第39話
第39話
"言えない事"
「あれ?もう夕食作ってるの?」
「早いわね」
結衣と葵がカップ麺を啜りながら、食堂に現れる。
玲奈は結衣に気付くと、彼女の手元のカップ麺を見て溜め息を吐いた。
「…結衣姉、夕食食べれるの?」
「余裕」
そこに、優子も現れる。
「はぁ…はぁ…。カップ麺食ってる奴に…追いつけないなんて…」
「ごちそうさま~」
「でした~」
何故か、葵と結衣は徹底的に優子を挑発していた。
「あら、これまた醜い姿でご登場ね。姉さん」
「あら、あなたも居たのね。粗大ゴミと見間違えてしまったわ」
視線が合うなり、不気味な笑みを浮かべる葵と茜。
「まーた始まった…」
「無視無視」
美咲と風香は2人を見て、呆れながら厨房へと戻っていった。
一方、特に何もしていない一同を傍らに、ひたすら料理に勤しむ晴香と玲奈。
「赤城さん。盛り付けは適当で大丈夫ですか?」
「うん。乗っけるだけで良いよ」
「わかりました」
普段から料理をしている2人の手際は、見事な物だった。
一段落ついた所で、玲奈が晴香に訊く。
「赤城さんって、苦労してますね…」
「どういう点でかな?」
「妹の事とか…」
玲奈は食堂の方に居る風香を見ながら、そう言った。
「あはは…。まぁ、確かに色々と難しい子だね…」
「…ですよね」
「でも…」
晴香はそう言い掛けて、隣に居る玲奈に視線を移す。
「あの子ね、ここぞという時には、誰よりも頑張るんだ」
「頑張る…?」
「そう。自分を犠牲にするくらいの覚悟で、友達を守ろうとしたりね。…本当は、優しい子なの」
「へぇ…」
「それに、あの子結構寂しがり屋なんだ。本人は、1人で居る方が気楽だとか言ってるけどね」
玲奈はそれを聞いて、もう1度風香を見た。
「…歳はいくつなんですか?」
「15だよ。玲奈ちゃんより年下…かな?」
「…大差ないです」
「そっか。…仲良くしてあげてね」
「は、はい」
慌てて返事をする玲奈。
どことなく、晴香の表情は寂しそうに見えた。
「終わったの?」
厨房に、風香が顔を出す。
「まだ。後少しかな」
晴香が答えると、風香は置いてあるエプロンを手に取った。
「じゃ、手伝う」
「え!?今なんて…」
「…手伝う」
「う、うん…。ありがとう…」
「…どうしたんですか?」
何故か呆然としている晴香を、玲奈が見る。
すると、風香と一緒にやってきた美咲が、彼女の疑問に答えた。
「風香ちゃん、今まで料理を手伝う事なんて、1度も無かったらしいよ…。こりゃ珍しい…」
「そうなんですか…」
まじまじとこちらを見ている玲奈に気付き、恥ずかしそうに目を背ける風香。
「…何」
「別に…」
玲奈はしばらく風香を見つめて、彼女をいじめた。
「えーと…。それじゃ、美咲は私とスープ作り」
「おいっす!」
「風香は玲奈ちゃんと野菜を切ってね」
「…わかった」
まな板の前に立って、慣れない手付きで包丁を持つ風香。
隣に居る玲奈がそれを見て、彼女の手を止めた。
「持ち方違うよ。ナイフじゃないんだから、こうやって持つの」
「…いいじゃん別に。切れれば良いでしょ」
「良くないよ。怪我する前に直しときな。まず、しっかり握って…」
風香にあれこれと指導を始める玲奈。
晴香と美咲はそれを、後ろからこっそりと見ていた。
「あの2人、何か姉妹みたいだね!」
「えぇ。…良かった」
微笑む晴香。
しかし、
「だから違うって。左手で切る物を支えるの」
「今やろうとしてたんだよ」
「支える時は指を折り曲げるの」
「うるさいなぁ、もう…」
仲が良いというワケでは無かった。
夕食の時間になり、食堂に集まる一同。
射撃訓練所に居た4人はすぐにやってきたが、明日の準備をしている有紀奈と明美の2人が、中々やってこなかった。
「遅いわね…」
時計を見て、葵が呟く。
すると、邪な妄想をした茜が、突然顔を上げてこう言った。
「まさかあの2人…!」
「黙りなさい、百合女」
葵が遮る。
