第29話
第29話
"一時撤退"
「特殊兵器対策部隊…?」
有紀奈と名乗った女性を、見つめる結衣。
「細菌兵器や生体兵器のような、言葉通り特殊な兵器を用いたテロ行為などの対策の為に作られた部隊よ」
そう説明したのは有紀奈ではなく、葵だった。
「詳しいのね」
横目で葵を見る明美。
「たまたま知ってただけよ。…それよりも、特殊兵器対策部隊の皆様が、どうしてこんな所に居るのかしら?」
有紀奈がその質問に答えようとすると、それよりも早く玲奈が口を開いた。
「ちょっと待ってください。神崎さん、この人達が来る事をどうして知っていたんですか?」
「あら、私は知らなかったわよ?」
「そんな…。だって、峰岸さんと話していた時、明らかに来る事を知っていたような話し方でしたよ?」
それを聞いて、葵は静かに笑う。
「うふふ、鋭いわね。でも、知らなかったのは本当よ?」
「…どういう事ですか?」
「彼女達が、屋上からロープで降りてきた音が聞こえたのよ」
「…そんな音、聞こえませんでしたけど」
「そう?私には聞こえたわ。ハッキリとね…」
「…そうですか」
すると、有紀奈の部隊の隊員の1人が、亜莉紗と凛を連れて一同の前にやってきた。
「分隊長、近くの部屋で生存者を2人発見しました」
「ご苦労様。…あなた達の仲間かしら?」
一同の方に顔を向ける有紀奈。
先頭に居る葵が頷いた。
「えぇ。…1つ、頼まれてくれないかしら?」
「彼女の治療ね?任せて頂戴」
有紀奈は葵が言いたい事を言う前に察して、隊員の1人に指示を出す。
「優子、彼女の足の治療をお願い」
優子と呼ばれた女性は治療器具を取り出しながら、気だるそうに返事した。
「はいはい、仰せのままに…」
そんな彼女に、冷たい視線を送る有紀奈。
「…何よ、その態度」
「デスクワーク専門に、ロープ下降はしんどいわ…」
「あんたは怠けすぎなのよ。もう少し動きなさい」
「はいはい…」
優子は大きな溜め息を吐いてから、凛の怪我の治療を始めた。
「さて、あなた達には一度、話を聞かせてもらうわ」
「話?」
有紀奈の言葉を聞いて、首を傾げる結衣。
「えぇ。…素性と目的のね」
有紀奈はそう言って、意味深な笑みを浮かべた。
黙り込んで、有紀奈を見つめる一同。
しばらくすると、葵が口を開いた。
「それは任意同行かしら?」
「強制よ」
「…そう。悪いけど、付いていく気は無いわ」
「何故?」
「やらなければいけない事があるのよ」
目を細める有紀奈。
「やらなければいけない事?」
「あなたには関係の無い事よ。…助けてくれてありがとう。それじゃ」
歩き出した葵を、有紀奈は急いで止めた。
「待ちなさい!強制だと言ったハズよ」
「うふふ…。どうするつもり…?」
「………」
睨み合う2人。
その時、壁にもたれかかってやり取りを見ているだけだった楓が突然、その場に崩れるように倒れた。
「楓!?」
近くに居た結衣が、彼女を抱き起こす。
どうやらさっきの銃撃戦で、運悪く敵の流れ弾が肩に命中したようであった。
「…銃弾が貫通してないわね」
明美が楓の傷痕を調べてそう呟き、葵を見る。
葵は彼女が目で訴えている事を、すぐに察した。
それを、有紀奈が言葉にする。
「銃弾の摘出をするなら、私達の本部に行く必要があるんじゃないかしら?」
葵は他に選択肢が無いと判断して、渋々といった様子でこう言った。
「…ここから近いんでしょうね」
「もちろん」
「…わかったわ。行きましょう」
「決まりね。さ、ヘリは屋上にあるわ。行きましょう」
「…屋上まで登るの?」
苦い顔になる明美。
すると、有紀奈は背後にある割れた窓ガラスを指差しながら、冗談っぽくこう言った。
「ロープで登っていく方が良いかしら?」
「勘弁して…」
その後、一同は階段を登って、ヘリが止めてあるらしい屋上へと向かう。
有紀奈の部隊も加わった事により、13人という大人数になっていた。
道中、葵の隣を歩いている結衣が、彼女に話し掛ける。
