第35話
第35話
"従う者"
「中原さん、本当に店があるんですか…?」
優子が運転しているトラックの助手席に座っている凛が、窓の外から見える山道を見て苦笑する。
「もう少し降りればあるわ。この辺にある唯一の店よ」
「どんな店なんですか?」
「コンビニ」
「あぁ…」
特殊兵器対策部隊の本部は山奥にあり、一番近くの店でも20分はかかった。
「痛ッ!」
突然、後部座席の方から、物が崩れ落ちたようなけたたましい音が響く。
「…何やってんの?」
凛が後ろを見てみると、大量の銃器に埋もれた結衣の姿が見えた。
「シートベルトの代わりに銃が置いてあっても、誰も喜ばないよ…」
「大丈夫?ごめんね散らかってて…」
「大丈夫っす…」
しばらくした所で、3人を乗せたトラックはコンビニの前に到着した。
「よし行くぞ~!」
飛び込むように店内へ入っていく結衣。
「子供みたい…」
それを見て、溜め息を吐く凛。
「…あれ、何かしら」
優子は何かを見つめていた。
「どうしたんですか?」
凛がそれに気付き、彼女の視線を辿る。
そこには、何かを引きずったような血痕があった。
2人は顔を見合わした後、トラックから銃を持ち出して、血痕の元へと駆けつける。
その血痕は、近くのゴミ捨て場へと続いていた。
「何なのよもう…」
「患者ですかね…?」
「わからないわ…。でも、異常な事が起きているのは確かよ」
「起きている…?」
「この血痕、新しいわ…」
優子がそう言った瞬間、店内から結衣が飛び出してきた。
「…何かあったの?」
慌てた様子の結衣を見て、凛が訊く。
すると、結衣は銃を取り出しながらこう答えた。
「患者が居る…!」
「…え?」
凛と優子が店の方に顔を向けた瞬間、店内から複数の患者が現れた。
「そんな…こいつらどこから湧いたの…!?」
「どうするんですか!?」
「戦うわよ!準備して!」
銃を構える3人。
それと同時に、ゴミ捨て場の近くのマンホールから、更に患者が出てきた。
「うわ!開けられんのかい!?」
「店内の確保を優先するわよ!付いて来て!」
優子が先頭に立ち、周りの患者を掃討しながら進んでいく。
幸い、店内の中に居た患者は全員外に出たらしく、中には1体も居なかった。
優子が近くの商品棚を押して入口の前に置き、即興のバリケードを設ける。
患者が店内に侵入できなくなった所で、3人は発砲を始めた。
「多い…!」
患者の数を見て、凛が呟く。
その時、結衣がとある事に気付いた。
「あの患者、さっきから動いてない…」
「…どういう事?」
優子が銃の再装填をしながら、結衣に訊く。
「あの患者、マンホールを開けて以来、何もしてないんですよ」
「…まさか」
結衣の話を聞いた凛は、食堂にて玲奈が言っていた事を思い出した。
「あいつ、指揮を取ってるんじゃ…」
「指揮を…?」
「亜莉紗と玲奈ちゃんが言ってたじゃないですか。"指揮を取っている、患者のボスが居るかもしれない"と」
3人が改めてその患者をよく見てみると、近くに居る患者に視線を送っている事が確認できた。
「間違いなさそうだね…。それなら、マンホールを開けた事も納得できるし」
「知能がある患者が本当に居るなんて…」
そこで突然、凛が発砲を止める。
「…おかしい」
そう呟いた凛に、結衣が視線を送る。
「何が?」
「あの患者が指示を出しているのなら、正面から攻めてくるなんて変よ…」
「それってどういう…」
結衣が言葉を言い切る前に、入口から離れた位置にあるガラスが割れ、鉄パイプを持っている患者が侵入してきた。
「しまった…正面の敵は囮だったのね…!」
3人が気を取られている隙に、まるで待っていたかのように正面の患者が棚を押し倒し、道を開く。
3人はあっという間に患者に囲まれてしまった。
「四面楚歌ってね…。どうするんすか?」
結衣が優子を見る。
すると、彼女は一旦銃を下ろして、店の奥へと向かった。
「奥に逃げましょう…。こうなったら背水の陣よ」
「マジっすか!?」
「他に策は無いわ…」
