第40話
第40話
"先行作戦"
翌日…
時刻は、出発2時間前の4時。
寝静まっている寄宿舎の廊下を、歩いている人物が居た。
「(裏口ってどこなのかしら…)」
明美である。
彼女は昨日の夕方、有紀奈とこんな会話をしていた。
『明美、あなたは明日、4時に起きて頂戴』
『4時?』
『えぇ。先に、"拠点"の確保をしようと思うわ』
『拠点?』
『えぇ。弾薬や必要な道具を保管しておく拠点よ。合同庁舎に向かう2つの部隊は、近くの建物を拠点にするわ』
『建物?』
『ビルよ。何のビルかは知らないけど…。地下の調査の部隊は、優子達が今日行ったコンビニよ』
『コンビニ?』
『…えぇ。降りていった所にあるわ。そこに居る患者は、ウチの部隊が掃討したから大丈夫よ』
『どうして私だけ?』
『…極めて危険だからよ。大丈夫、私も行くわ』
『了解』
『やっと返事が聞けたわ…』
『集合場所は?』
『寄宿舎の裏口よ。…あぁそれと、この事は口外しないで頂戴。あの子達が付いて来たがるからね。それじゃ、また明日』
『え?』
『私は寝るわ。あなたも早く寝なさいよ?』
『はいはい…』
という会話であった。
「(全く見つからないわね…。どこなのよ…)」
イラつき始める明美。
すると、今歩いている通路の、突き当たりの曲がり角から、有紀奈が現れた。
「こっちよ」
「…場所の詳細くらい、教えときなさいよ」
ふてくされている明美を見て、嘲笑する有紀奈。
「悪かったわね。まさか、あなたの部屋を出てすぐに左を向けばある裏口を見つけられないとは、夢にも思わなかったのよ」
「…まずは右よ。迷路はそういう物よ」
「まずは辺りを良く見て頂戴…」
「…悪かったわね」
弁解は到底、無理だった。
裏口の前まで来た所で、明美が有紀奈にこう訊いた。
「…本当に私とあなただけなの?」
「他にも居ると思ってた?」
「思ってたわ…」
「残念だけど、私達2人だけよ。…でも、茜や優子ぐらいなら、連れてきても良かったかしら?」
有紀奈が冗談のつもりでそう言いながら、裏口の扉を開ける。
「あら、おはよう」
その先に、茜が居た。
「………」
苦笑する有紀奈。
「突然目が覚めちゃってねぇ…。散歩してたのよ~」
「…その腰の銃は何かしら」
「あら、必要になるでしょ?」
どうやら茜は、2人が早く出発する事を知っているようであった。
「どうしてこの事を…」
「私が教えたのよ」
停めてあるトラックの陰から、葵が現れる。
「ど、どうして…」
「うふふ…。あなたは隠し事が苦手なのね。昨晩の会話で、よくわかったわ」
葵は動揺している明美を見て、小さく笑いながらそう言った。
「…部屋に戻れって言っても無駄ね。良いわ、行きましょう」
「待ちぃや」
有紀奈がトラックに乗り込もうとしたその時、裏口の扉が開き、楓が姿を現す。
「ウチも連れてってもらうで。中々オモロそうやないか」
「ご自由に…」
有紀奈は大きな溜め息を吐いて、トラックに乗り込んだ。
「それで…今からどうするの?」
トラックの中で、後部座席に座っている茜が、運転している有紀奈に訊く。
「拠点の確保よ。まずは、この先にあるコンビニへ行くわ。…まぁ、患者は居ないハズだから"確保"と言うよりは"確認"ね」
「それだけなの?」
「えぇ」
「それなら、わざわざ私達が来る必要は無かったじゃない…」
「………」
有紀奈は、つっこむ気にもならなかった。
そこで、ずっと黙っていた楓が口を開く。
「拠点っちゅうのは、そこだけやないんやろ?」
「鋭いわね」
「和宮町からは遠すぎるからな。さしずめ、コンビニは地下の捜索の部隊の拠点で、他の部隊の拠点は他にあるっちゅう所やろ」
「…完璧ね」
有紀奈は彼女の洞察力に、感嘆した。
「合同庁舎に行く2つの部隊は、向かいにある建物を利用する予定よ」
「建物というと…ちっさいビルかしら?」
茜が思い出すように呟く。
「どうして知ってるの?」
「3日前…いえ4日前ね。その時の記憶よ」
「ふーん…」
「…昔から、記憶力だけは良いわよね。あなた」
「失礼ね。知識も運動神経も美貌も胸も、姉さんより上よ」
「自分に自信を持ちすぎな所も、変わってないわ…」
それから10分後、トラックはコンビニへと到着した。
「これはまた派手にやったわね…」
大量の死体や血痕を見て、苦笑いを浮かべる葵。
「本当に残ってないのかしらね…」
意味深にそう呟いたのは、茜だった。
「何を見て、そう思ったのかしら?」
明美が訊く。
「あれやと思うで」
楓が顎でしゃくった方向を見てみると、マンホールの中から、患者が出てきている所だった。
「はぁ…。やるわよ、準備して頂戴」
一同はそれぞれ武器を持って、散開した。
