第4話
第4話
"浮かび上がる謎"
「…それで、警察署のどこを探索するの?」
玲奈は足元に倒れている患者が動かなくなった事を確認して、亜莉紗の方を見る。
「知らない」
「………」
玲奈の怒りが頂点に達する寸前で、結衣が歩き始めた。
「とりあえず1階を探そう。2階には患者が居るみたいだし」
「賛成ー」
「(耐えるの…耐えるのよ私)」
1階には患者の姿が見当たらなかったが、変わりに幾つかの死体と見覚えのある薬莢が落ちていた。
「また薬莢…さっきと同じ物だ」
「って事は、この先に居るのかな」
そう言って、ハンドガンを取り出す亜莉紗。
それを、玲奈が横目で見る。
「へぇ、銃持ってるんだ」
「一応ね。トラップだけじゃ戦えないし」
「何か、中途半端だね」
「…冷たくない?」
「よく言われる」
2人が話していると、先頭を歩いていた結衣が突然立ち止まった。
「…結衣姉?」
「…静かに。何か聞こえる」
「何かって…」
亜莉紗が訊こうとした瞬間、近辺の窓ガラスが一気に全て割れ、大量の患者が流れ込んできた。
「な…何!?」
「ちっ…逃げるわよ!」
素早くその場から離れようとした結衣であったが、患者がすぐに行く手を阻んだ。
「っと…準備して!」
「やっぱり戦うんだ…」
「後ろは任せて!」
3人対約20体の戦い。
絶望的な数であるはずだが、彼女達は動じていなかった。
「さてと…」
振り返って背後の方に居る患者を見ながら、何かを取り出す亜莉紗。
取り出した物は、黒い液体が入ったビンと、長くて細い針金のような物だった。
最初に針金を通路の壁に引っ掛け、それを引っ張って同じように反対側の壁にも引っ掛ける。
そして、ビンに入った黒い液体を、張られた針金の下の床にバラまいた。
「…何それ」
「まー見てなさい」
玲奈は患者を斬りつけながら、亜莉紗の作った仕掛けに目を向ける。
そして、そのトラップが作動した時、彼女は思わず感嘆した。
そのトラップの仕組みは以下の通り。
まず、最初に彼女が仕掛けた針金のような物は、ダイヤモンドで作られたワイヤーであり、人体を切断してしまう程鋭利な物である。
床にバラまいた黒い液体は、重油を更に滑りやすく改良した物。
話を纏めると、液体で転ばせてワイヤーで切断する、という事である。
そのトラップは、見事に功を奏した。
患者は次々と液体を踏んで転倒し、その先に張られているワイヤーの餌食になっていく。
3人の後ろの患者が全滅したのは、約10秒という早さだった。
「やるじゃん」
「まぁね」
「じゃあこっち手伝って」
「…え?」
「え?じゃないよ。ほら、早く撃って」
「しょ、しょうがないなぁ…」
冷や汗をかきながら、銃を構える亜莉紗。
玲奈は彼女の手が震えている事に気付いた。
「…何で震えてるの?」
「…発砲するのは初めてだったりするの」
「………」
大量の患者は、あっという間に全滅した。
「さて行きましょうか」
「待って結衣姉。手分けしない?」
「手分け?」
「うん。1階だけでもかなり広いし、その方が早く済むよ」
「3人しか居ない件について」
亜莉紗の言葉に、結衣が反応した。
「私が1人で行くよ。玲奈、亜莉紗をお願いね」
「了解」
「…ん?普通逆じゃないのかな」
結衣は次の分かれ道で2人と分かれ、1人で探索を始めた。
玲奈と亜莉紗の2人は特に探索する当ても無いので、とりあえず適当に歩き回る事にする。
「そういえば、ファイルってどんな物なんだろうね」
「中身の話?」
「いや見た目」
「…嘘でしょ?」
あまりの驚きに呆然とする玲奈。
「依頼の対象がどんな物かも知らないで来たの?」
「ファイルはファイルでしょ?それ以下でもそれ以上でも…」
「そのファイルの特徴も知らないで、どうやって探すつもり?」
「…あ」
玲奈は大きな溜め息を吐き、ポケットから一枚の写真を取り出した。
「これに写ってるファイルを探すの。わかった?」
「色は緑で…意外と厚いのね」
「意外と、って何よ…」
呆れながら写真をしまう玲奈。
すると、亜莉紗に1つ疑問が浮かんだ。
「…ちょっと待って」
「何?」
「その写真…依頼主が撮ったのかな?」
「そうなんじゃないの?」
「だとしたら、変だよ」
「回りくどいわね。ハッキリ…」
そこまで言って、玲奈も気付く。
「気が付いた?写真を撮ったって事は、ファイルが手元にあるって事じゃん」
「…無くしたりしたんじゃないの?そうだとすれば、写真は無くす前に撮ったって事になるし」
「確かに」
頷く亜莉紗。
しかし、玲奈はすぐに自分の臆測を否定した。
「…でも、やっぱり変だよね。ファイルの写真を撮るなんて」
「依頼した人数から考えて、かなり重要な物なんじゃないの?」
「重要なら無くさないと思うけど」
「だったら…」
2人は顔を見合わせて、同時にこう言った。
「奪われた」
和宮病院…
「葵さん」
「どうしたの?」
「しりとりしようや」
「…いきなり?」
「さっきから同じ景色ばっかりで飽きてきてな」
一方、和宮病院の地下を探索している楓と葵の2人は、複雑な構造にやはり迷っていた。
「いいけど、"る"攻め禁止?」
「なんや"る"攻めって」
「知らないの?"破る"とか"斬る"みたいな言葉だけで返す戦法」
「…"る"から始まる言葉って、意外と思い付かんもんやな」
「じゃあ、無しにしましょう」
「せやな」
「私から行くわよ」
「ええで」
「タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアポカイフェヌアキタナタフ」
「止めよか」
「あら残念」
そんな2人の前に、1体の患者が現れた。
面倒臭そうに銃を構える楓。
「こいつの相手もええ加減飽きてきたな」
「…待って」
葵が何かを感じて止めようとしたが、楓はそれよりも早く引き金を引いてしまっていた。
「…なんやマズかったか?」
「…殺気を感じたの。こいつの物じゃない」
「殺気…?」
楓が訊く前に、何かがこちらに走ってくる足音が聞こえた。
「…来るで」
「…えぇ」
足音の正体が2人の前に現われる。
それは、長い爪を持ち、聴覚が異常なまでに発達している盲目の患者だった。
「初めて見る奴やな」
「そうね」
しかし、葵の剣術には到底適わなかった。
刀を素早く抜刀して、走ってきたその患者の腹部を斬る。
患者は葵の横を通り過ぎた後、上半身と下半身が真っ二つになって絶命した。
「葵さん」
「何かしら?」
「…あんた、おかしいわ」
「誉め言葉として受け取っておくわ。行きましょうか」
「ほんまに有り得へんで…」
それから歩き続ける事約10分。
2人は上へと戻る階段を見つけた。
「やっと見つけたわね」
「戻るんか?この階はあまり調べてないで」
「大丈夫、この階には何も無いわ」
「ほう、随分とハッキリ言い切るんやな。根拠は何や?」
「勘よ」
「………」
2人は階段を上っていった。
第4話 終