第36話
第36話
"問題点"
「朝霧さん、結衣姉知りませんか?」
楓と美咲の元に、玲奈がやってくる。
「あいつなら、宮城と中原さんと出掛けたで」
「出掛けた?」
「甘いもん食いたいっちゅうてたな」
「なるほど…。ありがとうございます」
「おう」
玲奈はそれだけ訊くと、2人に軽く一礼して、さっさと歩いていってしまった。
「相変わらず、無愛想な奴やな…」
「そ、そうですね…」
美咲はバレないように、楓を横目でチラチラと見ながらそう言った。
「あら、エプロンの子じゃない」
「………」
バッタリと茜に会ってしまい、苦い顔になる玲奈。
「うん。近くで見るともっと可愛いわね。抱きついて良い?」
「ダメです」
「うふふ…照れなくても良いのよ?」
「止めてください」
「真顔で断られると、流石に躊躇いが出てくるわね…」
すると、そこに風香がやってきて、2人の隣を無言で通過した。
「あら、どこ行くの?」
「………」
茜を無視して歩き続ける風香を、玲奈が呼び止める。
「ちょっと。年上の人を無視するのはマズいんじゃないの?」
「いいじゃん別に。あんたには関係無いし。それに、そいつただの変態だから」
「変態だけど、年上は年上じゃない」
「(私が変態っていう所は同意なのね…)」
2人の言い合いは、更に続いた。
「私だって相手によっては敬語使うよ。でも、こんな変態には敬語使う必要ないでしょ」
「年上に敬語を使うのは常識よ。相手がどんな変態だろうとね」
「誰にでも敬意払ってたら疲れんじゃん。変態にまで敬意を払う必要は無いって言ってんの」
「じゃあ、この人が変態じゃなかったら、敬語使うって事?」
「使わないよ。こんなろくでなし」
「(言葉責めね?言葉責めなのね?)」
「何恍惚してんのよ気持ち悪い…」
声が聞こえて茜が振り返ると、いつの間にか有紀奈が居た。
「ドSが3人ですって!?これは流石に耐えられないわ!」
「…は?」
「私は攻めよ…受けじゃないのよッ!」
「…バカ言ってないで、一緒に来て頂戴」
「あら、プロポーズ?」
「違う!」
有紀奈は茜を連れて、射撃訓練所へと向かう。
到着すると、葵と明美の2人が、壁にもたれ掛かって待っていた。
有紀奈の姿を見て、明美がこちらに歩いてくる。
「遅かったわね」
「探すのに手間取ったのよ」
「へぇ…。何をしていたの?」
「廊下で恍惚してたわ」
「…え?」
「本当よ。…そんな事よりも」
有紀奈はその場に居る一同を見ながら、話を始めた。
「さっき、優子から連絡があってね。ここから少し離れた場所にあるコンビニで、患者と交戦したらしいの」
「交戦…結衣ちゃんと凛ちゃんも一緒なのよね?」
葵が訊く。
「えぇ。危なかったらしいけど、何とか乗り切ったみたいよ。今、こっちに向かってるわ」
「そう…」
「問題点は…」
「患者が地上に出現した事…かしら?」
明美の言葉に、有紀奈は小さく頷いた。
「…困った事に、患者の知能が上がってきてるらしいのよ」
「患者の知能が上がってきてる…?」
茜がオウム返しに訊く。
「厳密には、患者自体の知能の事ではないわ。患者を指揮する個体の知能よ」
「そんな奴が、本当に居るのねぇ…」
葵は半信半疑と言った様子で、そう呟いた。
「…話を戻すわよ。患者が現れたそのコンビニは、和宮町から大分離れた場所にあるの。でも、優子の話では、そこにも指揮する個体が居たらしいわ」
「指揮する個体は1体では無い…そう言いたいのね?」
「その通りよ」
明美を見て、有紀奈が頷く。
「どうするつもり?放っておくワケにはいかないんでしょう?」
「当然よ。それが私の仕事だもの」
「素晴らしい使命感だこと…」
