第51話
第51話
"再度の分裂"
「…有紀奈。今、何て言ったの?」
有紀奈の話を聞いて、耳を疑う優子。
「彼女に今逃げ場は無いわ。…積年の恨みを晴らす絶好の機会じゃない」
「いやあなたね。ヘリでも用意されてたら…」
「黙りなさい。蹴るわよ」
有紀奈に話を聞く気は無いようであった。
「というワケで、みんな。準備して頂戴」
「というワケで…じゃないわよ。話を…」
「え?」
「だから私の話を…」
「何?」
「(くっ…!)」
すると、茜が呆れたように溜め息を吐いて、武器が置いてある場所に歩いていった。
「…茜?」
優子が恐る恐る彼女の名前を呼ぶ。
「あなたならわかるはずよ?彼女はこうなったらもうダメって…」
「…はぁ」
優子は茜と同じように溜め息を吐き、説得を諦めて準備に入った。
「…私達も準備しよっか」
「そうしよう…」
「そうですね…」
晴香と美咲と瑞希の3人も、有紀奈を恐れて準備に入る。
風香は茜と優子と同じように、呆れているといった様子であった。
そして、有紀奈の本性を知らなかった結衣達は…
「………」
引いていた。
「あ、その銃…」
風香が手に取ったショットガンを見て、瑞希が呟く。
「…うん。おじさんの」
前回の生物災害で犠牲になった特殊兵器対策部隊の人間は、美咲が持っている銃の持ち主だけでなく、もう1人亡くなっていた。
彼は強力な変異体に奇襲を受けて致命傷を負い、かすれる意識の中で、風香に愛銃のショットガンを渡し、息を引き取った。
「せっかく私にくれたんだから、やっぱり使わなきゃね」
「ふふ…。やっぱり優しいね。風香ちゃん」
「…うっせぇ」
風香は赤面した顔を隠すために瑞希に背中を向けて、ショットガンに弾を込め始めた。
「結衣姉、"44"はまだあるの?」
結衣の腰元のリボルバーを見ながら、玲奈が彼女に訊く。
"44"とは結衣が使っているリボルバーの弾薬、44マグナム弾の事を指しており、他の弾薬の事も、2人は口径で呼ぶ事が多かった。
「無い…。しかも、ここの部隊は取り扱ってないってさ…」
「…大丈夫なの?」
「…素直に"いいえ"と言っておこうかな」
「そりゃそうか…」
するとそこに、明美がやってきた。
「44マグナムなら、あるわよ?」
それを聞いて、嘲笑する結衣。
「嘘おっしゃい。あんたの銃は"50"でしょうが」
「厳密に言うと、"今は持ってない"だけれど」
明美がそう言うと、彼女を見る結衣の目がキラキラし始めた。
「…詳しく」
「前にこの町に来た時、町の病院の屋上に弾薬を置いておいたのよ。取る人なんか居るワケないし、まだ残っていると思うわ」
「よっしゃあ!」
走り出す結衣。
しかし、有紀奈に一瞬で腕を掴まれ、止められた。
「待ちなさい。そんな時間は無いわよ」
「えー…でもー…」
「支離滅裂じゃない。逃げられたら元も子もないわ」
「むぅ…わかりました。それじゃあ…」
そんな結衣を見て、違和感を覚える玲奈。
「(やけに素直…。珍しいな…)」
3秒後、その違和感は氷解した。
「急いでいってきまーす!」
結衣は諦めたように見せて有紀奈を油断させておいて、突然彼女の手をふりほどく。
そして、出口に向かって走り出してしまった。
「ちょ…!待ちなさい!」
更に、亜莉栖の側に居るイヴがゆっくりと顔を上げて、結衣が走っていった建物の出口を見る。
そして、結衣の後を追いかけるように、イヴも建物から出て行ってしまった。
「な、何で…!?」
「イヴ、あの人に懐いてる」
有紀奈の隣に、亜莉栖がやってくる。
「な、懐いてる…?というかあなた誰よ…?」
「亜莉栖」
「あ、ありす…?」
「亜莉栖」
「…その歳で偽名?」
「…違う」
亜莉栖は不機嫌そうな様子で有紀奈から離れ、出口へ歩いていった。
「すみません、言い忘れてました。私の妹です」
有紀奈の元に亜莉紗がやってくる。
「へぇ、亜莉紗ちゃんの?」
「はい」
「………」
「…なんでしょうか?」
「似てないわね…」
「(わかってます…)
亜莉紗はそろそろ、泣きそうになっていた。
「あの…それで、言い辛いんですけど…」
「わかってるわよ。行きなさい」
微笑む有紀奈。
亜莉紗は子供っぽい笑みを浮かべて有紀奈に一礼して、亜莉栖を追った。
「(ま、姉妹ってんなら、仕方ないわね…)」
有紀奈は走っていく亜莉紗の後姿を見ながら溜め息を吐いた後、優子に視線を移す。
