第50話
第50話
"計画変更"
合同庁舎1階ロビー…
「暗いわね…」
鍵が掛かっていた部屋の扉を開け、中の様子を呟く凛。
「電気は…」
「待って」
証明のスイッチを探す為に部屋に入ろうとした美咲を止めて、凛はアサルトライフルに付いているフラッシュライトを点けた。
その時、
「入るな!」
背後から、誰かが2人を止めようとする。
しかし、2人は既に、フラッシュライトに照らされた"それ"を見てしまった。
「ッ…!?」
「い…いやあああぁぁッ!」
それは、椅子に縛り付けられている、峰岸恭子の部下だった男、青柳の亡骸だった。
「…遅かったか」
2人の背後に居た人物が、溜め息を吐く。
「か、楓…さん…」
「…ウチも初めて見た時は、流石に怖なったわ」
凛の隣にやってきた楓は、目を細めて部屋の中を見回した。
地面に散乱している臓器、眼球、爪。
全て、青柳の物だった。
「うっ…!」
目の前の残酷な光景に耐えかねた凛が、口元を手で覆いながらその場を離れる。
美咲に至っては、その場に崩れ落ちて気を失っていた。
「…無理もないか」
楓は美咲を抱き起こして、部屋から離れた場所にあるソファーに寝かす。
それから、凛の元へと歩いていった。
「おい、大丈夫か?」
「…すみません」
凛は口元を服の袖で拭って、何度か深呼吸をしてから、楓を見る。
「犯人は…」
「決まっとるやないか」
楓は、即答した。
「間違いあらへん。こないな酷たらしい事する奴、1人しか思い付かんわ」
「ですよね…」
話を終えて、美咲が寝ているソファーの元へ向かう。
しかし、2人はすぐに、立ち止まった。
「こんにちは。…おっと、まだおはようございますの時間でしたね」
気を失っている美咲の頭に、銃を向けている峰岸恭子。
彼女は2人に、"銃を捨てろ"と目で指示をした。
「…神出鬼没な人やな」
「"彼"を見たらしいですね。殺すつもりは無かったのですが…。どうでした?彼の死に様は…」
「…やっぱりあんたか。この狂人が」
「ふふふ…。さぁ、早く銃を捨ててください。…私って結構、怖いですよ?」
「…ちっ」
舌打ちをして、銃を地面に置く楓。
凛は一瞬迷ったが、楓に倣って、彼女と同じように銃を置いた。
「ふふふ…。ありがとうございます。あなた達を撃ちたくはないんです」
「図に乗んな。さっさとそいつ解放せんかい」
「…私は解放するなど一言も言ってませんが?」
「…てめぇ」
「ふふふ…。私はただ、銃を捨てろと言っただけです」
楓がそれを聞いて、歯軋りをする。
沈黙が続いたが、しばらくすると、隣に居る凛が口を開いた。
「…その子を殺す気?」
「はい…と言ったら?」
「か、代わりに私を殺しなさいよ…!」
次の瞬間、銃声が聞こえたかと思うと、肩に激痛が走った。
倒れる凛。
「適当な事は言わない方が身の為ですよ?私は本当に撃ちますからね?」
恭子はそう言って不気味に笑うと、再び銃口を美咲に向けた。
「…要求は何なんや」
痛みに苦しむ凛の姿を見て、楓が怒りを押し殺した声で訊く。
「沢村さんを連れてきてください。できればD細菌と一緒に…ふふ…」
「…それはできんな」
「そうですか。…それでは」
美咲に視線を移す恭子。
「待て…!」
「はい?」
「…そいつを殺すのは、勘弁してくれへんか」
「そいつを…と言いますと?」
「…宮城やないが、殺したいんならウチを殺せや」
恭子はそれを聞いて、ニヤリと笑った。
「…良いんですか?」
「…さっさとやれ。その代わり、そいつは解放してもらうで」
「約束はしませんよ?」
「………」
俯いて、目を瞑る楓。
「ふふふ…。愚かな人ですね…」
銃口を楓に向ける恭子。
すると、楓がゆっくりと顔を上げて、口元を歪めてこう言った。
「…お前もな」
突然、気を失っていた美咲が、恭子に飛びかかる。
彼女は凛が撃たれた時に目を覚ましたが、状況を素早く察して、まだ気を失っている振りをしていた。
しかし…
「残念…」
恭子は気付いていた。
銃口を突き付けられ、動けなくなる美咲。
楓の作戦は、失敗した。
…ハズであった。
1発の銃声が鳴り、恭子の銃が地面に落ちる。
恭子は何が起きたのかわからず、慌てた様子で辺りを見回す。
そして、入口の方を見て、苦笑を浮かべた。
「危機一髪…ってね」
