第30話
第30話
"忽然と"
「…疲れてるのね」
ヘリに乗るなり、寝息を立て始めた少女達を見て、有紀奈が呟く。
楓と明美、葵の3人は起きており、窓から見える和宮町の様子を一望していた。
「…こうして見てみると、ほんまに酷い有様やな」
「3日前よりも、悪化してるわね」
「お腹空いたわ」
「沢村さん、3日前もここ来たんか?」
「えぇ。商売関係で、少し用があったのよ」
「お腹空いたわ」
「…商売関係って、なんや?」
「…秘密」
「お腹空いたわ」
「うるさいッ!」
葵のしつこい呟きに、明美がキレる。
「さっきからうるさいわね!空腹ぐらい我慢なさい!」
「だって本当にお腹空いたんだもん…」
「夜中に食べると太るわよ?」
「動けば良いのよ。…って事で」
葵は有紀奈を見て、満面の笑みを浮かべた。
「着いたら、ご飯作って!」
「…何も無いわよ」
「何でも良いのよ?刺身とか…」
「さらっと贅沢な物言ったわね…。カップ麺ぐらいしか無いわよ」
「じゃあ、それ2つ頂くわ」
「はいはい…。この感じ、誰かに似てる…誰だっけな…」
それからしばらくも経たない内に、ヘリは有紀奈達の本部に着陸した。
「みんな、着いたわよ。起きて頂戴」
有紀奈の声で起きたのは、玲奈と凛の2人だけ。
結衣と亜莉紗はお互いにもたれかかって寝息を立てており、起きる気配が全く無かった。
「結衣ちゃーん、亜莉紗ちゃーん…」
葵も2人に呼び掛けてみるが、反応は無い。
すると、玲奈が結衣の元へ歩いていきながら、凛にこう言った。
「宮城さん、そっちをお願い」
「任せて」
「…何するつもり?」
何故か殺気立っている2人に、明美が恐る恐る訊く。
玲奈は質問を無視して、結衣の頬を両手で勢いよく挟んだ。
「いッッッ!?」
痛みと驚きで、飛び起きる結衣。
玲奈はけろっとして、こう言った。
「おはよう」
「おはようじゃないよ!たまには普通に起こしてよ!」
「それじゃ起きないじゃん」
一方凛は意外にも、亜莉紗の頬を優しく引っ張っていた。
「亜莉紗、起きなさい」
「ん~…あと30分だけぇ…」
「………」
と思った矢先、凛は亜莉紗の頬を引っ張る手に、徐々に力を入れていく。
「…起きなさい」
「痛い痛い痛い痛い…」
それでも寝ぼけて起きない亜莉紗。
結局凛は、彼女の頬を全力で引っ張った。
「痛ぁぁぁッ!」
結衣と同じように、飛び起きる亜莉紗。
「着いたわよ」
「引っ張る事ないじゃん!」
「起きない方が悪いのよ」
「ぐぬぬ…」
結衣と亜莉紗は、頬をさすりながら歩き始めた。
「部屋を用意するわ。疲れてるようだから、とりあえず休んで頂戴」
有紀奈は一同を、部隊の寄宿舎に案内した。
「…ただし、1人1部屋って訳にはいかないの」
「2人1部屋って事ですか?」
玲奈が訊く。
「そうよ。3日前から、ちょっと利用者が増えちゃってね…。言わなくてもわかると思うけど、静かに頼むわ。はい鍵」
有紀奈は適当に鍵を配ると、眠たそうに自分の部屋へと歩いていった。
残ったのは、治療中の楓とその治療を行っている優子を除いた6人。
「よし、グーチョキパーで分かれよう」
そう言ったのは結衣だった。
「やだ」
それに、即答する玲奈。
「え、何で?」
「結衣姉の寝言うるさいから。一緒になっちゃったら最悪だもの」
「私、寝言言ってんの…?」
「毎晩」
「毎晩!?」
最初にペアが決まったのは、亜莉紗と凛だった。
「ほら、急に怪我が悪化しちゃったら大変でしょ?だから私が一緒に居た方が良いよね!」
「…わかったから、抱きつくの止めて。暑いから」
その次に、葵と明美がペアになる。
「うふふ…。仲良くしましょうね。…許される限り」
「…ちょっと待ちなさい。何よ最後の呟きは」
「深い意味は無いわ。多分」
