第34話
第34話
"試験"
「準備って、何の準備なの?」
有紀奈の隣を歩きながら、明美が訊く。
「準備は準備よ。ヘリの整備や武器の用意、その他諸々…」
「ねぇ、あの子達…本当に連れて行く気?」
葵が不安そうに訊くと、有紀奈は得意気な顔になって答えた。
「和宮町の生存者よ?実力は私が保証するわ」
「でも…」
躊躇う葵の後ろで、茜が溜め息を吐く。
「くどいわね。言っておくけど、彼女達は一度"行く"と言ったら、私達の制止なんか聞いてくれないわよ?」
葵はそれを聞いて少し考え込んだ後、こう言った。
「…彼女達、銃は使えるのよね?」
「当然よ。射撃の腕なら、姉さん以上の子も居るわ」
「…この建物、射撃訓練の場所はある?」
有紀奈を見る葵。
「簡易な物なら」
「そう…。それじゃ、彼女達の実力を見せてもらえないかしら?やっぱりこの目で見ないと、何とも言えないわ」
「仕方ないわね…。茜、先に葵さんと訓練所に向かって頂戴。彼女達を集めてくるわ」
「了解。こっちよ」
葵と茜は、射撃訓練所へと向かった。
その頃…
「そういえば晴香、今日はバイト休みなの?」
「うん。今週はもう無いらしいよ」
「バイト?」
美咲と晴香の会話に、亜莉紗が加わる。
「はい。私、麓のパン屋でバイトさせてもらってるんです」
「パン屋かぁ~。女の子らしいね!」
「えへへ…。まだ2回しか行ってないんですけどね」
晴香は照れくさそうに笑いを浮かべた。
「なんや、若いの3人が寄ってたかって、何を話しとるん?」
そこに、建物の中をぶらぶらと歩き回っていた楓がやってくる。
「あ、楓さん!」
「…宮城は居らんのか?」
「居ませんけど…何か用事が?」
「用事っちゅうワケやないが、お前と一緒に居るんやないかと思うとっただけや」
「なるほど。ちなみに凛ちゃんなら、優子さんと出掛けましたよ。」
「そうか」
楓は頷いた後、晴香と美咲の2人に視線を移した。
「朝霧や。よろしゅうな」
それに、笑顔で答える2人。
「赤城晴香です。よろしくお願いします」
「篠原美咲です!よろしくお願いします!」
「(タイプが真逆の2人やな…)」
するとそこで、晴香の携帯が突然鳴り出した。
「誰から?」
「有紀奈さんだ。何だろ…」
そう呟いて、携帯を耳に当てる晴香。
「どうしたんですか?」
すぐに、有紀奈の声が返ってきた。
『晴香ちゃん?急で悪いんだけど、射撃訓練所に来てくれないかしら?』
「射撃訓練所…?」
その言葉に、他の3人も反応を見せる。
『えぇ。詳細は後で話すから、とりあえず自分の銃を持って来て頂戴。切るわよ』
晴香が有無を言う前に、有紀奈は電話を切った。
携帯をしまう晴香に、亜莉紗が訊く。
「どしたの?」
「よくわかりませんけど…銃を持って射撃訓練所に来いって…」
「…葵さんの考えやろな」
楓に視線を移す一同。
代表して、晴香が訊いた。
「どういう事ですか?」
「あの人は、何事も自分の目で見んと納得できない人なんや。さしずめ、お嬢さんらの腕試しって所やろ」
そう言って、晴香と美咲を見る楓。
その視線に、2人は一瞬で緊張感に包まれた。
一方…
「あの…止めた方が良いんじゃないかな…」
「瑞希は黙ってて。こいつが先に喧嘩売ってきたんだから」
「私がいつ喧嘩売ったの?自意識過剰なんじゃないの?」
風香と玲奈はどうにも馬が合わないらしく、再び喧嘩腰になって睨み合っていた。
「…ムカつく」
銃を取り出す風香。
それを見て、玲奈もナイフを取り出す。
「誰に銃向けるつもり?遊びじゃ済まないよ」
「上等」
「(あわわ…)」
その時、風香の携帯が鳴り出した。
「ちょっとタイム」
「うん」
「(待つんだ…)」
着信相手は有紀奈。
風香は面倒臭そうに携帯を耳に当てた。
「…何ですか?」
『急で悪いんだけど、銃を持って射撃訓練所に来て頂戴』
