を、優子が慌てて止める。
「ま、待ちなさい!今撃ったら結衣ちゃんも爆発に巻き込まれるわよ!」
「え!?これ爆発するんですか!?」
「(この子本当に大丈夫なのかしら…)」
その時、ずっと巨大生物の攻撃を避け続けている結衣が、2人に呼び掛けた。
「攻撃してってばぁ!埒が開かないよ!」
その言葉に、亜莉紗が答える。
「任せて結衣!こいつで粉砕して…」
「だからダメだって!」
常に苦労が絶えない優子であるが、亜莉紗と居る時は、いつも以上に苦労した。
「(さて、グレネードランチャーを使えば、それなりのダメージは見込めるハズなんだけど…)」
視線を亜莉紗が持っているグレネードランチャーから、巨大生物の攻撃を避けている結衣に移す優子。
「(間違っても彼女を巻き込むワケにはいかない…。どうすれば…)」
優子が迷っていると、彼女の様子からそれを察した亜莉紗が、軽い口調でこう言った。
「撃っても大丈夫なんじゃないですか?」
「………」
優子は苦笑を浮かべて、亜莉紗を見る。
しかし、亜莉紗はふざけてなどいなかった。
「発砲する寸前に合図すれば良いんです。あいつなら、爆風よりも早く走れると思いますよ」
「…本気で言ってるの?」
「勿論!」
優子はしばらく迷ったが、他に手が思いつかなかったので、亜莉紗の言葉を信用してみる事にした。
「…わかったわ。合図は私がする。でも、巨大生物が走り出した瞬間…つまり、なるべく結衣ちゃんがこっちに来た時に撃って頂戴ね?」
「わかってますって!」
「それと…」
「ん?何か話してんな…?」
優子と亜莉紗が話をしている事に気付く結衣。
その時丁度話が終わったらしく、優子がこちらを見ながら、結衣に聞こえるように大声でこう言った。
「結衣ちゃん!私が合図をしたら、全速力でこっちに走ってきて!」
「わ、わかりました!」
詳細はわからないが、何か良い作戦が思い付いたのだろうと考える結衣。
それからしばらくが経った時、チャンスがやってきた。
「今よ!走って!」
優子の合図を聞き、その時背中を向けていた結衣は素早く体を反転させて、全力で走り出す。
それを追い掛けようとした巨大生物に、亜莉紗がグレネードランチャーを撃ち込んだ。
しかし、それだけでは倒れない。
「亜莉紗ちゃん!予定通りもう1発よ!」
「了解!」
優子の指示を聞き、素早く再装填をしてもう1発榴弾を撃ち込む亜莉紗。
巨大生物はそれでも倒れずに、一同に向かって走ってきた。
その時、優子が亜莉紗に設置させておいた地雷が作動する。
地雷の真上に居た巨大生物は、一瞬で炎に包まれた。
「今の内よ!撃って!」
予め作戦を知っていた亜莉紗は、優子の指示がでる前に再装填を終えていたので、指示と同時に榴弾を撃ち込み始める。
何も知らなかった結衣も素早く反応し、ハンドガンを連射し始めた。
結果、瞬く間に大量の攻撃を受けた巨大生物は地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「やりましたね!姉御!」
子供っぽい笑みを浮かべる亜莉紗。
「だから…」
優子は"姉御"という呼び方につっこもうとしたが、それを止めて、代わりに笑顔で2人にこう言った。
「ご苦労様」
一同は撃退どころか、撃破を成し遂げた。
第55話 終