「いや、これはもうそうとしか考えられないわ」
「黙れと言っているのよ。あなたの発言は、年頃の少女達に悪影響を与えかねないわ」
「年頃の少女達にこそ、こういう要素は必要なのよ姉さん」
「あなたのは毒素よ」
「あら、姉さん上手い事言うわね…」
「でしょう?」
周りの一同は、付いていけずに困惑していた。
「よし。2人の事は放っといて、先に食べよう」
「それはダメでしょ…。来るまで待つわよ」
結衣の身勝手な提案を、凛が反対する。
「私は結衣ちゃんに賛同するわ」
そう言ったのは、葵だった。
それを聞いて、優子が溜め息を吐く。
「…2人はカップ麺食べたでしょ?少しくらい待ちなさいよ」
「やだ」
「やだ」
「………」
呆れて、何も言えなかった。
その時、茜の携帯が鳴り出す。
「有紀奈?」
一同の視線が、茜に集まった。
『えぇ。ちょっと遅れそうだから、先に食べてて頂戴』
それを聞いて、何故か小さく笑う茜。
「…大丈夫、詳しい事は訊かないわ」
『…は?』
「でも1つだけ教えて。あなた達、初め…」
『切るわよ』
茜が言葉を言い切る前に、有紀奈は電話を切った。
「もう…恥ずかしがり屋さんなんだから…」
「茜さん、何て言い掛けたんですか?」
そう訊いてきた純真無垢な瑞希を、茜はいやらしい目で見る。
「うふふ…。知りたいの?瑞希ちゃん」
「や、やっぱりいいです…」
瑞希は、訊いてはいけないなと思った。
夕食が終わり、食器類を片付けて一息つく一同。
「さてと…」
優子は晴香が淹れたお茶を一口飲んだ後、話を始めた。
「明日について、決まってる事だけ話させてもらうわ。まず、移動手段はヘリを…」
「1機だけかしら?」
茜の質問に、優子は首を横に振る。
「いえ、2機よ。峰岸恭子の身柄確保の部隊と、ファイルの入手の部隊に1機。もう1機は、地下の捜索の部隊によ。使用する物が多いからね」
「使用する物…とは?」
そう訊いたのは凛。
「地下は激戦区になると予想されるわ。大量の弾薬、予備の武器、その他諸々よ」
「なるほど…」
「出発時間は6時よ」
「6時ッ!?」
声に出して喫驚したのは結衣だけであったが、他にも数人が同じ反応を見せた。
「…先に言っておくけど、変更はできないわ。起きる自信が無い人は、今すぐ寝たほうがいいんじゃないかしら?」
「…ほんなら、ウチは失礼させてもらうで」
楓が立ち上がる。
「それじゃあ私も、部屋に戻ります」
「私も」
「わ、私も自信ないので…」
「私も戻るわ」
続くように、晴香、玲奈、瑞希、葵も立ち上がる。
食堂には優子と、朝が苦手であるハズの結衣、亜莉紗、風香、美咲、茜の5人が残った。
「…どうしてあなた達が残ったのかしら」
優子の言葉に、結衣が気だるそうに椅子に座りながら答える。
「焦らない焦らない…一休み一休み…ってね」
「…明日、しっかり起きなさいよ?」
「大丈夫、起きれるよ。多分恐らくきっと」
「1時間後ぐらいには就寝してね…。お願いだから…」
そんな優子の思いも虚しく、結衣達が部屋に戻ったのは、それから2時間後の事だった。
「もうやだ…」
時刻が8時過ぎになった所で、有紀奈と明美を含めた全員が、それぞれ自分達の部屋へと戻る。
しかし、就寝した者は居らず、和気あいあいと話をしているペアが多かった。
そんな中、他と違って神妙な雰囲気で話をしているペアが1組。
「…夕方、何をしていたの?」
「…明日、教えるわ」
葵と明美のペアだった。
「今知りたいわね…。言えない事なのかしら?」
葵は目を細めて、明美を見つめる。
「…言えないわ」
明美は葵から視線を外して俯きながら、そう言った。
「…そう。おやすみ」
ベッドにもぐり込む葵。
「………」
明美はきっぱりと詮索を止めた葵に驚き、しばらく彼女を見つめていた。
「…あら、寝ないの?」
「…いえ、ごめんなさい」
「どうして謝るのかしらね」
「な、何でもないわ…」
明美は少し慌てた様子で、ベッドにもぐり込んだ。
第39話 終