茜は軽く嘲笑しながら、そう言った。
「患者が現れたのは、やっぱり地下なの?」
「やっぱりって?」
有紀奈が、葵に訊き返す。
「私は地下からあの町に入ったの。…患者が彷徨いてる地下からね」
葵はそう言って、恨めしそうに明美を見た。
「…依頼を出したのは私だけど、依頼を受けたのはあなた自身よ」
「ふん…。たまには、謝罪の1つでもしたらどう?」
「する必要が無いわ」
「全く…」
そこで、有紀奈がわざとらしく咳払いをする。
「…一々話を脱線させないで頂戴。今話すのは明日の事よ」
「はいはい、すみませんでした…」
「(姉妹揃って、いい加減なんだから…)」
有紀奈は溜め息を吐いて、再び話を戻す。
「えーと…。それで、明日の事なんだけど…」
「そういえば、私達の中に清楚な子って少ないわよね」
「黙らっしゃいッ!」
話し合いは進みそうになかった。
一方…
「そういえば、葵さん達はどこに行ったんやろ」
美咲と行く宛も無く歩きながら、楓が呟く。
「確かに…見てませんね。茜さんや有紀奈さんも居ませんし…」
「ほな、探そか。他にやるこんも無いしな」
「そうですね」
2人が突き当たりの通路の角を曲がると、そこに玲奈と風香の姿を見つけた。
「おや、あいつら何しとるんやろ」
「仲良く話をしてるようには見えませんね…」
2人に歩み寄る楓と美咲。
「おい、何しとるんや」
「まさか喧嘩なんて…」
「してないよ。こいつが因縁つけて、絡んできただけ」
そう言った風香を、玲奈が睨む。
「常識の無いガキに常識を教えてあげただけです」
そんな2人を見て、楓は大きな溜め息を吐いた。
「お前らなぁ…」
そこに、集まっている一同の姿を偶然見つけた晴香もやってくる。
「風香!」
晴香は風香の前に立つなり、突然彼女の頭をはたいた。
「痛っ」
「何やってんのよ!喧嘩ばっかりして!いい加減にしなさい!」
「だってこいつが…」
「言い訳するな!ほら、謝りなさい!」
「やだ」
「何ですって!?」
「あの…もう良いですから落ち着いてください…」
困惑する玲奈。
「ごめんね玲奈ちゃん…。この子、いつもこんな感じなの…」
「いえいえ…。私も少し言い過ぎましたし、気にしないでください」
「…ふん」
「風香!」
「すみませんでした~」
そのやり取りを、離れた場所から見ている楓と美咲。
「姉っちゅうのは、大変なんやな…」
「ですね…」
2人揃って、苦笑していた。
「着いたわよ」
本部に到着し、トラックのエンジンを止めて、うたた寝をしている凛に呼び掛ける優子。
「…あ、すみません」
「寝てても良いのよ?その代わり、自分の部屋でね」
「はい…えへへ…」
珍しく凛は、照れ笑いを浮かべた。
「結衣ちゃん。着いたわよ」
「起きてます」
結衣も寝ていると思っていた優子は、すぐに返答が返ってきた事に驚く。
「あれ?静かだったから、てっきり寝てるんだと思ってたわ」
「チョコ食ってました」
「…なるほど」
彼女の食べる事への熱意に、優子は思わず感心を覚えた。
トラックを降りて、建物の中へと入る3人。
通路を歩いていると、楓達の姿が見えた。
「おう。遅かったやないか」
「ちょっと色々あって…。後で話します」
凛が、楓にそう話す。
「こんな所で何してたの?あんた達」
「別に何も」
玲奈は風香と喧嘩していた事が結衣にバレたら面倒な事になると思い、それを言わなかった。
「優子さん…靴に血が付いてますよ…?」
晴香の言葉を聞いて、優子は自分の靴を見ながら答える。
「…何があったかは、全員の前で話すわ。とりあえず、有紀奈達の所に行くわよ」
一同は優子を先頭にして、射撃訓練所へと向かった。
第36話 終




