第52話
第52話
"新たな変異体"
病院の中に居る患者の数は6体。
楽勝だと思った結衣は、銃をしまって、素手で戦う事にした。
始めに、一番近くに居た患者に飛び蹴りを放ち、転倒させる。
その患者の頭を踏みつけてトドメを刺し、すぐさま他の患者に視線を移す。
組み付こうとしてきた患者をすんなりと避けて、足を引っ掛けて転ばせる。
トドメの刺し方は、さっきと同じだった。
そのまま、もう1体の患者の首を鷲掴みして、後頭部を壁に思い切りぶつける。
壁に患者の頭の内容物が飛び散り、患者は壁に座り込むような形で動かなくなった。
そのまま残りの3体も片付けようと、辺りを見渡す結衣。
患者の姿は確認したものの、彼女は手を出そうとはしなかった。
「(お、やってんな)」
その患者は既に、イヴが目を付けていた。
イヴの戦い方は、己の鋭利な爪と牙を用いた、狼特有の戦い方。
俊敏な動きも加わり、並大抵の敵では勝負にならない戦闘能力を、イヴもまた持っていた。
そんなイヴに、患者が3体同時に襲い掛かる。
イヴは少しの間患者を見つめた後、患者に向かって突進するかのように走り出した。
そして、ギリギリの距離になると同時に、大きく跳躍する。
あっという間に、患者の背後についてしまった。
「(おぉ、やるな)」
それを見て、感心する結衣。
敵を見失った3体の患者が全滅したのは、それから数秒の事だった。
イヴは辺りに他の敵影が無いかを確認してから、結衣の元へと歩いていく。
「ご苦労様~」
結衣がしゃがみこんで喉元を撫でると、イヴはそれを気に入っているらしく、嬉しそうに尻尾を振った。
「え…もう終わったの?」
苦笑を浮かべながら、優子がやってくる。
「6体だけでしたからね。私とこいつにかかれば、ちょろいもんですよ」
結衣はそう言って、イヴを見て微笑んだ。
「大分懐いてるのね…」
「どういうワケかは知りませんがね」
その光景を見て、驚いている人物が1人。
「………」
イヴの飼い主、亜莉栖だった。
「どったの?亜莉栖」
亜莉紗がその様子に気付き、顔を覗き込む。
「イヴが私とお姉ちゃん以外の人に懐いてるの…初めて見た」
「そうなの?…って、あの子、私に懐いてるの?」
「多分」
「(多分かぁ…)」
その時、2階への階段の方から、不審な物音が聞こえた。
同時にそちらを見る一同。
しばらく静かに様子を見ていたが、優子がゆっくりと歩き出した。
「…行きましょう」
和宮病院2階…
2階に上がった一同。
物音の出所はわからなかったが、代わりに、不審な物を見つける。
「腕…?」
それは、切断された腕だった。
「血が新しい…。まだそんなに時間が経ってないわね…」
「患者の物ですかね…?」
亜莉紗が優子に訊く。
「皮膚の感じから言って、恐らくそうでしょうね」
優子は腕の爛れた皮膚を見て、そう答えた。
「葵さん…なワケないか。だとしたら誰が…」
結衣が腕の断面を見つめながら呟く。
その時、通路の奥から、金属音が鳴り響いた。
「今度は何…?」
連続する不気味な出来事に、亜莉紗は恐怖を覚え始める。
一同が見つめる中、金属音の正体は、ゆっくりとその姿を現した。
右腕が大きな爪に変異している巨大生物や盲目の患者とは異なり、大きな刃のようになっている患者。
初めて見る、新種の患者だった。
「警戒して…!」
銃を構える優子。
それと同時にその患者は、狂ったように叫びながら、一同に向かって走ってきた。
「怖っ!」
思わず声に出す結衣。
しかし、撃ち始めてみると、その患者は拍子抜けするほど呆気なく倒れた。
「弱っ!」
再び声に出す結衣。
すると、倒れた患者が腕の刃を地面に叩きつけて、大きな金属音を立て始めた。
「…嫌な予感」
亜莉紗がそう呟いて、背後を振り返る。
彼女の予感は的中して、大量の刃の患者が、こちらに向かって走ってきていた。
「マジか!?」
「仲間を呼んだのね…!?」
舌打ちをして、再び銃を発砲し始める優子。
その時、刃の患者の足元が、突然爆発した。
「大成功!」
そう言った亜莉紗を、一同が見る。
彼女の手に、いつの間にか地雷が握られていた。
「ふぅ…。助かったわ、亜莉紗ちゃん」
「いや~それほどでも…」
照れくさそうに笑う亜莉紗。
しかし、刃の患者は、更に増援を呼んでいた。