「優子、彼女達を追って頂戴」
「…私?」
「何よ、文句があるの?」
「いえ、ありません…」
面倒臭いので断ろうとした優子であったが、今の有紀奈に刃向かう勇気は無く、渋々といった様子で歩き始めた。
「(はぁ…)」
「何よ」
「何も言ってないわよ!」
「溜め息を吐いたような雰囲気があったわね」
「(読心術…!?)」
「なんとまぁ分かり易い…」
結局、1度は合流した一同であったが、再び2つのチームに分かれて行動する事になった。
緑木公園前道路…
和宮町にある唯一の公園、緑木公園の前の道路を、ペースを落とす事無く走り続ける結衣。
普段の彼女はあまり行動的でなく体力が無いように見えるが、その実、一同の中では上位に位置する体力の持ち主だった。
そんな彼女が、突然立ち止まる。
そして、辺りをキョロキョロと見渡しながら、こう呟いた。
「病院ってどこだ…?」
そこで、追い掛けてきたイヴの足音に気付き、後ろを振り返る結衣。
イヴは結衣の足元に来て、見上げるように彼女を見た。
「おー。お前、来てくれたのか。可愛い奴め、よしよし…」
イヴの喉元をくすぐるように撫でる結衣。
イヴはくすぐったそうに目を閉じて、尻尾を振った。
「結衣!」
名前を呼ばれ、顔を上げる結衣。
そこにはいつの間にか、亜莉紗と亜莉栖が居た。
「なんだ、2人も来たの?」
「まぁね…。あと、もう1人来たっぽいよ」
「え?」
結衣が、亜莉紗達の背後を覗き込むように見る。
すると、遠くの方から、優子が走ってきていた。
「早い…。早いって…」
結衣達の元に到着して、膝に手を付いて死にそうな様子の優子。
「すみません姉御。あなたが来るとは思わなかったもんで…」
「姉御って呼ばないで…」
「ありゃ?お気に召さめませんでしたか?」
「召さないわ…」
優子は、しばらく動けそうになかった。
しかし、そんな優子をお構いなしに、結衣の足元に居たイヴは歩き出す。
「あれ?道知ってるのかな」
「野生の勘ってね」
イヴに続くように、結衣と亜莉紗も歩き始めた。
「…大丈夫?」
残った亜莉栖が、優子を心配する。
「優しいのね…亜莉栖ちゃん…」
優子は普段の扱いの酷さを思い出し、半泣きになって亜莉栖を見た。
そんな優子に亜莉栖は…
「………」
引いていた。
和宮病院前…
「お、ここか」
先導していたイヴが立ち止まった建物を見上げて、結衣が呟く。
そこは確かに、明美が話していた病院であった。
「よくやった!誉めてつかわす!」
そう言って、さっきと同じようにイヴの喉元を撫でる。
イヴの反応も、さっきと同じだった。
「こうして見ると、結構愛嬌あるね。犬みたいで」
亜莉紗がそう言った途端、イヴが彼女を睨む。
「な、何…!?」
「あー、多分怒ってるね。こいつ」
「何で!?」
「"犬"って呼ばれるのが嫌なんじゃない?」
「人語わかんの!?」
するとそこで、優子と亜莉栖の2人も到着した。
「遅いじゃないですか。姉御」
「いや、だから…」
結衣の"姉御"という呼び方に、苦笑する優子。
「何です?姉御」
「もういいわ…」
優子は、早くも諦めた。
「患者、居るのかな?」
病院を見上げながら、亜莉紗が呟く。
「居るっしょ」
「え…?」
結衣のあまりの返事の早さに、亜莉紗は思わず彼女の顔を見つめた。
「ほら」
病院の入口を指差し、亜莉紗の視線をそちらに向けさせる結衣。
そこには、ガラスに張り付いてこちらを凝視している複数の患者の姿が見えた。
「うわぁッ!」
「ビビるこた無いでしょ。このメンバーなら楽勝ってね」
結衣はそう言って、ハンドガンを取り出す。
すると、それに応えるかのように、イヴが彼女の隣に行き、患者を睨んだ。
そんなイヴを見て、結衣がニヤリと笑う。
「おや。お前も暴れたくてうずうずしてるのかい?」
「………」
イヴは当然何も言わなかったが、代わりに、肯定するかのように結衣に視線を返した。
「上等!行くぞ、イヴ!」
飛び込むように、病院の中へと入っていく結衣とイヴ。
そんな2人を見送った後、亜莉紗は亜莉栖にこう訊いた。
「ねぇ亜莉栖。やっぱり人語わかるんじゃないの…?」
「さぁ…」
首を傾げて、ゆっくりと歩き始める亜莉栖。
「姉御、私達も行きましょう」
「そうね。…え?今、何て言ったの?」
優子は焦った様子で、歩き始めた亜莉紗を追った。
第51話 終




