第31話
第31話
"和宮町の生存者"
有紀奈の部屋の扉を、葵が静かにノックする。
少し経つと扉が開き、欠伸をかみ殺しながら、有紀奈が不機嫌そうに出てきた。
「何よ…」
「部屋に入れてもらえないかしら?大丈夫、変な事は考えてないわ」
有紀奈はしばらく葵の顔を訝しげに見つめた後、彼女を部屋に招き入れた。
扉を閉めて、ベッドに腰掛ける有紀奈。
「それで、何の用?」
「あなた、寝間着が無駄にセクシーね」
「…帰って」
「冗談よ」
葵は少し間を開けて、話し始めた。
「…私達と出会った時に、青柳という男が居たのは覚えてる?」
「名前は知らなかったけど、覚えてるわよ」
「居ないのよ」
「…居ない?」
「えぇ」
徐々に、頭の霧が晴れてくる有紀奈。
「…そういえば、ヘリの中で見なかったわね」
「思い返してみたら、階段を登っている時から、既に居なかったのよ」
「…どういう事なの?」
「考えられる理由は2つ、はぐれたか、はぐれさせられたか…ね」
「はぐれさせられたか…?」
有紀奈は、オウム返しにそう訊いた。
「あら、それっぽい人物は、あなたも見たハズよ」
葵の言葉を聞いて、合同庁舎で見た恭子の姿を思い浮かべる有紀奈。
「…彼女、何者なの?」
「峰岸恭子」
「ッ!?」
動揺した有紀奈を見て、葵は小さく笑った。
「…うふふ。その様子じゃ、知ってるみたいね」
「知ってるも何も、彼女は要注意人物の最高峰よ。ウチの連中も、何人かやられたわ」
「そんな人物に、気付かなかったの?」
「知ってたのは名前だけ。姿を見た事は無かったの。…やられた仲間は、気が付けばさらわれて、発見された時には死体になってたわ」
「悪趣味ねぇ…」
葵は世間話をしてるかのような、軽い返答をした。
「…用は済んだかしら?そろそろ寝かせて頂戴」
そう言って、欠伸をする有紀奈。
「仕方ないわね。また明日、ゆっくり話しましょう」
「えぇ。おやすみ」
「1人で寝れる?」
「…蹴り殺されたくなかったら、さっさと部屋に戻る事ね」
「冗談よ」
葵は有紀奈の部屋を出て、自分の部屋へと戻った。
翌日…
一同の中で一番早く目覚めたのは、玲奈だった。
「…9時か」
時計を見てそう呟き、体を伸ばして欠伸をする。
「結衣姉、朝だよ」
「…だぁぁぁッ!」
「!?」
「投げ抜けなんかできるかぁッ!」
「…また寝言か」
玲奈は結衣をスルーして、部屋を出た。
廊下を歩いていた有紀奈が、彼女に気付いて微笑む。
「おはよう。早いのね」
「そうですか?」
「ウチの連中は全員だらしなくてね…」
「そうですか」
すると、廊下の先から、見知らぬ2人の少女が歩いてきた。
「有紀奈さん、頼みたい事って何ですか?」
片方の少女が、有紀奈に訊く。
もう1人の少女は、玲奈を見つめていた。
玲奈はその視線に気付いて、気まずそうに目を逸らす。
「…私の顔に何か付いてますか?」
「いやいやそういうワケじゃないよ!」
「じゃあ何なんですか?」
「可愛い子だなって思ってたの」
「ッ…」
赤面する玲奈。
そんな彼女に手を差し伸べながら、少女は笑ってこう言った。
「私は篠原美咲!よろしくね!」
「…大神玲奈です」
その手を取る玲奈。
「…大神?」
そう呟いたのは、隣に居る有紀奈だった。
「まさかあなた、大神姉妹の…?」
「結構有名なんですね、私達って」
「…どちらかと言えば、悪い方で有名よ」
2人の少女が、それを聞いて驚く。
「この子が悪い方で有名って…どういう事ですか?」
「そうは見えないけど…」
有紀奈は口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早いと判断し、突然玲奈に拳を振った。
「ゆ、有紀奈さん!?」
困惑する美咲。
しかし、玲奈はその拳を軽く右手で受け止めて、隠していたナイフを左手で素早く取り出し、有紀奈の首に突き付けた。
両手を挙げて、降参の意を見せる有紀奈。
「…ま、こういう事。彼女はあなた達よりも、…いえ、私達よりも多くの修羅場を潜ってきた、言うなれば戦闘のプロフェッショナルよ」
「…そんなに大した者じゃないです」
玲奈がナイフをしまいながらそう言うが、美咲は目を輝かせていた。
「戦闘のプロフェッショナルなんだ!ねぇねぇ、武器はそのナイフを使ってるの?」
「(めんどくさいな、この人…)」
「あはは…ごめんね騒がしくて…」
美咲の隣に居る少女が、苦笑を浮かべる。
その後、彼女は思い出したようにこう言った。