「…は?」
『瑞希ちゃんも一緒だったら、伝えておいてね。それじゃ』
「ちょ、ちょっと…」
風香が理由を訊く間も無く、有紀奈は電話を切った。
「はぁ…。意味わかんない…」
銃をしまって、歩き出す風香。
「ちょっと。どこ行くつもり?」
そう言ってこちらを睨む玲奈の横を、風香は平然と通り過ぎながら、彼女の質問に答えた。
「射撃訓練所」
「何で?」
「何でも良いじゃん。瑞希、行くよ」
「え?私も?」
「銃持って来いだってさ」
「ま、待ってよー!」
1人取り残された玲奈。
風香と瑞希が見えなくなるまで待った後、2人をこっそりと追った。
射撃訓練所…
「有紀奈さん。どういう事ですか?」
有紀奈に呼ばれて、射撃訓練所へとやってきた晴香と美咲の2人。
一緒に居た亜莉紗と楓も、2人の腕が気になるらしく、訓練所にやってきた。
「突然でごめんね。こっちの葵さんが、どうもあなた達の腕を自分の目で見ないと信用できないらしいの。だから、今からちょっとした実弾演習をしてもらうわ」
「実弾演習…?」
美咲が呟く。
「えぇ。内容は、移動する標的を撃ち抜くという物よ。あなた達なら、難なくこなせるハズよ」
「武器の指定はありますか?」
晴香が質問すると、有紀奈は銃器が収められている棚を開けながら答えた。
「無いわ。好きな物を使って頂戴」
そこに、風香と瑞希もやってくる。
「…なるほど」
風香は射撃訓練所の様子を一目見ただけで状況を察し、持ってきた銃を取り出した。
「あの…これは…?」
理解できない瑞希は、おどおどした様子で有紀奈に訊く。
すると、風香が代わりにこう答えた。
「細かい事は気にしないで、とにかくやれば良いみたいだよ」
「何を…?」
「さぁね」
「ふぇ~…」
それぞれ銃を持って、指定された位置に付く4人。
4人が銃の確認をしていると、有紀奈が彼女達に予備の弾薬を渡しながらこう言った。
「簡単に説明しておくわ。ランダムに出現する、丸い的を撃つのよ。再装填は合間を縫って行って頂戴」
「的の数は?」
風香が質問する。
「50枚よ。的の出現が途中で止まる事は無いから、常に気を抜かないように」
有紀奈はそう言って、開始のボタンの前に立って4人を見た。
「…さてと、準備は良いかしら?」
「いつでも行けます」
「おっけーです!」
「いいよ」
「だ、大丈夫です!」
銃を構える4人。
「よし…射撃開始!」
有紀奈がボタンを押したのと同時に、的の出現が始まった。
「中々、難しそうですね…」
的の移動速度が思ったよりも早い事に、驚く亜莉紗。
「せやな…。それに、4人っちゅうのもやりづらいと思うで」
「的を取り合って、無駄な発砲が生じる事があるからね…」
楓の言葉に、葵が共感した。
しかし、有紀奈はそれを否定する。
「その点なら大丈夫よ。彼女達ならね」
「…どういう事やねん」
「チームワークってヤツよ」
そう言った茜を、葵が見た。
「チームワーク?」
「えぇ。彼女達は、"目の前の標的を撃破する"という意志だけで戦闘を行っているの」
「…それじゃあやっぱり、標的が被るのでは?」
亜莉紗の疑問には、明美が答えた。
「よく見てみなさい。1人1人、正面にテリトリーを作っているのがわかる?」
それを聞いて、納得する楓。
「…なるほど、分割してるっちゅう事か」
「その通りよ。全員が自分のテリトリーの中の標的だけを撃っていれば、無駄な発砲は無くなるわ」
「なるほどね…」
葵は彼女達の予想以上の実力に、感心した。
最後の的を風香が撃ち抜いたのと同時に、終了を知らせるブザーが鳴る。
「50枚中、50枚破壊。…お疲れ様」
有紀奈の言葉を聞いて、4人は銃を下ろした。
「…どうかしら?」
茜が横目で葵を見る。
葵は茜をしばらく見つめた後、静かに笑ってこう言った。
「合格」
第34話 終




