第37話
第37話
"消えない過去"
射撃訓練所の中に、銃声が鳴り響く。
それは、瑞希の銃による物だった。
訓練が終わり、ブザーが鳴る。
『終了…。26枚破壊だね』
場内アナウンスの声は、亜莉紗の声だった。
「も、もう1回お願いします!」
『これでぶっ通し10回目だよ?少しは休憩しなって…』
「大丈夫です!」
そうは言いつつも、肩で息をしている瑞希。
『…わかったよ。その代わり、次休憩だからね?』
「はい!」
亜莉紗は訓練開始のボタンを押して、椅子に深々と座り込んだ。
「引け目を感じてるからって、ここまでしなくてもさ…」
必死に的を撃ち抜く瑞希の姿を見て、亜莉紗は思わずそう呟く。
瑞希はさっきの実弾演習にて、他の一同と比べて自分があまり役に立ってないと感じ、亜莉紗を捕まえて射撃訓練にいそしんでいた。
「…ま、気持ちはわかるけどね」
最後の成績は、27枚だった。
『お疲れ様。さ、約束通り休憩だよ?』
「わかりました…」
がっくりと肩を落として、棚の元までとぼとぼと歩いていく瑞希。
銃を棚に戻して、溜め息を吐いた瞬間、突然頬に冷たい感触が走った。
「ひゃあッ!」
「あはは!良い反応だねぇ!」
振り返ると、缶ジュースを持ってニヤついている亜莉紗が居た。
「びっくりさせないでくださいよぅ…」
「ごめんごめん。はい、喉渇いてるでしょ?」
「あ、ありがとうございます…」
休憩室に入り、椅子に腰掛ける2人。
「瑞希ちゃんって、いくつなの?」
「じゅ…15です…」
「と言うと…中学生?」
瑞希は少し考えた後、小声で答えた。
「一応…」
「…そっか。今は、違うんだよね」
「………」
複雑な心境になって、黙り込む瑞希。
すると、亜莉紗は思い出すように、とある話を始めた。
「…私が"裏"で生活するようになったのは、4年前だっけな」
「?」
「とにかく荒んでてね…。髪も、その時染めたんだ」
そう言って、自分の金髪を指で弄ぶ。
「荒んでた…ですか?」
「うん。それで、1年くらい走ってたっけな」
「走ってた…?」
「バイクでね」
瑞希はそれを聞いて、亜莉紗の顔を二度見した。
「俗に言う"レディース"ってヤツかな?毎日毎日、飽きもせずに走ってた…」
「ぼ、ぼ、暴走族…ですよね…?」
「そ。…とは言っても、小さいグループだったけどね」
「そ、そそ、そうなんですか…」
目の前に居る少女が元暴走族だと知って、小さくなる瑞希。
そんな彼女を見て、亜莉紗は吹き出すように笑い出した。
「あはは!大丈夫、今は違うよ。ある事がキッカケで、やめたの」
「ある事?」
「…人、轢いちゃったんだ」
「え…?」
耳を疑う瑞希。
「…忘れもしない。道を渡ろうとしてた親子だった。子供の方は軽傷だったんだけど、お母さんの方は即死」
「………」
「それからはもう、グループの仲間からも軽蔑されて、世間からも爪弾き。…ま、当然の報いだけどね」
亜莉紗は力無く笑った。
「…それから、どうしたんですか?」
「結衣に会ったの」
「結衣…?」
「ほら、昼食の時に、がっついて食べてた奴。そいつがね、"背負っちゃったなら、しっかり背負って生きていきなよ。それがどんなに重くてもね"って言ったの」
「………」
「それを聞いたら、何だか泣きたくなっちゃってさ。一晩中大泣きしてたっけ」
亜莉紗の話が止まり、瑞希が彼女を見る。
彼女は泣いていた。
「時々、その親子が夢に出るんだ…。その度に、全部投げ出したくなる。いっそ、死んで償ってしまえってね」
そこまで言って、涙を拭う。
「…でも、そんな事は許されない。私が死んだって、その子のお母さんは帰ってこない。だから私は、一生恨まれながら、憎まれながら生きていくの。それが私にできる、精一杯の償いだと思ってる」
「上条さん…」
亜莉紗はもう一度目元を拭って、立ち上がった。
「ごめんね!いきなりこんな話に付き合わせちゃって」
「い、いえ…。でも、どうして私に…?」
「んー…。何だか、似てる気がしてさ。話したくなっちゃったの」
「似てる…とは?」