「なんですとぉ!?」
「やっぱり上手くいかないなお前は!」
「酷い!」
結局、一同は逃げる事になった。
長い通路を走り続ける一同。
幸い、持久力はともかく足の速さはそこそこのメンバーだったので、最年少の亜莉栖も含めて、刃の患者に追いつかれる事は無かった。
それでも、不測の事態というものは起こるもの。
3階への階段を無意識の内に通過してしまった一同は、行き止まりに面した。
「しまった…行き止まり…!」
「姉御!来ますよ!」
結衣の言葉を聞き、振り返る優子。
刃の患者との距離は、既に余裕が無い所まで詰められていた。
「仕方ない…。掃討しながら、何とか階段まで行きましょう…!」
他に道は無いと判断し、戦闘に入る優子。
亜莉栖以外の一同もそれに倣って、銃を構えた。
1体1体の戦闘能力はそこまで脅威的ではないものの、刃の患者は数で攻めてくる。
まさに多勢に無勢、一同は苦戦を強いられた。
「どうします?このままじゃ圧殺されますよ」
そう言いながらも、余裕そうな表情の結衣。
「…何か考えがあるの?」
優子の問い掛けに、結衣はニヤリと笑って答えた。
「押し返しましょう!」
「…はい?」
優子は呆れた様子で訊き返す。
しかし、結衣は冗談を言ってるつもりなど、毛ほども無かった。
「大丈夫ですよ。弾は十分あります」
「いやでも、接近されるのは時間の問題…」
「接近されなければ良いだけの事です」
「え…?」
「ご安心くださいな。既に手は打っていますとも」
そう言って、亜莉紗に視線を移す結衣。
亜莉紗はトラップの1つである、鋭利なワイヤーを壁に引っ掛けていた。
「足止めくらいにはなるでしょう。無理に通ろうとすれば、肉に食い込んで動けなくなりますからね」
「でも、壊されないかしら…?」
不安が残る優子。
しかし、亜莉紗が首を横に振って、こう言った。
「このワイヤーは、ちっとやそっとじゃ切れませんよ。奴らの刃でもね」
「便利な物持ってるのね…」
「いや~それほどでも…」
照れくさそうにそう言った亜莉紗を、結衣が緊張した様子で見る。
「な、何…?」
「いや、今失敗フラグが…」
「失敗フラグ!?」
しかし、結衣の予想は外れ、亜莉紗のトラップは珍しく功を成した。
「うわ、珍しい事もあるもんだ」
「バカにしないでよ!」
前に進めなくなり、次々と倒されていく刃の患者。
火力不足が原因で少々時間はかかったものの、一同は何とか全滅させる事ができた。
「一件落着ってね」
「大したものね」
優子が銃を下ろして、感心の眼差しを結衣に向ける。
「活躍したのは、私じゃありませんよ」
「2人共…よ」
そう言って、亜莉紗にも視線を送った。
「…何をしているの?」
「いやぁ、トラップの回収を…」
「(苦しいのね…)」
トラップも"タダ"では無い。
優子は亜莉紗に、謎の敬意を払った。
それからはばったりと患者と遭遇する事が無くなり、一同は何事もなく屋上に辿り着く事ができた。
しかし…
「あれ…?」
明美が言っていた弾薬は、そこには見当たらなかった。
合同庁舎ロビー…
「階段が2つあるから、2つのチームに分かれましょう」
合同庁舎にやってきた有紀奈はまず、そう提案した。
「階段、2つあったんだ」
そう呟いたのは風香。
彼女以外にも、その事を初めて知った人物は多かった。
「確か、こっちですよね。途中で大穴が開いてるのは…」
瑞希が、入って右手側の階段を指差す。
「ハシゴ、まだあるのかしら。…楽しみね」
「何が?」
「あなた達のスカートの中を…」
風香は何も言わずに、茜の背中を蹴りつけた。
「さっきから大穴とかハシゴとか、何の話なんや?」
「以前来た時に…まぁ、色々あったのよ」
楓の質問に、有紀奈が答える。
「色々あったわね。色だけに」
「色?何の事や?」
「それは彼女達の…」
茜は再び、風香に蹴りつけられた。
その後、一同は話し合いの結果、葵、明美、晴香、風香、凛の5人のチームと、有紀奈、茜、楓、玲奈、美咲、瑞希の6人のチームに分かれた。
「人数は多くなってしまうけど、峰岸恭子を追い詰めるには好都合よ。一応、そっちにも無線機を渡しておくから、何かあったら連絡して頂戴。行くわよ」
有紀奈の言葉で、2つのチームはそれぞれ別の方向に歩き出した。
第52話 終




