第53話
第53話
"考え方の相違"
入口から見て左手側の階段に向かったのは、凛、葵、晴香、風香、明美達の5人。
標的が峰岸恭子という事もあり、一同は警戒を緩めずに無言で歩いていた。
「葵さん」
4階まで到着した所で、凛が口を開く。
「どうしたの?」
「1つ、ずっと訊きたかった事がありまして…」
「うふふ…。スリーサイズはダメよ?」
「違います…」
凛は咳払いをしてから、話を始めた。
「一昨日来た時に、私と葵さんでここを捜索していた時の事、覚えてますか?」
「確か、6階だったかしら?」
「はい。その時に…」
「峰岸恭子と遭遇したわね」
凛は葵の言葉に頷いた後、少し間を開けてから、彼女にこう訊いた。
「…峰岸恭子と、知り合いなんですか?」
予想外の質問に驚き、凛を見つめる葵。
「無言って事は、そうなんですね…」
「………」
葵は何も言わずに、ただただ凛を見つめていた。
凛は目を逸らさずに、質問を続ける。
「昔、何があったんですか?」
「仕事仲間よ」
そう答えたのは葵では無く、明美だった。
「神崎葵と峰岸恭子。この2人の実力は当時、裏の世界でトップを争う物だったわ。…まぁ、報酬金もトップクラスだったから、仕事を頼めたのは一部の人間だけだったけれど」
「だった…って事は…」
凛の言葉に、頷く明美。
「えぇ。今となっては、間違っても協力する事は無いでしょうね。それと言うのも…」
「そこからは私が話すわ」
明美の話を、葵が遮った。
「簡単な話よ。私と奴は…何というか、馬が合わなかったのよ」
「どういう事です?」
「思えば、些細な事でいつもぶつかってたわね。…今みたいな関係になった切っ掛けは、とある依頼の最中に起きたの」
葵は忌々しい記憶を思い出し、表情が暗くなる。
「…あまり思い出したくないから、要所だけ話すわね。奴は、殺す必要の無かった人間を、何の躊躇いも無く殺したの」
「殺す必要が無かった人間って?」
そう訊いたのは、ずっと黙って話を聞いているだけだった風香だった。
「その依頼の標的だった人物の家族よ。…片っ端から、頭を撃ち抜きやがったわ」
「ど、どうしてそんな事を…」
思わず震えた声が出てしまう晴香。
葵はその質問に、たった一言で答えた。
「脅迫よ」
「きょ…脅迫…?」
「そう脅迫。"降伏しなければ、家族を殺す"というね」
晴香はそれを聞いて、話の先を察する。
「って事は、従わなかったんですか?その人…」
しかし、予想は外れた。
「従ったわよ。すぐにね」
「え…」
「でも彼女は、降伏したハズの男を撃ち殺したうえに、家族も纏めて殺したわ」
それを聞いた一同は、言葉を失って葵を見つめる。
その事を知っていた明美だけは、聞き飽きているといった様子だった。
「どうして殺したんですか?降伏したなら、殺す必要なんて…」
凛はそこまで言って、口を噤んだ。
「言ったでしょ?"殺す必要のない人間を殺した"って。…その時の理由を、訊いてみた事があったの」
「そしたら…?」
「ただ黙って、いつものように笑ってたわ。…それが、奴との最後の仕事だったかしら」
葵の話が終わると、その場は重い沈黙に支配された。
「以上よ。私と彼女の関係は、元仕事仲間。それだけ。…行くわよ」
返答を待たずに歩き出す葵。
明美はすぐに彼女と共に歩き出したが、他の3人はしばらく葵の背中を見つめたまま、立ち止まっていた。
その時、突然4階の通路に繋がる扉の向こうから複数の銃声が鳴り響き、扉に銃痕が開く。
「敵…!?」
その場に居た3人は素早く階段に身を隠し、様子を窺った。