「周りとの差を、必死に努力で補おうとする所。私も昔、結衣や玲奈ちゃんに追いつこうと、色々考えたんだ」
そこで入口の扉が開き、有紀奈が姿を現す。
「2人共、話し合いをするから、食堂に来て頂戴」
「はい!後で行きます!」
亜莉紗は瑞希に手を差し出して、笑顔でこう言った。
「お互い、頑張ろうね!」
「はい…!」
瑞希も、笑顔でその手を取った。
食堂…
「あら、2人足りないわね」
集まった一同を見回して、茜が呟く。
「射撃訓練所に居るわ。後で来るそうよ」
「………」
「…何か言いたそうね」
「あの2人、デキて…」
「黙りなさい」
すると、明美が呆れた様子で2人に言った。
「ちょっと。今回ぐらい真面目に話し合いましょうよ」
「私は別に…」
「有紀奈、素直に謝りましょう」
「悪いのはあんたでしょうが!」
しばらくした所で亜莉紗と瑞希もやってきて、明日についての会議が始まった。
「まず、明日の計画について話すわ」
「その前に、1つ訊いていいかしら?」
茜が話を止める。
「…何よ」
「あなた、結構仕切りたがり屋さんなのね」
有紀奈は当然、それをスルーした。
「…明日は複数の部隊に分かれて、それぞれ違う目的に取りかかってもらうわ」
「違う目的…」
凛が呟く。
「1つは、あなた達の目的であるファイルの入手。次に、峰岸恭子の身柄確保。最後は、地下の調査よ」
「最後が、一番ヤバそうっすね…」
「…2番目も、十分しんどいと思うで」
そう言ったのは、結衣と楓。
「メンバーの振り分けは話し合いの結果、以下の通りになったわ。よく聞いてて頂戴」
有紀奈が発表したメンバーは、ファイルの入手に亜莉紗、晴香、瑞希、優子の4人。
峰岸恭子の身柄確保には、凛、楓、美咲、有紀奈、明美の5人。
最も危険と思われる地下の調査には、結衣、玲奈、葵、風香、茜の5人という振り分けだった。
「異議がある人は居るかしら?」
「異議あり」
そう言ったのは、風香だった。
「聞かせて頂戴」
「どうして私が地下なんですか」
「適任だからよ」
風香はそれを聞いて、一瞬玲奈を睨み付けた。
「…何」
睨み返す玲奈。
「…別に」
風香はそっぽを向いて、不機嫌そうに椅子に深々と座り込んだ。
「他に異議は無いわね?」
「1つだけ、質問良いですか?」
小さく手を挙げる晴香。
「何かしら?」
「1番目と2番目の場所は、どこなんですか?」
「今の所は不明よ。…でも、見当は付いてるわ」
「町の中心の合同庁舎。そこに居るハズよ」
有紀奈の代わりに、明美が答えた。
「合同…庁舎…」
その単語を聞いて、嫌な記憶が蘇る風香。
「…どうしたの?」
「…何でもない」
晴香に嘘を吐いた風香であったが、茜は彼女の本意を見抜いていた。
「(彼が死んだのは、あなたのせいじゃないわ。いつまでも過去を引きずっていると、いつか転ぶわよ…)」
「話は以上よ。異論乃至質問は?」
有紀奈はそう言って少し反応を待ってから、立ち上がった。
「それじゃ、明日に備えて、しっかり休んで頂戴」
一同も有紀奈に続くように、椅子から立ち上がる。
「葵さん葵さん。お腹空いてませんか?」
「そういえば、空いたわ」
「実はカップ麺見つけたんですよ!食べませんか?」
「あ、食べたいわ!」
「よし行きましょう!」
「ちょっと!それは緊急用!」
カップ麺を持って逃亡する結衣と葵と、それを追いかける優子。
「上条さん!射撃訓練所行きましょうよ!」
「えーまたー…?」
「ほんなら、ウチも連れてけや。片目でどこまでやれるか、試したいさかい」
「あ、私も行きます!」
瑞希、亜莉紗、楓、凛の4人は、射撃訓練所へ。
「明美、明日の準備を手伝って頂戴」
「…どうして私だけなのよ」
銃器やヘリの確認に取り掛かる有紀奈と明美。
「…あ、そろそろ夕食の準備しなきゃ」
「私、手伝います」
「私も私も!」
「エプロン…」
「…美咲、料理できたっけ?あと、何か変なの混じってる」
残った晴香、玲奈、美咲、茜、風香も夕食の準備を始める。
結局、休む者は1人も居なかった。
第37話 終