戦闘を始めると同時に、辺りにも患者が何体か居る事に気付く。
「多いわね」
患者を蹴り飛ばして、後ろに居た葵と背中合わせになる茜。
「少ない方よ」
「思ったよりも…って意味よ」
「なるほど…」
2人はニヤリと笑った後、再び離れて戦い始めた。
一方、一番患者が密集している場所で戦っている有紀奈と楓。
2人はいつの間にか、背中合わせになっていた。
「えーと…」
名前がわからなくて、楓の顔を見る有紀奈。
楓は彼女の言いたい事を察して、こう言った。
「朝霧や。あんたは?」
「速水よ。よろしく」
「おう。ちなみに、こっちはそろそろ終わるで」
「早いわね…」
「まぁな」
そこで一旦会話は途切れたが、銃の再装填をしている時に、有紀奈が楓に話し掛けた。
「"この道"はどのくらいになるの?」
「…かれこれ、10年くらいになるな」
有紀奈はそれを聞いて、思わず楓の顔を再び見る。
「…あなたいくつ?」
「24や」
「14歳の頃から…って事?」
「そうなるな」
「へぇ…」
そこで一度、正面の患者に視線を移し、なぎ払うように撃って仕留めた後、再び楓に視線を移す。
「…まだ何か訊きたいんか?」
「いえ…。ただ、驚いただけよ」
「そないに珍しい事やないで。…爪弾きに、年齢なんか関係あらへん」
「………」
有紀奈は楓に、裏の世界に入った理由を訊こうとしたが、彼女の複雑な表情を見て、訊くのを止めた。
そんな中、1人で黙々と患者を倒している明美。
彼女は今、店の中へ入る所だった。
「(5体…。いや、奥にもう2体ね)」
銃を再装填して、患者に狙いを付ける。
1体目の患者を撃ち抜くと同時に、他の患者も明美に気付いて近付いてきた。
それを、冷静に1体1体頭を撃ち抜いていく。
4体目までは難なく始末できたが、5体目に銃口を向けた時、予想外の展開に遭遇した。
「(兵器も居るのね…)」
店の奥から、患者の死体を乱暴に持った盲目の兵器が現れた。
しかし、予想外とは言ったものの、彼女に怯んだ様子は全く持って無い。
むしろ、やる気が起きたようであった。
手始めに、盲目の兵器の胴体に銃弾を撃ち込む。
明美が使用している銃は殺傷能力に長けており、撃たれた盲目の兵器は大きく仰け反った。
残っている辺りの患者を撃ちながら、明美は盲目の患者にゆっくりと歩み寄る。
すると、体勢を立て直した盲目の患者が明美に向かって、勢いよく突進をしてきた。
それを、横に一歩だけ動いて避ける。
振り返りざまの爪によるなぎ払いのような攻撃も、少し体を反らすだけで避けて、そのまま兵器の頭部に銃口を突き付けた。
しかしその時、突然彼女の背後にあるガラスがけたたましい音と共に割れ、爪が血まみれになっている巨大生物が姿を現す。
明美は素早く振り向いたが、その時には既に巨大生物は爪を振り上げていた。
「(間に合わないッ…!)」
わかっていても、体が動かない。
巨大生物の爪が顔面に刺さる直前で、明美はその攻撃を腕で受け止めた。
「うぅッ…!」
耐え難い痛みに、思わず声が漏れる明美。
巨大生物は爪を引き抜かずに明美の腕に刺したまま、左手で彼女の首を鷲掴みにする。
とどめを刺そうと巨大生物が左手に力を入れようとした瞬間、巨大生物の眉間に、1つの風穴が開いた。
首を掴む力が抜けて、明美は地面に崩れ落ちる。
「な…何が…?」
咳込みながら外を見てみると、かなり遠い場所から、こちらに銃を構えている楓の姿が見えた。
それと同時に葵と茜が駆けつけて、明美を挟むように巨大生物と盲目の兵器の前に立ち塞ぐ。
葵に爪を振り上げた盲目の兵器は一瞬で真っ二つになったが、巨大生物は現状の不利を察して逃げ出した。
しかし、出口の前で待ち伏せしていた有紀奈が、走ってきた巨大生物に体当たりをする。
そして、転倒した巨大生物の顔面を、茜の踵落としが捕らえた。
「明美!」
敵の全滅を確認して、明美に駆け寄る有紀奈。
「大丈夫、生きてるわ…。…腕はちょっとわからないけど」
明美は力無く笑って、動かなくなった自分の右腕を見た。
「有紀奈、明美を頼むわよ。私と姉さんで、患者が残ってないか確認してくるわ」
茜がそう言って、葵を引っ張って外に出る。
すると、2人と入れ替わるように楓がやってきた。
「さっきはありがとう。お陰で命までは取られずに済んだわ」
「…重傷みたいやな」
「まぁね…」
明美は再び力無く笑った後、立ち上がって店を出ようとする。
それを、有紀奈が止めた。
「安静にしてなさい。治療道具なら、私が持ってくるから」
そう言って店を出て、治療道具を取りにトラックへと向かう有紀奈。
「これじゃ足手まといね…」
明美はそう呟いて、溜め息を吐いた。
第40話 終




