第3話
第3話
"死体の弾痕"
和宮病院の地下に、楓と葵の足音だけが響き渡る。
他に誰も居ない空間。
沈黙のまま5分程経った時、楓が思い出したように喋り始めた。
「そういえば、大神の2人も来とったで」
「2人が?」
「地下から出た時に、バッタリ会うてな」
突然、葵が立ち止まる。
「…どないした?」
「…あなたも地下から行けって言われたの?」
「そうやけど…もしかして、葵さんもそう言われたんか?」
「えぇ。…何か意味があるのかしら」
「なんや、そないに気になる事なんか?」
「気になるわね…」
楓には葵の考えている事がわからない。
1つだけわかったのは、良い方向の考えでは無いという事だった。
「…ま、気にしても仕方ないわね。行きましょうか」
「…せやな」
2人は再び歩き出す。
それから10分歩いた所で、2人は今居る場所の構造に気付いた。
「まるで迷路ね」
「さっきから同じ場所しか歩いてないやんけ。どないなってるんや…」
「帰り道もわからなくなっちゃったわ。このまま飢え死にかしら?」
「…冗談にしては、おもろないで」
「あら、そう?」
楓がイラつき始めると、丁度良く地下への階段が見つかった。
「良かった。やっと進展するわね」
「葵さん。出口を探しとかんくて大丈夫なんか?」
「大丈夫よ。成り行きに任せましょう」
「…堪忍してや」
階段を降りた先には、上の階と大して変わらない通路が続いていた。
「…あら」
「…また迷路かいな」
「左手法でもやってみる?」
「右手法やないんか?」
「…どっちでも良いでしょ」
結局、適当に通路を歩く2人。
しばらく歩くと、どこかの部屋から何かの叫び声がした。
「…なんや」
「こっちね」
葵が辿り着いた場所は、扉に大きくバイオハザードマークが描かれている部屋の前だった。
「この模様…」
「バイオハザードマーク。生物災害を表す標識みたいな物ね」
「詳しいやないか」
「常識よ」
「………」
扉を開け、中に入る。
部屋には、背中を見せている1体の患者が居た。
楓は何も言わずにスナイパーライフルを構え、患者の後頭部を撃ち抜く。
頭に風穴が開いた患者は、足元にある箱の上に倒れ込んだ。
箱が潰れ、中に入っていた物が辺りに散乱する。
「なんやこれ…針?」
「医療廃棄物ね」
「医療廃棄物?」
「使用した注射針とかの事。一歩間違えば感染の根源になるから、処分されるまでは隔離されてるのよ」
「詳しいやないか」
「常識よ」
「常識…なんか?」
首を傾げる楓を余所に、葵は患者の死体を調べ始める。
「噛まれた跡が無いわね」
「それがなんなん?」
「知らないの?噛まれたら感染する事」
楓の表情が、一気に暗くなった。
「…ほんまかいな」
「まさか、既に噛まれたとか言わないでしょうね?」
「アホか。あんな奴らにやられるほど落ちとらんわ」
「それもそうね」
楓は葵の隣に行き、立ったまま死体を見る。
「そんで、噛み跡が無いってどういう事なん」
「…指先を見て」
葵が指差した場所は、死体の右手の人差し指。
そこには、地面に散乱している物と同じ注射針が刺さっていた。
「…つまり、この注射針にはバケモンになるウィルスが仰山付いてるっちゅう事やな?」
「恐らくね。…この男、この注射針を持ち出そうとしたんじゃないかしら」
「はぁ?そんな事してどないするんや?」
「決まってるじゃない。生物兵器を作るのよ」
「生物兵器…やと?」
葵は頷き、死体のこめかみの部分を指差す。
「銃創…ウチがやったのとは別のもんか」
「えぇ。誰かがこの男を殺した後、その注射針を使って患者にさせたのよ」
「なんでや」
「さぁ?それは本人に訊かないとわからないわね」
「ふーん…」
2人は散乱している注射針を一目見た後、部屋を出た。
和宮高校…
「亜莉紗、あんたはどこを探索するの?」