そう言って部屋に入ろうとした葵を、玲奈が止めた。
「あら、どうしたの?」
「…どちらか代わってください」
玲奈の顔を見て、葵はいたずらっぽく笑う。
「やだって言ったら?」
「…お願いします」
「そうねぇ~。じゃ、"お願いします、何でもしますから代わってください葵様"って言ったら良いわよ」
「ッ!?」
「ほらほらどうしたの~?言わなきゃ代わってあげないわよ~?」
「うぅ…」
「ちょっと待ったぁッ!」
3人の元に、元凶の結衣が滑り込んできた。
「ボロクソ言われて黙ってる筋合いは無いってね!」
「だってうるさいんだもん」
「実の姉にそこまでハッキリ言うのかお前は!」
「ハッキリ言わなきゃわからないからね」
「こ~い~つ~!」
玲奈を引っ張って、部屋に向かう結衣。
「こうなったら寝言言いまくって寝れなくしてやる!」
「離してよ…」
「離すもんか!」
「離して」
「離さな…」
「離せ」
「はい」
結衣は妹の威圧感に、完敗した。
その後、"結衣が1人で寝る"という意見が出たが、結衣本人がそれを全力で否定したので、結局玲奈が彼女と寝る事になった。
「それじゃ、また明日!」
「…おやすみなさい」
部屋の中に入っていく2人。
「…何だか、かわいそうになってきたわ。玲奈ちゃん」
「じゃあ、あなたが代わってあげれば?」
「嫌よ、そんなの」
「………」
最後に残った2人も、別の部屋へと入っていった。
それから2時間後。
疲労が溜まっていた一同はすぐに眠りに付いたが、1人だけ中々寝付く事ができない人物が居た。
「(…何だか寝付けないわね)」
葵である。
彼女はベッドから出て、外の空気を吸いに行く事にした。
寄宿舎から出て、夜空を見上げる。
「(星なんて、しばらく見てなかったわね…)」
葵は、最後に見た星空の事を思い出していた。
「(あの子は今、どこで何をしているのかしら…。…ま、自由奔放だけど上手くやってそうね。柳に雪折れ無し…かな?)」
その時、とある事に気付き、動きが止まる。
「(…青柳って人、ヘリに乗ってから1度も見てないわね)」
和宮町の合同庁舎に居た時の事を思い出すが、階段を登って屋上へと向かっている時から、青柳の姿は無かった気がした。
「(階段を登る前には居たわね。一番後ろを歩いていたハズ…。だとしたら、階段を登っている時にはぐれたのかしら…?)」
必死に、その時の事を鮮明に思い出そうとする。
しかし、彼女が覚えているのは、"階段を登る前には居た"という事だけであった。
「(…はぐれるワケがないわ。だとしたら、階段を登る前?)」
考えながら、寄宿舎の中に戻る。
「(仕方ないわね。彼女にも聞いてみましょう)」
葵は有紀奈の部屋へ向かった。
和宮町合同庁舎…
「さてと、覚悟は良いですね?」
「………」
恭子とその仲間に、たった1人で囲まれている青柳。
彼ははぐれたのではなく、恭子の仲間に連れ去られたのであった。
「…さっさと殺してくれ」
「殺しはしませんよ?」
「?」
「…爪の中にある白い物、何なのか知ってますか?」
「…え?」
自分の爪を愛おしそうに見ながら、話し続ける恭子。
「爪半月って言うんですよ。もしも爪が剥がれたとしても、それが伸びて新しい爪になるんです」
「それが何だってんだ」
「ふふふ…。察しが悪いですね。もう1度言ってあげましょう。もしも爪が剥がれたとしても、それが伸びて新しい爪になるんです」
「…まさか」
恭子の意図を理解した青柳は、心底恐怖した。
微笑んで、ナイフを取り出す恭子。
「えぇ。罰として、爪を剥がします」
「冗談だろ?指の爪剥がして何の得があるってんだ!」
「ふふふ…。違いますよ」
恭子は笑顔でこう言った。
「足の爪も、全部剥がします…」
第30話 終