カウンターを乗り越えて、店の奥へと逃げ込む3人。
「狭いわね…!」
店の奥は色々な物が散らかっており、1人ずつ通る必要があった。
「袋の鼠ってね」
「さっきから縁起でもない事ばっかり言わないでよ!」
「じゃあ、絶体絶命?」
「それもダメ!」
銃を構えて、患者を迎え撃つ準備をする。
「…どうしたのかしら」
しかし、患者は中々現れなかった。
「まさか、私達が出てくるまで動かないつもりなんじゃ…」
そう呟きながら、凛がゆっくりと向こうの様子を覗き込む。
「………」
「…どした?」
「患者が…」
「ん?」
「仲間割れしてる…」
「うぇ?」
半信半疑で結衣も覗き込む。
店内に居る患者の中に、1体だけ兵器が混ざり込んでいた。
「あれは盲目の…」
結衣がそう呟いた瞬間、その兵器が辺りの患者を一振りで一掃する。
それを見て、優子は小さい笑みを浮かべた。
「兵器を操る事はできないって事ね。…よし、奴らが混乱している隙にトラックの所まで走るわよ!」
3人は勢いよく飛び出し、患者を無視してトラックの元まで走り抜ける。
素早く乗り込んだ3人を、患者は追おうとしなかった。
「患者も大変だね~」
「何が?」
「上に従う鉄砲玉。私達と変わらないって思ってさ」
「笑えないわよ…」
3人は突然の窮地から、何とか脱出する事ができた。
「患者を指揮する患者…か」
帰りのトラックの中で、優子が呟く。
「囮を使った作戦を思い付くぐらいだから、かなり知能はありそうですね…」
患者の能力が上がってきている事に、凛は溜め息を吐いた。
「でも、兵器を指揮する事はできないんだね。不幸中の幸い、かな?」
いつの間にかチョコレートを頂戴していた結衣が、それをかじりながらそう言う。
「…窃盗」
「何を言うか!お金はしっかり置いてきたぞ!」
「あっそ…」
凛は結衣にも、溜め息を吐いた。
「…そういえば、和宮町の合同庁舎にも、指揮する個体が居るって言ってたわね」
「姿は見てませんけど、居たハズです。…あれ?」
優子の質問に答えた後、ある事に気付く凛。
「って事は…」
「そうなるわよね…。指揮する個体は1体だけじゃない…」
「…厄介な事になってきましたね」
「えぇ…」
溜め息を吐いて、黙り込む2人。
その後は、結衣がチョコレートと一緒に頂戴したクッキーを、サクサクとかじっている音だけが鳴っていた。
「…今度はクッキー?」
「食べる?」
「要らないよ…」
その頃…
部隊の本部に残っている一同は、再び解散して自由時間を過ごしていた。
「篠原…やったか。その銃、どこで手に入れたん?」
さっきの実弾演習にて、珍しい銃を使っていた美咲が気になった楓は、彼女と行動を共にしていた。
「この銃…形見なんです」
「…すまん」
寂しげな表情になった美咲を見て、訊いてはいけなかったと思い、謝る楓。
美咲は慌てて笑顔を作った。
「あ、謝らなくてもいいですよ!事件の時に、助けてくれた人から貰ったんです。…この部隊の人でした」
「そうか…」
楓は話題を変えようとするが、他の話題が思い付かずに、黙り込む。
すると、美咲の方から話し掛けてきた。
「朝霧さんは…その…」
「裏の人間や」
「って事は…その…悪い事とかも…?」
「殺人、恐喝。誘拐もあったな」
「あ…あはは…」
直球すぎる楓に、苦笑する美咲。
「…やっぱり裏の世界の仕事って、大変なんですか?」
訊かれた楓は、大して考えずにこう答えた。
「世間の堅気と変わらんと思うで。上に従う…それだけや」
「でも、命の危機に陥いる事とかも、あるんですよね?」
「そりゃな。数え切れんわ」
「そ、そんなに…?」
「一例として、この目があるやないか」
そう言って、楓は自分の左目を指差した。
「ナイフぶっ刺されたのは、初めてやったけどな」
「ナ、ナイフでやられたんですか!?」
「おや、何だと思っとったんや」
「銃かなって思ってました…」
「そりゃ即死やろ…」
小さく笑う楓。
美咲はその笑顔を見て、彼女と少しだけ親密になれたような気がした。
第35話 終