結衣が歩きながら、隣に居る亜莉紗に訊ねる。
「警察署って言われた気がする」
「…気がする?」
「覚えてないの」
「………」
「あ、そうだ」
振り向いて、後ろに居る玲奈を見る亜莉紗。
「上条亜莉紗だよ。よろしくね、玲奈ちゃん」
「よろしく…って、どうして私の名前を…」
「大神姉妹を知らない訳が無いじゃない」
「へぇ、そんなに有名なんだ。私達」
「ちなみに、私の事は知ってた?」
「いや全然」
「あー…」
3人が歩いていると、目の前に大きな建物が見えてくる。
その建物は、亜莉紗が探索する予定の警察署であった。
「ラッキーだね」
「そうだね。それじゃ」
「…ふぇ?」
「いや、私達は合同庁舎だから」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「何?」
「い、いや何って…」
「ハッキリ言ってよ」
「…一緒に来てください」
「よろしい」
「何この会話…」
人が1人も居らず、閑散としている警察署。
それでも、使ったまま片付けられていない道具や書類はそのまま残っており、以前まで人が居た事は見て取れた。
「急だったんだね…」
その様子を見て、玲奈が呟く。
「何が?」
結衣が訊くと、彼女は寂しげな表情で言った。
「…この町が生物兵器に襲われた事だよ」
「…もう私達には、どうしようも無いでしょ」
結衣は自分に言い聞かせるように、そう言った。
「ねぇ!ちょっと来て!」
いつの間にか離れていた亜莉紗が、2人に呼び掛ける。
駆けつけてみると、彼女の足元に患者の死体が転がっていた。
「患者の死体…これが何?」
「これ見て」
亜莉紗が指差した死体の頭部には、1つの風穴が開いていた。
「誰かが撃った…って事?」
「患者は銃を使えないはず」
「撃ったって事ね」
すると、玲奈が死体の側にある物を見つけ、それを拾い上げて呟いた。
「薬莢…まだ温かい」
それを見て、首を傾げる亜莉紗。
「…もしかして、撃ったのあんた?」
「そんなワケ無いでしょ。私の銃弾とは違う種類だし」
「あれ、こんな感じじゃなかったっけ?」
「違う違う。この薬莢の方が少し大きい…ほら」
そう言って、自分が使っているリボルバーの弾薬を取り出し、亜莉紗に見せる。
結衣が使っている弾薬は、落ちていた薬莢よりも小さかった。
「…ほんとだ」
「でしょ?多分これ、50口径じゃないかな」
「50口径って言うと…」
玲奈が口を開く。
「デザートイーグル?」
「多分ね」
「何か甘そうな名前だね」
「………」
「………」
「え?」
玲奈はわざとらしく咳払いをした後、話を再開させる。
「…そんな事より、この薬莢が温かいって事が気になるね」
「発砲からあまり時間が経ってない証拠。つまり、まだ近くに居るかも」
「同業者じゃないの?」
亜莉紗の意見を、結衣が否定する。
「同業者でデザートイーグルぶっ放す奴なんて、聞いた事無いよ」
「確かに…じゃあ敵?」
「だとしたら、遭遇は避けなきゃね。弾痕の場所を見るに、相当手慣れなはず」
玲奈が言った通り患者撃ち殺した人物は、患者の弱点である眉間を見事に撃ち抜いていた。
「患者に詳しい手慣れ…そんな奴が居るんだねぇ…」
結衣が苦笑しながらそう言ったその時、近くにある階段から、1体の患者がゆっくりと降りてきた。
「あ、患者だ」
「ほんとだ」
「反応薄いね2人共…」
呆れ気味の亜莉紗。
とは言え、特に恐怖心を抱いていないのは彼女も同じだった。
「玲奈、やっちゃいなさい」
「…私?結衣姉がやればいいじゃん」
「弾がもったいないじゃない。ほら、亜莉紗も突っ立ってないで」
「トラップがもったいないのでパス」
「じゃあしょうがないわね。玲奈?」
「…あーもうッ!」
患者は玲奈のナイフに仕留められた。
第3話 終