敵も様子を窺っているのか、しばらくの間静寂が続く。
「………」
凛が何も言わずに、晴香と風香に"警戒しろ"と目で伝える。
2人がそれを見て銃を構えると、丁度、扉がゆっくりと開いた。
扉に銃口を向けて、ぴくりとも動かない3人。
しかし、目の前に転がってきた"それ"を見て、3人は下に駆け下りた。
「(手榴弾…!遅いか…!?)」
手遅れかもしれないと思いながらも、凛は突き動かされるように階段を下りる足を止めない。
手榴弾は、凛達が真下の踊り場に居る時に爆発した。
「今の…銃声…?」
既に6階の踊り場に到着していた明美が、下から鳴った銃声を聞いて立ち止まる。
それは葵にも聞こえたらしく、彼女も立ち止まって耳を澄ましていた。
しかし、しばらく待っても、特に異常な音は無い。
「…気のせいかしら」
明美がそう呟いたのと同時に、階下で大きな爆発が起きた。
「な、何!?」
揺らぐ地面に、動揺する明美。
葵はすぐに体を反転させ、階段を駆け下りた。
「(まさか…!)」
3人が敵襲を受けたと思い、葵は刀に手を付ける。
爆心地の4階に到着すると、その一帯の壁や階段が崩れている光景が目に入った。
「(飛び降りれない高さじゃない…。でも、確実に戻れなくなるわね…)」
立ち往生している葵の元に、明美もやってくる。
「…参ったわね」
「全くよ…」
葵はそう言って溜め息を吐くと、階段を上り、今来た道を戻っていった。
「ちょっと。どこ行くのよ」
「上よ」
「それはわかってるのだけど…。そうじゃなくて、3人はどうするの?」
明美の質問に、葵は一旦立ち止まってから答える。
「凛ちゃんが居るわ。上手いこと逃げたハズよ。私達は先に上へ行きましょう」
「確証は無いでしょうが。万が一が…」
「あら、あなたらしくないじゃない」
「え…?」
何の事かと思い、きょとんとしている明美を見て、葵は笑いながら答えた。
「その人間に依頼を出すって事は、その人間を信頼するという事。何度も人に依頼を出してきたあなたには、似合わないセリフだと思ってね」
「依頼を出した事が無いあなたには、四の五の言われたくないのだけれど…」
「うふふ…。それもそうね…」
くすりと笑う葵。
そんな彼女に釣られて、明美も小さく鼻で笑った。
一方…
「ふぅ…。みんな、大丈夫?」
間一髪で3階通路に飛び込み、難を逃れた凛、晴香、風香の3人。
「大丈夫です」
「同じく」
凛の素早い判断と行動により、爆発に巻き込まれた人物は1人も居なかった。
「さて、どうしましょうか…」
「階段は通れそうにないですよね…。今の爆発じゃ…」
「恐らくね…」
まだ敵が居る可能性があったので扉を開ける事はできなかったが、階段の状況はおおよそわかっていた。
「困ったなぁ…。とりあえず連絡だけでも取りたいけど…」
そう呟きながら、ひとまず歩き出す凛。
「待った」
彼女を、風香が止めた。
「?」
「聞こえない?足音」
「え…」
凛は苦笑して、風香の視線を辿る。
ほとんど同時に、峰岸恭子の部下である、敵の兵士が複数現れた。
「やばっ…!」
反応が遅れた凛が取った行動は、戦闘ではなく退避。
3人は近くにあった部屋に逃げ込んだ。
しかし…
「今だね」
風香がニヤリと笑い、銃を取り出して、勢いよく扉を開けた。
「ちょ!?なっ…!まっ…!え…!?」
風香の突然の行動に驚き、呂律が回らない凛。
その隣に居る風香の実の姉である晴香は、度重なる妹の身勝手な行動に、ついに目眩を覚えた。
「ちょ、ちょっと!大丈夫!?」
「あぁ…すみません…」
晴香は凛に肩を借りながら、風香の後を追いかける。