「葵さん。峰岸恭子、どこ行ったんですかね?」
「さぁね。でも、彼女に目的がある事は確かよ」
「目的?」
「D細菌」
そう呟いたのは、2人の背後に居る明美だった。
「D細菌って、何?」
「私が作った細菌兵器。人間を患者にさせる力を持ってるわ」
「人間を患者に…。…って、あんたが作ったんかい!?」
「えぇ。自分で言うのもなんだけど、最高傑作よ」
「…もしかして」
先頭を歩いている有紀奈が、振り返って明美を見る。
「…明美って、あの明美?」
「…どの明美かは知らないけど、やっと気付いたのね」
明美は有紀奈に視線を返しながら、静かに笑った。
「あれ、知り合い?」
2人の顔を交互に見る結衣。
「どちらかと言えば、敵同士ね」
有紀奈がそう答えた。
「敵同士…なんだ」
そう呟いた結衣を、明美が横目で見る。
「"そうは見えない"って顔してるわよ?」
「…バレた?」
明美は有紀奈の後ろ姿を見ながら、話し始めた。
「私と彼女は、あくまでも敵同士よ。前回の協力は、たまたま利害が一致したからってだけ。普段はお互い、顔を合わせる事も無いし、もしも合ったら、大体は一触即発って感じになるわ」
「なるほど…」
一方、そのやり取りの後ろでは、亜莉紗と優子の2人が話をしていた。
「ねぇ、彼女の応急処置をしたのって、あなた?」
優子が凛の足の傷痕を見ながら、そう訊く。
「…もしかして、間違ってる箇所、ありました?」
亜莉紗が苦笑いを浮かべながら訊き返すと、優子は笑顔で答えた。
「とんでもない。完璧な処置だったわよ」
「良かった…」
「亜莉紗さん、どこで覚えたの?」
そう訊いたのは玲奈。
「独学だよ。専門学校とかは行ってなかったからね」
それを聞いて、亜莉紗の肩を借りて歩いている凛が、彼女にこう言った。
「独学だけで特殊部隊の人間に誉められるなんて、少しだけ見直したわ」
「…少しだけ?」
「少しだけ」
「精進します…」
「…そっちは大丈夫かしら?」
優子が楓を見る。
楓は苦笑して、自分の傷痕を見ながら答えた。
「…血は止まったみたいやが、気分悪くてしゃあないわ」
「弾を取り除けば、スッキリするハズよ。本部に着いたらすぐに取ってあげるから、もう少し我慢してね」
「すまんな」
「いいのよ。気にしないで」
微笑む優子と、気恥ずかしそうに目を逸らす楓。
それから一同は、患者や敵と1度も遭遇する事無く、最上階の10階へと到着した。
「ねぇ、明美…」
10階の通路を歩きながら、葵が明美に話し掛ける。
「?」
「私、思ったんだけどね…」
「…もったいぶってないで、さっさと言いなさいよ」
「依頼のファイル、もう無いんじゃないかしら?」
「…え?」
明美には、葵の言葉の意味がわからなかった。
「…どういう事よ。ファイルが無いって」
「ファイルを奪った人物の見当は、大体付いてきたでしょ?」
「…えぇ」
頷いて、恭子の姿を思い浮かべる明美。
「私はこう思ってるわ。峰岸恭子がファイルを奪ったのは、あなたをここに誘い出す為…ってね」
「…誘い出して、D細菌を奪うって事ね」
「その通り」
明美は葵の推測に1度納得したが、すぐに疑問が浮かんだ。
「でも、奴がファイルを奪ったとしたら、1つ不可解な点があるわ」
「それは?」
「そもそも、何故ファイルの存在を知っていたのか…よ」
「………」
苦笑する葵。
明美は溜め息を吐いて、こう言った。
「結局、奴を捕まえて直接話を聞かない限り、謎は解けないと思うわ。とりあえず今は、態勢を立て直しましょう」
「…そうね」
推測を止めて、静かになる2人。
しかし2人共、心の中では推測を続けていた。
「(ファイルの存在を知っているのは、私と私の仲間だけ。…まさか、仲間の中に内通者が?)」
「(内通者が居るとしたら、辻褄が合うわね…)」
結局、考えている内に屋上に到着する。
一同はヘリに乗り込み、特殊兵器対策部隊の本部へと向かった。
第29話 終




