第41話
第41話
"不安な兆し"
午前6時…
目覚まし時計の音で、忌々しそうに起きる優子。
「…あれ?」
すぐに、楓が寝ていた隣のベッドが空になっている事に気付いた。
「すみません、入っても良いですか?」
「どうぞ」
凛が扉を開けて、部屋に入ってくる。
晴香も一緒だった。
「楓さんは…?」
楓の姿が見当たらない事に気付く凛。
「起きた時には、既に居なかったわ…」
「そんな…。どこ行っちゃったんだろう…」
晴香が、そう呟いた。
「…どういう事?」
「実は、有紀奈さん、茜さん、明美さん、葵さんの4人が見当たらないんです…」
瑞希が答える。
「見当たらない…?」
「はい。他の人は居るんですけど…」
優子は少し考える素振りを見せた後、クローゼットの前に歩いていきながらこう言った。
「5人揃って散歩…って事も無さそうね。着替えるから、ちょっと待っててもらえる?」
「わかりました」
部屋を出る晴香と凛。
「何となく、そんな気はしてたわ…」
優子はそう呟いて、溜め息を吐いた。
その頃…
「結衣姉、起きて」
「うーん…アブラハムってどんな味…?」
「…起きて」
「絶対、油っこい…」
「………」
3秒後、寄宿舎に結衣の悲鳴が響き渡った。
「…ほっぺた挟むの、ハマってるの?」
「一番効果があるからね」
「つねるだけじゃダメなんでしょうか…」
「うん」
「そうですか…」
2人が部屋を出ると、亜莉紗と美咲がそこに居た。
「おはよ。…悲鳴が聞こえたけど、何かあった?」
亜莉紗にそう訊かれ、無言で自分の頬を指差す結衣。
「あー…」
亜莉紗はそれを見て、全てを察した。
「おはよう、玲奈ちゃん!」
「おはようございます。他の方は…?」
美咲に挨拶を返し、辺りをキョロキョロと見る玲奈。
「まだ見てないよ。凛さんは先に起きて、どっか行っちゃったらしいけど…」
「お姉ちゃんも居ないよ」
いつの間にか美咲の後ろに居た風香が、そう言った。
「おはよう」
「…おはよう」
目を逸らして、小声で玲奈に挨拶を返す風香。
すると、優子と晴香と凛の3人も、5人の元にやってきた。
「おはよう、みんな。朝っぱらから嫌なお知らせがあるわ」
「嫌なお知らせ…?」
苦笑いを浮かべる結衣。
優子は窓の外を眺めながら、こう言った。
「…今ここに居ない人達が、先に出発したみたいなの」
「先に出発って…和宮町に…?」
玲奈の質問に、優子は曖昧に頷く。
「多分ね…。トラックが一台、無くなってるの」
優子が指差した窓の向こうには車庫があり、確かに一台分だけスペースが開いていた。
それを見て、呆然とする凛。
「どうして教えてくれなかったんですかね…」
「さぁね…。あなた達を、連れていきたくなかったんじゃないかしら」
「え?」
「どうせ有紀奈の事よ…。危険だから、仲間を連れて行くワケには行かない…とか考えたんでしょう」
彼女の言ってる事は、見事に的中していた。
「なるほど…。それでも、楓達の目は誤魔化せなかったって事だね」
「まぁ、今居ない人達って言ったら、到底騙す事なんてできないような人達だしね…」
結衣と亜莉紗が、呆れたようにそう言う。
すると、優子が携帯を取り出して、歩き出した。
「とりあえず、連絡してみましょう。どこに居るのかぐらいは、知っておかないとね」
他の一同も優子に付いていきながら、電話が通じるのを待つ。
しかし、いつまで経っても電話は通じなかった。
「………」
思わず嫌な事を考えてしまい、黙り込む優子。
「通じないんですか…?」
恐る恐る訊いてきた凛に、優子は小さく頷いて見せた。
その後も何度か電話を掛けてみたが、有紀奈からの応答は無かった。
「…みんな、今すぐ準備をして。急ぐわよ」
優子の様子から状況を察した一同は、駆け足で自分達の部屋へと戻っていった。
5分後…
それぞれ準備を終えて、トラックの前に集まる一同。
優子は全員が揃ったのを確認してから、話を始めた。
「揃ったわね。まずは今から、下りていった所にあるコンビニへと向かうわ」
「そこに…有紀奈さん達が居るんですか…?」
弱々しい声で訊く瑞希。
「それはわからないわ。…でも、昨日聞いた作戦が本当なら、彼女達は少なくともそこには寄ったはずよ」
「昨日聞いた作戦…?」
結衣がオウム返しにそう訊く。
