第38話
第38話
"変化"
「ねぇ、明日は何時に出る予定なの?」
「6時よ」
「…午後?」
「冗談おっしゃい。朝よ」
銃器管理室の中へと入っていく、有紀奈と明美の2人。
「…朝6時に起きるなんて、学生時代以降初めてだわ」
「不規則ね」
「規則正しい生活をする程、生真面目な女ではありませんよ…」
嫌味っぽくそう言って、近くにあった銃を手に取る。
「へぇ。結構種類あるのね」
「ウチは人間が相手とは限らないからね。…って、勝手に触らないで頂戴」
「はいはい…。弾、貰ってくわよ」
「…何だかいきなり馴れ馴れしくなったわね。あんた」
「そうかしら?」
有紀奈は溜め息を吐いた後、盗用防止のガラスの鍵を開けて、明美に2つの小銃を渡した。
「…まぁいいわ。これとこれ、持って頂戴」
「K1?こんな銃を使う子が居るの?」
「晴香ちゃんよ」
「そっちのMP5A5は?」
「瑞希ちゃん。…一々銃の名前を言う必要は無いんじゃない?」
「そうかしら?」
2人は3回に分けて、銃器や弾薬を屋上に運んだ。
最後の往復の時に、明美が有紀奈に質問をする。
「1つ訊いてもいいかしら?」
「何?」
「…晴香って子の、両親は?」
予想だにしていなかった質問に、有紀奈は思わず彼女を見る。
「…頭でも打ったのかしら」
「失礼ね。…ただ、ちょっと気になっただけ」
「ふーん…」
有紀奈はしばらく明美を見つめてから、話し始めた。
「5年程前に離婚したそうよ。父親の行方はわからないらしいわ」
「母親は?」
「…亡くなったわ」
「…そう」
明美はそれを聞いて、事故や病気だと思い込む。
しかし、有紀奈が本当の死因を、彼女に教えた。
「…感染したのよ。D細菌にね」
「え…?」
「最後は、妹の風香ちゃんが頭を撃ち抜いたらしいわ」
呆然として、立ち止まる明美。
「そんな…」
「そんな…ですって?」
有紀奈は振り返って、突然明美の胸倉に掴みかかった。
「少しは自覚を持ちなさい…自分が何をしたのかをね…」
「………」
「自分で自分に害を与えるだけなら、私は何も言わないわ。…でも、あんたは自分の利益を生む為に、他人の家族を殺してる。そういうの、私は大嫌いよ…!」
「………」
「あんたがあんな物を作らなければ…あの2人だって…!」
長い間、沈黙が続く。
しばらくした所で、有紀奈はゆっくりと手を離した。
「こんな事言っても、無駄な事ぐらいわかってる。…ごめんなさい」
「あなたが謝る必要なんか無いわ。…私は弁解なんてするつもりは無い。私のやった事は、決して許されないから」
そう言って、重い足取りで歩き始める明美。
「当然、許して貰おうだなんて思ってないわ。…でも、今回だけは一緒に戦わせて」
「何故」
明美は有紀奈に背中を向けたまま、こう答えた。
「彼女達だけは、守りたいから…」
「…そう」
「最初に言っておくわ。気に入らないのなら、今すぐ撃ち殺してもらっても結構よ」
「………」
早足で明美に歩み寄る有紀奈。
突然、後ろから明美の頭をひっぱたいた。
「痛ッ!?」
「かっこつけてんじゃないわよ。…確かにあんたの事は気に入らないし、ぶっ殺したいのは山々だけど」
それを聞いて、鼻で笑う明美。
「ふん…。だったら…」
「話を最後まで聞いて頂戴。…あんたには、しっかりと彼女達を守ってもらうわ。それまで、死ぬなんて許さないわよ」
有紀奈がそう言うと、明美は静かに笑った。
「…ふふ」
「…何がおかしいのよ」
「別に…」
「全く…」
敵と味方の関係である2人。
にもかかわらず、2人は笑っていた。
射撃訓練所…
「よっしゃ。宮城、得点競うか」
「嫌です」
「何でや?」
「勝てない勝負はしない主義なんです」
『はいはーい。始めますよー』
亜莉紗のアナウンスを聞いて、銃を構える楓、凛、瑞希の3人。