そして廊下に出た2人は、目の前の光景に唖然とした。
「遅いよ、2人共。もう終わったよ?」
「え、えぇ…?」
風香の前に、腕を抑えて痛みにもがき苦しんでいる、複数の敵兵士の姿が見えた。
「敵が逃げたと思った人間は、追う時に警戒心が薄れる。…特にわかりやすいな、こいつらは」
蔑むような目で、敵兵士達を見下す風香。
すると、晴香が敵兵士達の元へ歩いていき、傷口を確認した。
「(傷はこれだけ…。殺す気は無かったのね…)」
どこか安堵した様子の晴香。
そして、敵兵士の腕を肩に回し、部屋に運ぼうとした。
「…何してんの?」
風香がそれを睨む。
「まだ息があるから、止血しないと…」
「………」
晴香の言葉を聞いた風香は歯軋りをすると、倒れている敵兵士に銃を向けた。
「な、何を…!」
「お姉ちゃん、わかってるの?こいつらは敵。私達を殺す為にここに居るんだよ?」
「でも…」
「敵は殺す。…それがルールだよ。違いますか?宮城さん」
そう言って、凛に視線を移す風香。
凛は黙ったまま、晴香が担いでいる敵兵士の腕の傷口を見つめるだけで、何も言わなかった。
「…くだらない。ぬるいよ、みんなは」
吐き捨てるように呟く風香。
すると、晴香が風香を睨んでこう言った。
「…人を殺す事に、何の抵抗も無いの?」
「…え?」
「敵だから殺す。その人が自分と同じ人間であろうと、敵ならば情け無用で殺す…。そうなの?」
「………」
風香は銃を敵兵士に向けたまま、何も言わずに晴香を睨み返す。
「私は助ける。あんたが殺そうとするならば、私はこの人達を守る」
「…本気なの?」
「嘘なんて言ってどうするのよ」
2人はしばらく睨み合っていたが、そんな2人に、ずっと黙ってやり取りを見ているだけだった凛が、こう言った。
「とりあえず落ち着きなさい。いがみ合ってどうするのよ」
「だって…」
何かを言おうとした風香であったが、凛はすかさず話を続けてそれを遮る。
「風香ちゃん。あなたが彼等の腕を撃ったのはどうしてなの?」
「そ、それは…」
「本当に殺そうと思ったのなら、"ここ"を撃てば良いじゃない」
凛はそう言って、自分の額を指差した。
風香は何も言い返せなくなり、銃を下ろして俯く。
「本当は殺したくない。それがあなたの本心。違う?」
「ッ…」
歯を食いしばって、足元の敵兵士を睨む風香。
「…殺す必要なんか無いよ。腕を撃ったのは正解だったね。さ、早く治療しよ?」
凛が風香に微笑みながらそう言うと、風香は突然走り出し、その場から去ってしまった。
「風香!」
「ほっといてッ!」
晴香の呼びかけを突っぱねて、風香は止まらずにどこかへ走っていってしまう。
風香の姿が見えなくなると、晴香は呆れたように溜め息を吐いて、敵兵士を部屋に運んだ。
その場に残った凛は少し迷った後、晴香を手伝う事に。
そして敵兵士を全員運び終えたところで、ずっと我慢していた晴香が泣き出してしまった。
「晴香ちゃん…」
「す、すみません…。でも私、どうすれば良いのかわからなくって…」
凛は晴香を慰める為に、彼女の顔を胸元に優しく抱き寄せる。
「大丈夫。正しいのはあなたよ。…風香ちゃんだって、きっとわかってくれるわ」
「凛…さん…」
晴香は凛の胸元に顔をうずめ、声を上げて泣き出した。
「(あの子は物事を単純に考えすぎてる…。私が言っても説得力は無いだろうけど…)」
倒れている敵兵士を見る凛。
「(人の命は、決して軽くないわよ…)」
凛は晴香をゆっくりと離して、持っていた簡易な治療道具で敵兵士達の止血を始めた。
第53話 終