「えぇ。弾薬や道具を保管しておく、"拠点"なるものを作ると言っていたわ。有紀奈本人がね」
「じゃあ、そこに居るかもしれないじゃん。早く行こうよ」
風香はそう言って返答を聞かずに、さっさとトラックに乗り込んでしまった。
「ちょ、ちょっと…」
「私も、急いだ方が良いと思います。…考えたくはありませんが、"万が一"があると思うので」
凛も、トラックに乗り込む。
すると、他の一同も2人に続いて、トラックの元へと歩き出した。
「…わかったわよ。どうせ、作戦なんて破綻するしね」
そう呟いて、まだまだ話す事がいくつかあった優子も、トラックに乗り込んだ。
「(みんな、不安でしょうがないのね…)」
優子は、そう思った。
いつもよりもスピードを出して、目的地のコンビニへと急ぐ優子。
「ゆ、優子さん、ちょっと飛ばしすぎじゃ…」
助手席に乗っている晴香が慌てながらそう言うが、優子はアクセルを踏む足の力を抜こうとしなかった。
「大丈夫よ。他の車なんて、間違っても通りはしないわ」
「で、ですが…」
その時、道の先に"何か"を見つける。
「ッ!?」
急ブレーキを掛ける優子。
"何か"とは、胸元に大きな口が付いている巨大生物だった。
「あいつは…」
その姿を見た結衣が、合同庁舎でも同じ個体を見た事を思い出す。
「知ってるの?」
「一応。弱点は背中です」
結衣の言葉を聞いて、苦笑いを浮かべる優子。
「…倒そうって言いたいの?」
「ありゃ?戦わないんですか?」
「そうしたいんだけど、大人しく通してくれるかしら…」
「そこまで優しい奴じゃないと思いますよ。…って事で」
結衣は言葉を切って、トラックを降りた。
「かかってこいやぁッ!」
「ちょ、ちょっと結衣姉!」
彼女を追って、玲奈も降りる。
優子はそれを見て溜め息を吐いた後、銃を持ってトラックを降りた。
「仕方ないわね…。みんな、奴を撃破するわよ!」
優子の号令を聞いて、他の一同もトラックを降りた。
「玲奈!"あれ"で行くよ!」
「…"あれ"、疲れるから嫌なんだけど」
「うるさい!ほら準備!」
「わかったよ…」
"あれ"とは結衣と玲奈の作戦の1つ。
玲奈が至近距離で標的の気を惹き、結衣が標的の周囲を周りながら銃弾を撃ち込み続ける、といったものである。
この時、玲奈はなるべく結衣の射線上に立たないように立ち回り、結衣は玲奈に銃弾を当てないように標的を狙う。
2人の息が合っているからこそ、成せる作戦だった。
始めに、玲奈が標的である巨大生物に接近する。
当然巨大生物は玲奈に掴みかかろうとするが、彼女はそれをギリギリで避けて、巨大生物の側面に回り込んだ。
そして、攻撃ではなく回避に集中する為、ナイフをしまったまま身構えて、結衣に視線を送る。
「結衣姉!いいよ!」
「はいよ!」
結衣は玲奈の合図を聞いて、巨大生物の周りを歩きながら銃の連射を始めた。
巨大生物が最初に狙いを付けたのは、攻撃している結衣の方。
しかし巨大生物が動こうとした瞬間、玲奈が側面から蹴りを入れた。
「こっちだよ。うすのろ」
巨大生物は玲奈の方に体を向けて、爪を構える。
その間も、巨大生物の弱点である背中は結衣の銃弾が襲っていた。
弾が切れ、再装填をしながら結衣が、玲奈に呼び掛ける。
「玲奈!大丈夫!?」
「余裕」
玲奈は巨大生物の連続攻撃を全て、容易く回避していた。
そんな2人を、遠くから呆然と見つめている一同。
彼女達が加勢する余地は、全く無かった。
「あはは…すごいね…」
「予想以上ですな…」
「………」
「え、援護した方が良いんですかね…?」
「止めておきましょう…」
2人の戦闘を始めて見た5人は当然驚いたが、凛と亜莉紗はこれと言った反応を見せない。
2人はもう、見飽きているのであった。
「優子さん。奴は2人に任せて、私達は他の相手をしましょう」
「他?」
凛に訊き返す優子。
すると、凛の代わりに亜莉紗が周囲を見渡しながら、こう答えた。
「どうやら、音を聞いて集まってきたみたいですよ。彼等」
いつの間にか、辺りに複数の患者が彷徨いていた。
「なるほど…。みんな!絶対に1人で戦わない事!必ず誰かと一緒に戦って!」
7人はそれぞれ、風香と凛、美咲と優子、晴香と瑞希と亜莉紗の振り分けで分かれ、戦闘を始めた。
第41話 終