『はーい。よーいスタート…』
正直眠りたいと思っていた亜莉紗の、気の抜けた合図と同時に、的の出現が始まった。
ベテラン2人との合同訓練に、瑞希は中々緊張が解けない。
その点もあったかもしれないが、やはり破壊数は楓と凛が大半を占めた。
「(5枚も撃ってない…!どうしようどうしよう…)」
次第に、瑞希は焦燥し始める。
その結果、彼女の破壊数は4枚で止まってしまった。
訓練が終わり、瑞希は思わず溜め息を吐く。
すると、彼女の前に楓がやってきた。
「射撃は焦ったら終わりやで。狙った1枚を、確実に仕留める事だけを考えろや」
更に、凛もやってくる。
「銃を変えてみたらどうかな?その銃、あなたには大きすぎると思うよ」
凛はそう言って、瑞希が今使っている銃よりも一回り小さい銃を、彼女に渡した。
「はい!もう1回お願いしても良いですか?」
「もちろん!頑張ってね!」
「ほな、やるか。おい上条」
『はいはーい…。ふあぁ~…』
亜莉紗は大きな欠伸をして、訓練開始のボタンを押した。
「(狙った1枚だけに集中する…)」
楓のアドバイスを意識しながら発砲する瑞希。
当然、効果がすぐに現れるような事は無かったものの、焦らずに射撃をできるようにはなった。
結果は、さっきより2枚多い6枚。
それでも、瑞希は少しだけ自信を持てるようになった。
「さっきよりは、良くなったやないか」
楓の言葉に、照れ笑いを浮かべる瑞希。
「えへへ…ありがとうございます。でも、記録は6枚です…」
「記録なんか、どうでもええねん。実戦に活かせるかどうか、それだけや」
すると、凛が今回の訓練の記録を見ながら、楓にこう言った。
「…楓さん。私達が抜けた方が、練習になるんじゃないですか?」
「アホ。ウチらかて、まだまだ未熟やないか。常に精進せなアカンで」
「1人で31枚破壊したあなたに言われると、皮肉に思えますよ…」
3人はその後も、夕食の時間になるまで、ずっと射撃訓練をしていた。
ちなみに、
「眠…」
亜莉紗も付き合わされた。
厨房…
「さてと…何を作ろうかな」
「あれ?決まってないんですか?」
エプロンを着けながら、玲奈が晴香に訊く。
「うん。食事関連の事は、全部私が担当してるの」
「大変ですね…」
「まぁね…。でも、居候させてもらっちゃってるし、これぐらいはしないとね」
「尊敬します」
そこに、茜がやってくる。
「ねぇお2人さん、裸エプ…」
茜が何かを言い切る前に、風香が彼女の背中を蹴りつけた。
「寝てろ」
「もう…痛いわねぇ…。でも、大丈夫。そんなあなたも素敵よ?」
「消えろ」
「うふふ…。残念だけど、2回目は当たら…」
言葉を言い切ってすらいない茜に、容赦なく蹴りを入れる風香。
「ちょ…喋ってる間は無しよ…」
「次はどこがいい?顔でも良いよ」
「一部の業界ではご褒美ね」
「黙れ!」
晴香と玲奈は、2人を無視して料理に取り掛かった。
「私は何をすれば良いの?」
晴香の元に、美咲がやってくる。
「そうね…。私は大丈夫だから、玲奈ちゃんを手伝ってあげて」
「あいあいさー!」
玲奈の元へと駆けつける美咲。
「玲奈ちゃん!何か手伝える事無いかな?」
「そうですね…。今の所は大丈夫なので、赤城さんを手伝ってあげてください」
「任せなさい!」
再び晴香の元へ。
「晴香!手伝える事無い?」
晴香は少し考える素振りを見せた後、未だに騒いでいる風香と茜を指差した。
「それじゃ、あの2人を止めてきてもらえる?」
「了解~!」
走り出して、すぐに立ち止まる美咲。
「…私、お荷物?」
振り返りながらそう訊いてきた美咲を、晴香は3秒程見つめてから、笑顔でこう答えた。
「そんな事ないよ」
「今の間は何ですか!?」
第38話 終