そこには銃を構えている結衣と、抜き身の刀を持った葵が居た。
「どうしてここに…。地下の捜索をしていたハズでは…?」
「弾薬の補充の為、一旦地上に出てきたのよ。…でもまさか、こんな場面に出くわすとは思ってなかったけど」
葵がそう答えて、刀の刃先を俯いている恭子に向ける。
「さぁ、覚悟は良いわね?」
「…ふふふ」
「…昔から気に入らなかったわ。その笑い方」
「すみません、生まれつきなもので…。ふふ…」
恭子は現状の不利をわかっていながらも、笑みを消そうとしなかった。
そして、ゆっくりと顔を上げて、葵を見る。
「またお会いしましょう…」
恭子がそう言った途端、2階への階段に繋がる通路から、恭子の手下の兵士が複数現れ、一同に銃を乱射し始めた。
一同は負傷している凛も含めて、素早く物陰に隠れる。
「姑息な…!」
「ふふふ…。策略です」
「お黙り!」
葵は逃げていく恭子を追いかけようとしたが、弾幕が激しく、すぐに断念した。
「えぇい!覚えときなさいよ!」
「ありきたりですね!」
「うるさい!」
しばらくすると、銃声はふっと鳴り止んだ。
おのおの顔を上げて、辺りの様子を確認する一同。
そんな中、楓は一目散に凛の元へと駆けつけた。
「…傷は?」
「大丈夫です…。かすっただけです…」
楓は気休めの言葉だと思い、顔をしかめる。
「嘘つけ。見せてみぃや」
「本当ですよ。ほら…」
凛の傷口は、本当にかすり傷だった。
「…さっきは痛がってたやないか」
「いやぁ、びっくりしちゃって…」
照れ臭そうに笑う凛。
楓は鼻で笑った後、凛のおでこを軽く小突いた。
「すみません、凛さん…。私が気絶したりしなければこんな事には…」
申し訳無さそうにそう言いながら、美咲がやってくる。
「謝る事ないよ。あんな物見たら、誰しも参っちゃうって」
「それよりも、ようウチの意図がわかったな。お前が目覚めたのに気付いて、賭けてみたのが正解やったわ」
2人は美咲を咎めるつもりなど、毛ほども無かった。
しかし、俯く美咲。
「でも、私は制圧できませんでした…」
「それがなんや」
「…え?」
楓は美咲の頭に、ポンっと手を乗せた。
「結果が全てや。宮城は生きとる。お前もウチもな。それで十分やないか」
「…許してくれるんですか?」
「許すも何も、許さなあかん事なんて1つも無いで」
楓はそう言って、美咲の頭をポンポンと軽く叩く。
美咲の表情が、ぱぁっと明るくなった。
「無事で良かったわ。みんな」
「葵さん、どうしてここに…?」
刀をしまいながらやってきた葵に、楓が訊く。
「さっき言ったハズよ?弾薬の補充をする為って。他の3人は、先に向かいのビルに向かったわ」
「…そうか」
「あら、何か言いたそうね?」
「タイミングが良すぎる思ってな…」
「うふふ…。良い事じゃない」
「…まぁな」
その後、一同は一旦、葵の提案で向かいのビルに行く事になった。
廃ビル玄関…
楓達が到着した時、そこには全てのチームが集まっていた。
晴香が美咲の姿を見て、安堵の溜め息をもらす。
「美咲…無事で良かった…」
「あれぇ?晴香ちゃん心配してくれてんの~?」
「…ばか」
そんな2人を見て、ニヤつく茜。
「…いい感じにゆりゆりしてるわね」
「ゆりゆり?」
「あなたにはまだ早いわ風香ちゃん。でもどうしても知りたいと言うのなら私が直々に…」
「黙れよ」
そんなやり取りの傍ら、玲奈は結衣の元へ。
「結衣姉。どうだったの?」
「今話題の彼女が居たよ。逃げてったけど」
「…峰岸さん?」
「大正解」
凛の元には、亜莉紗が向かう。
「…どうしたの?その腕」
「…何でもないわよ」
「何でもない事ないでしょう!ちょっと見せて!」
「(あー面倒臭い…)」
葵の元には、有紀奈がやって来た。
「峰岸恭子はどこに逃げたの?」
「上よ。合同庁舎のね」
「そう…」
有紀奈は相槌を打って、不気味な笑みを浮かべる。
そして、窓から見える合同庁舎に視線を移して、こう呟いた。
「今なら袋の鼠って事ね…」
「…どうするつもり?」
葵が眉をひそめて、彼女の横顔を見つめる。
「…計画を変更しましょう」
「…何ですって?」
有紀奈は訊き返してきた葵を無視して、一同を見回しながらこう言った。
「みんな、予定を変更するわ。今から全員で、峰岸恭子の身柄確保に行くわよ」
第50話 終