「あ、自己紹介がまだだったね。私の名前は赤城晴香。気安く名前で呼んでね?」
「わかりました。よろしくお願いします。赤城さん」
「いや…えーと…」
「どうしたんですか?」
「な、何でもないよ…あはははは…」
堅苦しい玲奈に、晴香は苦笑する他無かった。
「…どうして部隊の中に、こんな少女達が居るんですか?」
不自然な点に、今更気付いた玲奈。
訊かれた有紀奈は、晴香と美咲の2人を見ながら答えた。
「2人は、事件の生存者よ」
「事件って…和宮町の生物災害?」
「えぇ、他にも沢山居るわ。…そろそろ来ると思うんだけど」
そう言って、振り返る有紀奈。
丁度、別の少女が歩いてきていた。
「おはようございます。速水さん、篠原さん、赤城さん」
「おはよう。…あいつは?」
有紀奈に訊かれて、苦笑いを浮かべる少女。
「まだ寝てます…。無理に起こすのは申し訳ないと思って…」
現れた少女の名前は桜井瑞希。
彼女も、和宮町の生存者の1人である。
「(へぇ、こんなのが生き残ったんだ)」
か弱そうな瑞希を見て、玲奈は思わず彼女が生存者である事を疑った。
突き刺さるような視線に気付いた瑞希が、玲奈を見る。
「初めまして。桜井瑞希です」
玲奈は瑞希が年下なのか年上なのかがわからず、敬語にするかどうかを迷った。
「…大神玲奈。よろしく」
結局、タメ口を選ぶ。
しかし、瑞希の反応は、意外にも良かった。
「はい!お名前の方で呼んでも良いですか?」
「勝手にして」
「わかりました!よろしくお願いします、玲奈さん!」
「ふん…」
普段周りに年上しか居ない玲奈は、年下に慕われるという事に慣れておらず、思わず突っ張った態度を取ってしまう。
しかし本意は、嬉しくてたまらなかった。
そこで、有紀奈が手を叩いて、話を止める。
「話はまた後でね。とりあえず、美咲ちゃんと瑞希ちゃんは、みんなを起こしてきて頂戴」
「了解っす!」
「わかりました!」
その後、有紀奈は玲奈に視線を移して、彼女にこう訊いた。
「玲奈ちゃん、料理はできるかしら?」
「人並みなら」
「良かったわ。寝起きで悪いけど、朝食の準備を手伝ってもらえるかしら?」
「構いませんよ」
「ありがとう」
有紀奈、玲奈、晴香の3人は、美咲達とわかれて厨房へと向かった。
「ん…」
ふと目が覚めて、いつもと違うベッドに違和感を覚える凛。
しばらくボーっとしていたが、頭が完全に覚醒した所で、現在の状況を思い出した。
「…そうだ。泊まったんだっけ」
そう呟いて、ベッドから出ようとする。
「…あれ」
しかし、何故か体が動かない。
困惑していると、耳元で声がした。
「う~ん…」
「…うわぁッ!?」
凛の体が動かなかった原因は、いつの間にか隣で寝ていた亜莉紗が、彼女に抱きついていたからであった。
「…あ、おはよう凛ちゃん」
「何で隣に寝てんのよ!」
「寒かったし…。それになんだか凛ちゃん、寂しそうだったから…」
「んなワケないでしょ!さっさと離れなさい!」
「もう~照れ屋さんだなぁ~。遠慮しなくて良いんだよ?」
「…いい加減にしないと撃ち殺すわよ?」
「すみませんでした」
身嗜みを整えて、部屋を出る2人。
丁度、美咲が部屋に入ろうとしている所だった。
「あ、おはようございます!」
「お、おはよう…」
突然現れた見知らぬ少女に、驚く凛。
「話は後でしますので、とりあえず食堂へ向かってくださいね!それじゃ!」
美咲はそれだけ言うと、忙しそうに走っていった。
一瞬の出来事に、呆然とする2人。
「…朝から忙しそうだね」
「えぇ…」
2人は美咲の姿を見送った後、食堂へと向かった。
食堂…
「あれ、誰も居ない…?」
食堂にやってきた凛と亜莉紗であったが、そこには誰も居なかった。
「場所は…合ってるよね…?」
一旦通路に戻って、"食堂"というプレートを確認する亜莉紗。
すると、奥の厨房から、玲奈がひょこっと顔を出した。
「おはよ」
「おは…」
エプロン姿の玲奈を見て、言葉を失う凛。
恥ずかしくなった玲奈は奥へ逃げて、姿を見せずにこう言った。
「手伝ってるだけですから。…そうだ。結衣姉を起こしてきてくださいよ」
「玲奈ちゃん、もう1回こっち来て!」
玲奈のレアな姿をもう1度見たいと思った亜莉紗が、ワクワクしながら彼女に呼び掛ける。
「早く行け…!」
玲奈は恥ずかしそうに、そう叫んだ。
「ちぇ…。行こっか」
「………」
「凛ちゃん?」
「………」
「おーい…」
「………」
「ダメだ、恍惚していらっしゃる…」
亜莉紗は凛を引っ張って、食堂を出た。
第31話 終




